4 / 12
第4話 ベイビーベイビー
しおりを挟む
ミニテーブルがかたされた居間には、新しい布団がぎゅうぎゅう詰めになって二組並べて敷かれていた。
ダブルガーゼの長袖パジャマに着替えてから自分の敷き布団の上にすわったあたしは、ドライヤーのスイッチを入れて鼻歌交じりに髪を乾かす。温風ごしにトイレの流す音がかすかにきこえると、彼女の気配を間近に感じた。
視線を真下から隣に向ける。まとめられていた長い銀髪は解かれ、惣闇色のベビードールに潤いを含んだ美しい文様として輝きを放つ。そんな魔性の魅力を完璧なまでに高めた彼女が、横ずわりの姿勢でかたわらに置かれていたフェイスタオルを使って濡れ髪をやさしく挟み込み、根本から毛先へと撫で下ろしはじめるところだった。
彼女は当初、産まれたままの一糸まとわぬ姿で眠っていた。
寝巻を着る習慣が自分の部族には無いといわれて何度も断られたけど、あたしの身内にも友だちにも裸で眠る習慣の人はいないし、官能的な彼女の美ボディは同性のあたしが見ても目に毒なので、なんとか〝主人命令〟で寝巻を着せることには成功した。
ただし、妥協案として普通のパジャマではなく、露出多目の透け透けなベビードールが選ばれ、さらにその下には、なにもつけてはいない。
そう、つまり──ベビードールを脱げば彼女はノーパンティー。結果的に、全裸とさほど変わらないエロい格好になった。
「あの……またタオルドライだけしかしないつもりなんでしょ? 遠慮しないでドライヤー使っていいんだよ? 電気代だって微々たるものなんだし」
「いえ、結構です。私奴はバスタオルと自然乾燥だけで十分。御主人サマの寛大なお気遣いに感謝します」
「寛大って、そんなオーバーな……」
自分だけドライヤーすることを申し訳なく感じたあたしは、まだ生乾きの状態だけど、スイッチを切って本体の余熱が冷めるまえに空箱のなかへしまった。
*
電気が消された部屋の天井を、かれこれ三十分くらいは見つめている。今夜はなんだか、すぐに眠れなかった。
職場や身のまわりの新しい環境には、ほんの少しずつだけど慣れてきてはいた。それでも、毎日不安で仕方がない。とくに夜になると、眠るまえになると、段々と〝なにか〟が怖くなってきて──なにに対しての不安なのか、正直自分でもよくわからないけど、たしかに恐怖心といえる〝なにか〟が──あたしの胸を強く圧迫する。
もしも、完全なひとり暮しをしていたら、あたしの心はどうにかなっていたかもしれない。そう思うと、彼女がいてくれて本当によかった。
……ん?
いまなにか、小さな音がきこえたような?
「……うっ……ううっ……」
音の出処は、隣で眠っているはずの彼女だった。あたしに向けられた肩や背中が、掛布団にくるまれて小刻みに震えている。
(えっ……もしかして、泣いてるの?)
気丈で傲慢な、誇り高きダークエルフの使用人。そんな彼女でも、泣くことなんてあるんだ……。
「あっ」
泣いている理由に気づいて、つい思わず声を漏らしてしまった。
彼女だって、きっと寂しいはずだ。
たったひとり、異世界の見知らぬ国に出稼ぎをして──しかも、あんな恥ずかしいメイド服まで着せられて、人間に仕えて働いている。あたしだったら初日に弱音を吐き、おまけに裸足で逃げ出しているに違いない。
そう考えると、彼女とあたしの境遇って、ちょっとだけ似ているのかもしれない。このときはじめて、彼女に親近感がわいて愛おしく思えた。
「ねえ、大丈夫?」
思いきって声をかけた直後、すすり泣きと身体の震えがピタリと止まる。
「泣いてるんだよね? いろいろと辛いんでしょ? わかるよ。あたしでよければ、愚痴くらいきいてあげ──」
「うるさい、黙れ! 人間のおまえに、わたしのなにがわかる!?」
背中を向けたまま怒鳴り声をあげると、彼女は掛布団を頭まですっぽりと被って隠れてしまった。
「ごめん……なさい。でもね、あたしも……寂しいんだ。ひとりぼっちで実家を離れて、友達も知り合いも誰もいないこの街で、あたしも……寂しくて……押し潰されそうなんだよ……」
今度は、あたしの涙がこぼれていた。
今度は、あたしの身体や声が震える番だ。
「うっ、ううっ……ひっく……怖い……怖いよぉ…………もう嫌……どうしてこんなに怖いのか……全然わからないから、よけいに怖いよぉぉぉ……」
涙が止まらない。
震えが止まらない。
どうしようもない不安な気持ちが、一気に天井の闇から降りそそいで落っこちてくる。
気がつけばあたしは、大声をあげて狂ったように泣きじゃくっていた。
「お、おい! しっかりしろ! 大丈夫か、おまえ!?」
彼女の心配そうな声が近くで聞こえる。
それでもお構いなしにあたしが泣きじゃくるものだから、彼女は困り果てた様子で髪を掻きあげていた。
「先に泣いていたのは、このわたしだぞ……まったく、どこの世界でも人間は身勝手極まりない愚かな猿だな」
鼻を小さくすすった彼女が、掛布団を払いのけてあたしの身体を抱き起こす。そして、優しく頭を撫でてくれながら全身をゆっくりと前後に揺らし、なにかのメロディを口遊んでくれた。
とても穏やかで心地よい調子。なんだか不思議と、遠い昔にきいたおばあちゃんの子守唄を思い出す。
「クスン……ううっ……」
「やっと泣き止んでくれたか。幼い頃わたしが泣いているとき、こうして母上がよく歌って慰めてくれていたものだ。フッ……まさか、我が子よりも先に人間相手に歌うとはな」
「クスン、ごめんなさい」
「なにを謝る? 泣きたければ、もっと泣けばいい。わたしならここにいる。泣き止むまでそばにいてやるから安心しろ」
「うん……ありがとう……」
彼女のぬくもりが、頭や耳もと、背中から、めいっぱいに広がって伝わってくる。
こうしてあたしはこの夜、久しぶりに深い眠りにつけた。
ダブルガーゼの長袖パジャマに着替えてから自分の敷き布団の上にすわったあたしは、ドライヤーのスイッチを入れて鼻歌交じりに髪を乾かす。温風ごしにトイレの流す音がかすかにきこえると、彼女の気配を間近に感じた。
視線を真下から隣に向ける。まとめられていた長い銀髪は解かれ、惣闇色のベビードールに潤いを含んだ美しい文様として輝きを放つ。そんな魔性の魅力を完璧なまでに高めた彼女が、横ずわりの姿勢でかたわらに置かれていたフェイスタオルを使って濡れ髪をやさしく挟み込み、根本から毛先へと撫で下ろしはじめるところだった。
彼女は当初、産まれたままの一糸まとわぬ姿で眠っていた。
寝巻を着る習慣が自分の部族には無いといわれて何度も断られたけど、あたしの身内にも友だちにも裸で眠る習慣の人はいないし、官能的な彼女の美ボディは同性のあたしが見ても目に毒なので、なんとか〝主人命令〟で寝巻を着せることには成功した。
ただし、妥協案として普通のパジャマではなく、露出多目の透け透けなベビードールが選ばれ、さらにその下には、なにもつけてはいない。
そう、つまり──ベビードールを脱げば彼女はノーパンティー。結果的に、全裸とさほど変わらないエロい格好になった。
「あの……またタオルドライだけしかしないつもりなんでしょ? 遠慮しないでドライヤー使っていいんだよ? 電気代だって微々たるものなんだし」
「いえ、結構です。私奴はバスタオルと自然乾燥だけで十分。御主人サマの寛大なお気遣いに感謝します」
「寛大って、そんなオーバーな……」
自分だけドライヤーすることを申し訳なく感じたあたしは、まだ生乾きの状態だけど、スイッチを切って本体の余熱が冷めるまえに空箱のなかへしまった。
*
電気が消された部屋の天井を、かれこれ三十分くらいは見つめている。今夜はなんだか、すぐに眠れなかった。
職場や身のまわりの新しい環境には、ほんの少しずつだけど慣れてきてはいた。それでも、毎日不安で仕方がない。とくに夜になると、眠るまえになると、段々と〝なにか〟が怖くなってきて──なにに対しての不安なのか、正直自分でもよくわからないけど、たしかに恐怖心といえる〝なにか〟が──あたしの胸を強く圧迫する。
もしも、完全なひとり暮しをしていたら、あたしの心はどうにかなっていたかもしれない。そう思うと、彼女がいてくれて本当によかった。
……ん?
いまなにか、小さな音がきこえたような?
「……うっ……ううっ……」
音の出処は、隣で眠っているはずの彼女だった。あたしに向けられた肩や背中が、掛布団にくるまれて小刻みに震えている。
(えっ……もしかして、泣いてるの?)
気丈で傲慢な、誇り高きダークエルフの使用人。そんな彼女でも、泣くことなんてあるんだ……。
「あっ」
泣いている理由に気づいて、つい思わず声を漏らしてしまった。
彼女だって、きっと寂しいはずだ。
たったひとり、異世界の見知らぬ国に出稼ぎをして──しかも、あんな恥ずかしいメイド服まで着せられて、人間に仕えて働いている。あたしだったら初日に弱音を吐き、おまけに裸足で逃げ出しているに違いない。
そう考えると、彼女とあたしの境遇って、ちょっとだけ似ているのかもしれない。このときはじめて、彼女に親近感がわいて愛おしく思えた。
「ねえ、大丈夫?」
思いきって声をかけた直後、すすり泣きと身体の震えがピタリと止まる。
「泣いてるんだよね? いろいろと辛いんでしょ? わかるよ。あたしでよければ、愚痴くらいきいてあげ──」
「うるさい、黙れ! 人間のおまえに、わたしのなにがわかる!?」
背中を向けたまま怒鳴り声をあげると、彼女は掛布団を頭まですっぽりと被って隠れてしまった。
「ごめん……なさい。でもね、あたしも……寂しいんだ。ひとりぼっちで実家を離れて、友達も知り合いも誰もいないこの街で、あたしも……寂しくて……押し潰されそうなんだよ……」
今度は、あたしの涙がこぼれていた。
今度は、あたしの身体や声が震える番だ。
「うっ、ううっ……ひっく……怖い……怖いよぉ…………もう嫌……どうしてこんなに怖いのか……全然わからないから、よけいに怖いよぉぉぉ……」
涙が止まらない。
震えが止まらない。
どうしようもない不安な気持ちが、一気に天井の闇から降りそそいで落っこちてくる。
気がつけばあたしは、大声をあげて狂ったように泣きじゃくっていた。
「お、おい! しっかりしろ! 大丈夫か、おまえ!?」
彼女の心配そうな声が近くで聞こえる。
それでもお構いなしにあたしが泣きじゃくるものだから、彼女は困り果てた様子で髪を掻きあげていた。
「先に泣いていたのは、このわたしだぞ……まったく、どこの世界でも人間は身勝手極まりない愚かな猿だな」
鼻を小さくすすった彼女が、掛布団を払いのけてあたしの身体を抱き起こす。そして、優しく頭を撫でてくれながら全身をゆっくりと前後に揺らし、なにかのメロディを口遊んでくれた。
とても穏やかで心地よい調子。なんだか不思議と、遠い昔にきいたおばあちゃんの子守唄を思い出す。
「クスン……ううっ……」
「やっと泣き止んでくれたか。幼い頃わたしが泣いているとき、こうして母上がよく歌って慰めてくれていたものだ。フッ……まさか、我が子よりも先に人間相手に歌うとはな」
「クスン、ごめんなさい」
「なにを謝る? 泣きたければ、もっと泣けばいい。わたしならここにいる。泣き止むまでそばにいてやるから安心しろ」
「うん……ありがとう……」
彼女のぬくもりが、頭や耳もと、背中から、めいっぱいに広がって伝わってくる。
こうしてあたしはこの夜、久しぶりに深い眠りにつけた。
10
あなたにおすすめの小説
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
メイドが世界を救った話
Masa&G
ファンタジー
世界を救った英雄ブラン=ハーメル。
今では王都で、すっかりぐーたらな生活を送っている。
そんな彼の世話役になったのは、
19歳のメイド、モニカ=ハブレット。
かつて英雄に憧れた少女と、
かつて英雄だった男――
文句を言いながら洗濯をして、
ため息をつきながらも、今日も世話は続いていく。
――やがて再び、ドラゴンの影が現れる。
これは、メイドと元英雄の少し不器用で、少しあたたかい物語。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる