KISARAGI

黒巻雷鳴

文字の大きさ
1 / 1

KISARAGI

しおりを挟む
 きょうも終電で帰路につく。
 おれは俗に言うところの、ブラック企業の社畜サラリーマンだ。
 会社の最寄り駅がこの路線の始発なため、高確率で座席にすわれるのが唯一の救いだろうか。
 おれは、背もたれに身体をあずけつつ、瞼を閉じる。
 あしたも帰りが遅くなるに違いない。それでも、タイムカードは定時で切る。
 そして、サービス残業。毎日がその繰り返し。
 暗黒の将来に悲観し始めた矢先、ふと、車内の異変に気がついた。
 目を開ける。
 走行中の列車内には、おれ以外誰も居なかった。
 そんなはずは……思わず立ち上がる。
 と、同時に、電車が減速して駅に停止した。
『きさらぎ駅、きさらぎ駅、終点です──』
 なんだって? 終点? もう? それに、きさらぎ駅だなんて初めて聞いた駅名だぞ?
 自動で開かれたままのドア。おれは致し方なく降りることにした。
 その駅は──きさらぎ駅は無人駅のようで、駅員の姿も他の乗客の姿も見えない。何気なく腕時計の時刻を見ると、六時で止まっていた。
 六時……まさか、退社時間?
 今度は手に持っていたリュックからスマートフォンを取り出す。圏外だ。
 いったい何処なんだ此処は。駅を出ればタクシー乗り場くらいはあるだろうと考え、無人の改札口から外へ出る。だが、タクシーは停まってはおらず、周囲は民家や街灯すら見当たらない闇の世界だった。
 どうやら、歩いて帰るしかなさそうだ。
 大きな道路に出られれば、そこでタクシーを拾えるかもしれない。おれは暗い夜道をトボトボと線路沿いに一人歩いた。
 それにしても、なにも無いところだな。
 相変わらず圏外のままのスマートフォンのライトで行く先を照らしながら、空を見上げる。曇り空で月や星は見えないが、雨は降らなそうだ。
 その時だった。
 遠くから子供の声が聞こえた。
「おーい」
 スマートフォンのライトと共に、辺りを見回す。
「おーい」
 ふたたび聞こえた子供の声。今度は一人ではなく、大勢の声だ。
「ウフフ」
「アハハハハ」
 何人もの笑い声が、背後から聞こえてくる。
 それらの笑い声が、だんだんと近づいてくる。
 おれは恐怖のあまり叫びながら走った。
「おーい」
「おーい」
「おーい」
「ウフフ」
「アハハハハ」
「待ってよ」
「ねえ、待ってよ」
「逃げても無駄だよ」
「どうせ捕まるよ」
「おまえは食べられるんだよ」
 迫ってくる子供たちの声。
 食べるって、なんだよ?! おれは喰われるのか!?
 手汗でスマートフォンが滑り落ち、その拍子におれは勢いよく転んだ。
 声が近づいてくる。
 子供たちの声が。
 いただきますと、最後に聞こえた。





しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

怪談実話 その2

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

怪談実話 その1

紫苑
ホラー
本当にあった話のショートショートです…

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

事故物件

毒島醜女
ホラー
あらすじ:サラリーマンの幹夫は忘れ物を取りにいったん家に戻るが、そこで妻、久恵と鉢合わせになりそうになる。仲の悪い妻と会いたくなかった幹夫はとっさに物置部屋に隠れるが… ※闇芝居さんの妹の部屋をリスペクトした作品となっております。 ※表紙はゴリラの素材屋さんから。

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

処理中です...