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chapter.01
葛城
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その後、葛城の提案で場所を変えて酒を飲みに行く。
彼に誘われるまま、西口のオフィス街付近にある高級居酒屋へと入った航は、引き戸がひらかれている個室のテーブル席へ先にすわるよう葛城に促されたが、奥にはすわらず、少し警戒をして通路側に腰をおろした。
個室と言っても完全に仕切られているわけではなく、胸元の位置まで垂れ下がった簾越しから、隣客の気配を感じたり話し声が漏れ聞こえていた。
「この店って全席個室でさ、落ち着いた雰囲気も好きなんだよね。俺のお気に入りで、仕事の接待でも使うんだ。あっ、ここじゃなくて、あっちのほうにある特別個室」
おしぼりで手を拭いながら、足を組んですわる葛城が顎を小さく動かす。
だが、航は示された方角を気にもせず、どのタイミングで金が貰えるのかと考えていた。
「コース料理を食べられるほど腹は空いてないけど、アオイ君は気にしないで好きなのを頼みなよ」
「あっ、はい」
メニューを手渡され、すぐにめくる。
地方の漁港から直送される鮮魚が売りのようで、のどぐろをとくに推しているようだ。
「うわっ、焼き魚の値段が三千円?」
「はははは、高いよね。でも、東京で食べれるんだぜ? それに味はたしかさ。保証するよ」
「失礼します」
会話の途中で突然声をかけられ、引き戸が静かにひらかれて若い女性店員が姿を現す。
笑顔のよく似合う、ナチュラルメイクの薄化粧。
香水の類いは、におってこない。プロ意識が強いのか、それとも単に店側がうるさいだけなのか。
黒を基調とした作務衣と前掛け姿の女性店員は、上得意に向かってにこやかに話しかける。
「葛城さん、いつも御贔屓にしてくださりまして、ありがとうございます。今日もハイボールからでよろしいですか?」
〝葛城〟は本名──日本酒の種類が豊富なドリンクメニューを選ぶ振りをしながら、航はふたりのやり取りに聞き耳をたてる。葛城とはどういう男なのか、少しでも多くの情報を得るために。
「んー、今日は変えようかな。おいカツヒコ、何飲むか決めたかよ?」
「え? あー、じゃあ……紅茶梅酒のソーダ割りで」
「凍月ちゃん、俺にもそれ」
「はい。濃い目にしてすぐにお持ちしますね」
引き戸が閉められ、終始笑顔のままだった凍月の気配が消えたのを確認してから、航は「あの」と葛城に声をかける。
「ゴメンね。〝アオイ君〟てさ、いかにも偽名で人前じゃ呼びづらいんだもん。恥ずかしいのは嫌いなんだよ、俺」
「ああ……まあ、そうですよね」
そこで初めて、航は笑顔を見せた。
「キミさぁ、笑ったほうが素敵だし可愛いよ。そしたらもっと、女の子にモテるんじゃないかな」
まさか、葛城の口から異性へのアピールポイントを教わるとは。
いや、おそらく自分が同性愛者ではないことを見抜かれているのだろう。航の手のひらに汗が滲む。
しかし、葛城は気分を害しているどころか、なにかと笑顔で接してきていた。
一体なんのつもりなのか──少なくとも言えるのは、ネットで知り合ったばかりの若い男と肉体関係に至るのが目的のはずだ。
「いえ、女にはそこまで興味がありません。笑いたいときにだけ、俺は笑います。助言をありがとうございました」
それは本心だった。
同世代の男たちと比べれば、性欲は少ないと自覚している。けれども、これまでの人生でセックスやオナニーはそれなりの回数を経験していた。
勃起不全ではない。ただ、異性と親しい関係を築くのが、様々な意味合いで面倒なだけであった。
「ふーん……でも、アオイ君て〝ノンケ〟だろ?」
その問いに、航はなにも答えない。
下手なことを口走れば、金が貰えなくなると思ったからだ。
当初の約束だと、お互いが気に入らなければ会うだけでも満額を支払われることにはなっていた。だが、葛城の機嫌次第でそれは一方的に破棄される程度の契約内容でもあった。
それくらいは予想できたし、理解もしていた。
だからこそ、航はなにも答えられなかったのである。
「黙られるのも俺は嫌いだな。ねえ、こっちにすわりなよ」
だんまりを決め込む年下の反応に痺れをきらした葛城は、隣の空席を指先で叩いた。
これ以上の沈黙も非礼極まりないと思っていた航は、命ぜられるまま、おとなしく隣の席にすわった。
彼に誘われるまま、西口のオフィス街付近にある高級居酒屋へと入った航は、引き戸がひらかれている個室のテーブル席へ先にすわるよう葛城に促されたが、奥にはすわらず、少し警戒をして通路側に腰をおろした。
個室と言っても完全に仕切られているわけではなく、胸元の位置まで垂れ下がった簾越しから、隣客の気配を感じたり話し声が漏れ聞こえていた。
「この店って全席個室でさ、落ち着いた雰囲気も好きなんだよね。俺のお気に入りで、仕事の接待でも使うんだ。あっ、ここじゃなくて、あっちのほうにある特別個室」
おしぼりで手を拭いながら、足を組んですわる葛城が顎を小さく動かす。
だが、航は示された方角を気にもせず、どのタイミングで金が貰えるのかと考えていた。
「コース料理を食べられるほど腹は空いてないけど、アオイ君は気にしないで好きなのを頼みなよ」
「あっ、はい」
メニューを手渡され、すぐにめくる。
地方の漁港から直送される鮮魚が売りのようで、のどぐろをとくに推しているようだ。
「うわっ、焼き魚の値段が三千円?」
「はははは、高いよね。でも、東京で食べれるんだぜ? それに味はたしかさ。保証するよ」
「失礼します」
会話の途中で突然声をかけられ、引き戸が静かにひらかれて若い女性店員が姿を現す。
笑顔のよく似合う、ナチュラルメイクの薄化粧。
香水の類いは、におってこない。プロ意識が強いのか、それとも単に店側がうるさいだけなのか。
黒を基調とした作務衣と前掛け姿の女性店員は、上得意に向かってにこやかに話しかける。
「葛城さん、いつも御贔屓にしてくださりまして、ありがとうございます。今日もハイボールからでよろしいですか?」
〝葛城〟は本名──日本酒の種類が豊富なドリンクメニューを選ぶ振りをしながら、航はふたりのやり取りに聞き耳をたてる。葛城とはどういう男なのか、少しでも多くの情報を得るために。
「んー、今日は変えようかな。おいカツヒコ、何飲むか決めたかよ?」
「え? あー、じゃあ……紅茶梅酒のソーダ割りで」
「凍月ちゃん、俺にもそれ」
「はい。濃い目にしてすぐにお持ちしますね」
引き戸が閉められ、終始笑顔のままだった凍月の気配が消えたのを確認してから、航は「あの」と葛城に声をかける。
「ゴメンね。〝アオイ君〟てさ、いかにも偽名で人前じゃ呼びづらいんだもん。恥ずかしいのは嫌いなんだよ、俺」
「ああ……まあ、そうですよね」
そこで初めて、航は笑顔を見せた。
「キミさぁ、笑ったほうが素敵だし可愛いよ。そしたらもっと、女の子にモテるんじゃないかな」
まさか、葛城の口から異性へのアピールポイントを教わるとは。
いや、おそらく自分が同性愛者ではないことを見抜かれているのだろう。航の手のひらに汗が滲む。
しかし、葛城は気分を害しているどころか、なにかと笑顔で接してきていた。
一体なんのつもりなのか──少なくとも言えるのは、ネットで知り合ったばかりの若い男と肉体関係に至るのが目的のはずだ。
「いえ、女にはそこまで興味がありません。笑いたいときにだけ、俺は笑います。助言をありがとうございました」
それは本心だった。
同世代の男たちと比べれば、性欲は少ないと自覚している。けれども、これまでの人生でセックスやオナニーはそれなりの回数を経験していた。
勃起不全ではない。ただ、異性と親しい関係を築くのが、様々な意味合いで面倒なだけであった。
「ふーん……でも、アオイ君て〝ノンケ〟だろ?」
その問いに、航はなにも答えない。
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当初の約束だと、お互いが気に入らなければ会うだけでも満額を支払われることにはなっていた。だが、葛城の機嫌次第でそれは一方的に破棄される程度の契約内容でもあった。
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だからこそ、航はなにも答えられなかったのである。
「黙られるのも俺は嫌いだな。ねえ、こっちにすわりなよ」
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