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第二章
第二十七話
視線の置き場に迷いながら、次の言葉を待った。けれどルドルフは、何も発しようとはしない。組んだ脚に置いた手を、じっと眺めているだけだった。
ルドルフが帰還した日を“不遇の始まり”だと言うなら、今は一周回って同じところへ戻ってきた気分だ。
だから次の一歩はまた——“始まりの一歩”のはず。気づけば、そんな不思議なことを考えていた。
ならば次は、自分が一番良いように踏み出せばいい。
「では、まずは騎士団の報奨について……」
ルドルフの反応など気にせず、引き継ぎを急いだ。出征の日からずっと気にかけてきた最重要課題を取り上げる。まずは、騎士団のことだった。
「報奨金の分配に遅れが出れば、騎士団の士気に直結します。閣下もご存じのとおり、この問題は“時間との戦い”ですから」
「……そうか」
その反応の薄さに、思わず息を止めそうになる。ルドルフが集中していない時に見せる癖、美しい黒髪をしきりにかきあげる仕草が目立って、私は不安を覚えずにはいられなかった。
「言うまでもございませんが、出征の時期が問題でした。北部が雪に閉ざされる——最も領地が厳しい季節を迎える前に、男手がごっそり失われたわけです」
果たして理解できているのだろうか。わざわざ物事の始まりから説明しているのに、それすらも聞き取る意欲がないように見えた。
「ですからこうして、手遅れになる前に救済策を打ち出しました……閣下? 事の成り行きはご理解いただけましたか?」
騎士団が出発した後、私はすぐさま、彼らの家族に準備金を用意した。書類を代筆できる人材も領民の中から選んで、新たな雇用を生み出す努力も重ねたのだ。
その全てを記した資料を示し、順を追って説明して見せる。
「ああ、理解した。この資料から解るのは……終戦を迎えるまでの五年間。騎士の家族に毎年欠かさず、定められた額の支援金を給付し続けた——ということだろう? 簡単なことだ」
たしかに馬鹿にしすぎたかもしれない。いささか不満げに応える彼を見て、私は反省した。
「そうです。騎士団の家族を守り支えるには、他の選択肢はございませんでした」
説明し終えた私は、たった今、評価を待つ立場になった。公爵代理として下した決断について、公爵閣下から直々に評価を受ける時がやって来たのだ。
「——よくやってくれた」
彼の口をついた短い一言、そこには確かな信頼感が宿っていた。驚いたけれど、努力を認められたことは素直に嬉しかった。
「ありがとうございます。」
資料を整えながら、こちらも短く言葉を添える。端正な顔に笑みを浮かべることもなく、ルドルフは視線を落としたまま、軽く頷いた。
「では、本日はここまでにいたしましょう。少々解決しなければならないことができましたので、私はこれにて」
「何かあったのか?」
「閣下にご心配いただくほどのことではありません。ただ……私の部屋から私物が持ち出されまして。詳細を確認する必要が出てまいりました」
「……そうか」
ルドルフは言葉を切り、黙り込んだ。そして、私が執務室を出ようと背を向けた時——。
「待ってくれ!」
張り詰めた声が響いて、私は扉の前で足を止めた。そして振り返ると、ルドルフが立ち上がって、その茶色の瞳はこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「君の私物を持ち出したのは……俺だ。薔薇のオイル『アリア』だろう?」
「……ええ、そうです。やはり、貴方でしたか」
ルドルフが正直に告白してくれて、私はほっとした。もし知らないふりをされたままだったら、さらに拗れていたかもしれない。
「……知っていたのか?」
「知っていたというより、そうではないか……と推察したまでです」
私は小さく答えると、そのまま執務室を後にした。
◇
それは昨日の夕刻、ちょうど執務が落ち着いた頃のことだった。別邸のメイド——“密偵”のルイーゼが、報告を携えてやってきた。
「イザベラ様が、不思議なほど奥様に詳しいので、どうぞお気をつけください」
私の趣味嗜好や興味の対象、持ち物に至るまで。彼女は多くのことを“勘”だと言っては詳しく聞きたがるのだという。
そんななか、ルイーゼはルドルフとイザベラの会話を耳にしてしまった。イザベラの声で『アリア』の名が語られるのを、はっきりと聞いたのだ。
「別邸で過ごすイザベラ様が、どうしてご存じなのでしょう。おかしいではありませんか? 周りの使用人は新しく雇われた者ばかり。それにもかかわらず、『アリア』を知っているなんて……“違和感”しかございません」
だが違和感を感じていたのは、ルイーゼだけではなかったのだ。その言葉を聞いた執事のバーナードは、すぐさま首都への出張を決めた。
戦後、帝国の属国となったイザベラの祖国——ソルテーヌについての資料を閲覧するため、皇城へと向かうことにした。
「……そろそろ、バーナードから連絡があってもいい頃ね」
もしも私たちの推測が正しければ——これから私は、イザベラに翻弄され続けることになる。
それぞれが感じた小さな違和感。今はただの断片にすぎないけれど、やがて正しい場所に並んだとき、一つの答えを導くだろう。
私はそう確信して、バーナードの出張に賛成したのだった。
ルドルフが帰還した日を“不遇の始まり”だと言うなら、今は一周回って同じところへ戻ってきた気分だ。
だから次の一歩はまた——“始まりの一歩”のはず。気づけば、そんな不思議なことを考えていた。
ならば次は、自分が一番良いように踏み出せばいい。
「では、まずは騎士団の報奨について……」
ルドルフの反応など気にせず、引き継ぎを急いだ。出征の日からずっと気にかけてきた最重要課題を取り上げる。まずは、騎士団のことだった。
「報奨金の分配に遅れが出れば、騎士団の士気に直結します。閣下もご存じのとおり、この問題は“時間との戦い”ですから」
「……そうか」
その反応の薄さに、思わず息を止めそうになる。ルドルフが集中していない時に見せる癖、美しい黒髪をしきりにかきあげる仕草が目立って、私は不安を覚えずにはいられなかった。
「言うまでもございませんが、出征の時期が問題でした。北部が雪に閉ざされる——最も領地が厳しい季節を迎える前に、男手がごっそり失われたわけです」
果たして理解できているのだろうか。わざわざ物事の始まりから説明しているのに、それすらも聞き取る意欲がないように見えた。
「ですからこうして、手遅れになる前に救済策を打ち出しました……閣下? 事の成り行きはご理解いただけましたか?」
騎士団が出発した後、私はすぐさま、彼らの家族に準備金を用意した。書類を代筆できる人材も領民の中から選んで、新たな雇用を生み出す努力も重ねたのだ。
その全てを記した資料を示し、順を追って説明して見せる。
「ああ、理解した。この資料から解るのは……終戦を迎えるまでの五年間。騎士の家族に毎年欠かさず、定められた額の支援金を給付し続けた——ということだろう? 簡単なことだ」
たしかに馬鹿にしすぎたかもしれない。いささか不満げに応える彼を見て、私は反省した。
「そうです。騎士団の家族を守り支えるには、他の選択肢はございませんでした」
説明し終えた私は、たった今、評価を待つ立場になった。公爵代理として下した決断について、公爵閣下から直々に評価を受ける時がやって来たのだ。
「——よくやってくれた」
彼の口をついた短い一言、そこには確かな信頼感が宿っていた。驚いたけれど、努力を認められたことは素直に嬉しかった。
「ありがとうございます。」
資料を整えながら、こちらも短く言葉を添える。端正な顔に笑みを浮かべることもなく、ルドルフは視線を落としたまま、軽く頷いた。
「では、本日はここまでにいたしましょう。少々解決しなければならないことができましたので、私はこれにて」
「何かあったのか?」
「閣下にご心配いただくほどのことではありません。ただ……私の部屋から私物が持ち出されまして。詳細を確認する必要が出てまいりました」
「……そうか」
ルドルフは言葉を切り、黙り込んだ。そして、私が執務室を出ようと背を向けた時——。
「待ってくれ!」
張り詰めた声が響いて、私は扉の前で足を止めた。そして振り返ると、ルドルフが立ち上がって、その茶色の瞳はこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「君の私物を持ち出したのは……俺だ。薔薇のオイル『アリア』だろう?」
「……ええ、そうです。やはり、貴方でしたか」
ルドルフが正直に告白してくれて、私はほっとした。もし知らないふりをされたままだったら、さらに拗れていたかもしれない。
「……知っていたのか?」
「知っていたというより、そうではないか……と推察したまでです」
私は小さく答えると、そのまま執務室を後にした。
◇
それは昨日の夕刻、ちょうど執務が落ち着いた頃のことだった。別邸のメイド——“密偵”のルイーゼが、報告を携えてやってきた。
「イザベラ様が、不思議なほど奥様に詳しいので、どうぞお気をつけください」
私の趣味嗜好や興味の対象、持ち物に至るまで。彼女は多くのことを“勘”だと言っては詳しく聞きたがるのだという。
そんななか、ルイーゼはルドルフとイザベラの会話を耳にしてしまった。イザベラの声で『アリア』の名が語られるのを、はっきりと聞いたのだ。
「別邸で過ごすイザベラ様が、どうしてご存じなのでしょう。おかしいではありませんか? 周りの使用人は新しく雇われた者ばかり。それにもかかわらず、『アリア』を知っているなんて……“違和感”しかございません」
だが違和感を感じていたのは、ルイーゼだけではなかったのだ。その言葉を聞いた執事のバーナードは、すぐさま首都への出張を決めた。
戦後、帝国の属国となったイザベラの祖国——ソルテーヌについての資料を閲覧するため、皇城へと向かうことにした。
「……そろそろ、バーナードから連絡があってもいい頃ね」
もしも私たちの推測が正しければ——これから私は、イザベラに翻弄され続けることになる。
それぞれが感じた小さな違和感。今はただの断片にすぎないけれど、やがて正しい場所に並んだとき、一つの答えを導くだろう。
私はそう確信して、バーナードの出張に賛成したのだった。
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