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久遠雛乃という人 冬真SIDE
しおりを挟む「先輩、顔色悪くない?」
「そうかな?」
ここ最近、毎日のように教室に訪れる目の前にいる女。
─誰のせいだと思ってんだよ!
マジでいつか殴るぞ。
にこにこと笑顔を浮かべるその姿に俺も必死で笑顔を作って返すが、それもそろそろ限界も近づいている気がする。
久遠雛乃。
それは、この学校で俺と同じくらい有名な女。
でも、この女が何で有名かって。
それはこの学校で1番の、
問題児というか…
騒がしい女というか…
危なっかしい女というか…
とにかく、目を離すと何をするか分からないといった意味で問題児だと有名らしい。
しかしながら顔だけは妙に可愛らしく、男子生徒の評判も高いらしいから余計に噂になっていると考えられる。
「ねぇ、もういい加減に諦めて仲良くなろうよ」
─いい加減にするのも諦めるのもお前だこの野郎。
そんな女が毎日俺のところに来るものだから、
『…そう言われても困るな』
笑顔もいい加減に限界間近だから、誰も見ていない隙に思いっきり睨みつけてやろうといつも思っているのに、興味津々の周りの生徒の視線がすごくてそれすらできず余計にストレスが溜まる。
だけどそんな女も、偶然か計算か、
「久遠さん、もういい加減───…」
「あ!私次の授業移動だったんだ!もう戻りまーす」
俺がもう限界だと思った時には、決まって笑顔で俺の元を去っていく。
それは優等生を演じる俺にとって、かなり助かることではあるんだけれど。
─…マジで勘弁してくれ。
一体誰だよ。
放っておいたら何するか分からないような危なっかしい女を放置してんのは。
そんなことを考えながらようやく解放された嬉しさと疲労感にげっそりした気持ちで席へ着こうとするとと、俺の机の周りに人だかりができた。
「大丈夫?毎日大変だね」
「でもあの子可愛いからいいじゃん!彼女にしねぇの勿体無くない?」
「は?あんたあの女の噂知らないわけ?後藤君につりあうわけないじゃん」
「雛乃ちゃんに手ぇ出そうとした女の言うセリフじゃねぇだろ」
「なんですって!?」
毎回毎回こんな言い合いを始めたり。
面白おかしく話を飛躍してみたり。
ざわざわとひたすら騒がしい。
「………」
久遠雛乃に会ってから落ち着ける時間は前以上になくなっている気がする。
ストレスでハゲるかと思うくらい。
胃に穴が開きそうな勢いで。
─こうやって疲れてるとこをわらわら囲まれんのが更に疲れるって分かんねぇのかよ。
最近真剣に思うのは、眉間に皺が寄らないようにするのに精神のほとんどを費やしている気がする。
だ、なんて、そんなことなくらいだ。
だけどそんな俺にも、唯一頼りにできる男が1人いる。
「おまえら…。毎日毎日うるせぇよ」
「散れ、散れ」と言って、俺の机を囲うようにできた人だかりをしっしと追い払ってくれるこいつだ。
「おまえマジで大変だな」
「助かった。さんきゅ」
そいつのおかげで俺の周りはこの男だけになり。
近くに他に誰もいなくなったと分かると笑顔で肩を叩いて苦笑いを浮かべるその男は、
───滝川正人《たきがわまさと》
中学校時代からのツレで、俺の1番の理解者でもある人物だ。
こうして地元からかなり離れた高校で優等生なんかをしている俺に黙ってついて来てくれたいい奴。
「あの子雛乃ちゃんだっけ?その後どうなんだ?」
当然そんな正人は、俺が魔王と呼ばれていた時代も知っている。
久遠雛乃という女にそのことがバレて、キレて壁を殴りつけてきたことも言っている。
だから次の日の昼休みに、あの女が笑顔で教室に訪ねてきた時に俺と同じくらいに驚いていたのも正人だ。
「あぁ、あれからは魔王については別になにも言ってこねぇよ。マジでうざいけど」
「あの子ファイトあるよなぁ。おまえにマジギレされて、その後で顔出せた奴なんて他にいないからな」
「正人、おまえあの女どうにかできねぇ?」
「おまえにキレられて平気な子を俺にどうしろって言うんだよ」
こうして周りに人がいなくて正人と2人だけになれた時だけは校内でもリラックスできるので有難い。
普通の言葉遣いで話せるということが本当に楽だと感じる時間だ。
「…ったく。マジでなんなんだよ、あの女」
あの女の笑顔を思い出して再び苛立ってくる。
「優等生の後藤君につきまとうならまだ分かるけど。魔王の桜咲にってのは異例だな」
そんな俺を見て何だか楽しそうに笑顔を向けてくる正人。
あの女に告白…
いや、果たしてあれを告白だと言うんだろうか。
好きだけど好きじゃないとか、わけの分からないこと言われたわけだし。
とにかくある意味いろんな告白をされたと、そのことを正人に告げた日からなぜか正人はずっと楽しそうで。
「おまえなんで楽しそうなんだよ」
「いや、おまえのこと小さい男になったって言ってくれた雛乃ちゃんは貴重だなぁって思い出しちゃってさ」
「しばくぞ」
あの女に言われたことまで正人に報告してしまったのは失敗だっかもしれない。
「嘘だって。まぁそれも面白かったけどな。それに本性出したおまえのこと中学のおまえと違うって言ってたんだろ?」
「…言われたけどなんだよ」
「それに感動ちゃって」
「意味分かんねぇんだけど」
─この間から色々本当に意味が分からない。
目の前でにこにこと笑顔を浮かべる正人も。
俺のことを"自分の好きな俺じゃない"と言った、あの女も。
「ま、ゆっくり考えてください」
「おまえマジで腹立つな」
「よく言われる」
俺は俺なのに。
一体何が違うっていうんだ。
俺の何が分かってるっていうんだ。
「───それよりも気になることはさぁ、」
教室にいる俺にはムスッとした顔さえおおっぴろげには出来ない。
心の中で悪態をつく俺を見ながら正人が少し難しそうな表情を浮かべ、
「雛乃ちゃんは何者なのか、だよな」
俺の目をじっと見てくる正人。
「俺が聞きてぇよ」
静かにため息をつくと正人は再び笑顔を浮かべて。
「学校での雛乃ちゃんの噂なら知ってるけどさ、あの子相当面白いぞ」
「…ろくな噂ねぇんだろ。聞きたくねぇ」
「俺は噂聞いてけっこう興味持ったけどな」
「おまえ面白いもん好きだからな」
嫌そうな声を出す俺に反して本当に楽しそうな笑顔を浮かべる正人。
正人は俺の意思は無視して、あの女の学校で回っている噂とやらを話してくる。
「えーと、まず1番有名な話は───…」
そう言って、思い出すようにして話し始めた正人の口から出るあの女の噂話に、
「………俺、そんな馬鹿に魔王ってバレてんのかよ」
思わずそう呟いて、この俺が少し落ち込んでしまうほど呆れた内容の数々だった。
「この噂が本当なら、確かに雛乃ちゃんは問題児だよな」
そう言って笑う正人だけど何が楽しいのか不思議で仕方ない。
あくまで全て"噂"らしいが。
間抜けな噂がたくさん流れてしまうくらいに、きっと久遠雛乃は問題児なのだろう。
噂と称されるそれの中に確実に事実はあるはずだ。
───そんな呆れる噂とは。
"噂その1"
朝寝坊した久遠雛乃。
これ以上遅刻してはまずいと一生懸命に走って登校したはいいものの、教室へ向かう為に階段を上がっている時にチャイムが鳴ってしまった。
だがしかし幸いにも1限の担当教師は少し教室に来るのが遅い奴。
まだ間に合うと焦って走った久遠雛乃は、ようやく上がりきった階段の最後の段を踏み外し、なんとそのまま1番下まで転落。
だが遅刻してはまずいと焦っていた久遠雛乃は身体が色々痛いとは思っていたものの、そのまま走って教室に直行したようで。
そのおかげで授業は間に合ったそうだが、彼女の額からは軽く出血がみられ、足や腕には捻挫や打撲、出血がたくさんあり。
だがそれに気づかずに友達に笑顔で手を振った久遠雛乃を見て、友達の方がぶっ倒れたらしく。
その友達を心配し久遠雛乃が友達を保健室まで連れて行ったことで、ようやく鏡に映った自分の信じられない姿に気付いて。
そして、そのまま自分も即効でぶっ倒れたそう。
周りはそんな久遠雛乃に驚いて、ただ呆然とその光景を見ていたらしい。
てか、違うとか。
「そんなことありえるのか?」
「普通ありえないよな。普通」
呆れて口が開いたまま、ボケッとそれを聞いていた俺。
正人はやっぱり楽しそうで。
「まだいっぱいあるぞ」
そう言う正人の笑顔に、あの女につきまとわれている自分の未来が一気に不安に包まれていくのを感じた。
"その2"
一生懸命小テストを受けていた久遠雛乃。
だがその教科の担当教師がいきなり彼女を怒鳴りつけた。
急に怒鳴られて何がなんだか分からなかった久遠雛乃はもちろんその教師に反論したが、よく見ると小テストの答えのテキストが机の上にバッチリ出ていたらしく。
それに気付いたのはいいが、もう教師に散々食ってかかった後で引くに引けなかった久遠雛乃はその後もひたすら言い合いを続け。
結局その後で職員室で散々説教を食らったとか。
"その3"
今の久遠雛乃の髪は、黒とも茶色ともとれるような大人しめのダークブラウン。
その前は明るいハニーブラウン、その前はアッシュとよく髪色を変えるらしい久遠雛乃。
当然、頭髪指導に頻繁に引っかかっているらしい。
ある時、どうせ暗い茶色でもガミガミ怒られるならと頭髪指導の翌日に金髪にして登校。
そしてあたりまえだが、生活指導の教師にこれまた散々説教されたとか。
その4"
グラウンドに立った砂埃を、何をどう勘違いしたのか火事による煙だと思ったらしく。
すぐさま非常ベルを鳴らし。
どうしたのかと廊下に出る生徒や教師に「火事だから逃げて!」と大声で叫び。
その剣幕に生徒達は本当に火事だとパニックになる中、教師が火元を確認する為に事情を久遠雛乃に聞いたところ、それが砂埃だったと判明。
そしてやっぱり散々怒られるという始末。
その他にも、
学年集会で携帯で電話してみたり。
教師にジュースをぶっかけてみたり。
赤の他人に前髪を切ってくださいと頼んでみたり。
わけが分からない…、というか何というか。
もはや世間一般で言われる問題児だというわけではなく、ただの馬鹿だということが判明。
─確かに今年非常ベル鳴った時1回だけグラウンドに避難させられたことあったな…、あれか…
どうやら本当に1人にすると何をするか分からない女らしい。
そういった意味で問題児だと有名らしい。
呆れてモノも言えないとはこのことか、と理解した。
「ま、学校での噂はこんなのばっかなんだけどな」
何で正人が笑えているのかも、もはや理解不能だ。
「でも俺が雛乃ちゃんが何者かって思うのは、そういう面でのことじゃなくて」
シラーっと正人を見ていた俺を指差す正人。
何だ?と、顔を上げてみると、
「そんな雛乃ちゃんが、何でおまえの中学ん時知ってるかだよ」
「あと、そん時のおまえ知っててそのおまえが好きだって。そう言うところが謎だよな」だなんて嫌味を笑顔で付け加えつつ、再び真剣な表情をした正人の言葉にようやくそのことを思い出した俺。
後に付け加えられた気に触る言葉は、面倒なのでスルーしておくことにした。
「そうだった。俺もなんで中学ん時のこと知ってんのかって思ってたんだよな」
この学校で正人以外にそのことを知る人間はいないはずだった。
それに、この学校自体が地元からだいぶ離れているというのにどうして知っているのか。
「俺、雛乃ちゃんについて調べておくわ」
「悪いな。頼む」
正人も何だかんだ言って、やっぱりあの女のことを疑問に思っているようで。
とりあえずあの女には色んな意味で要注意だな、と再び心に刻み込んだ。
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