祠の神様

みん

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1話 伝説の話

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 いつか自分に子供が出来たら聞かせようと思っていた話がある。

 ふしぎなお話だから、作り話だって笑われてしまうかもしれない。
 
 もう20年も前、私が小学校5年の春のこと。
 
 今でも時々思い出すんだ。 

 これは、わたしが出会った“神様”のおはなし。

 春。

 桜並木が続く通学路を、私はできる限りゆっくりと歩いていた。私、立花みのりは今日で小学校5年生になる。
 
 ゆっくり歩くのは、新学期の緊張で何となく足が重くて、学校に行く勇気が萎んでしまっているからだと思う。
 
 せっかく仲良くなった友達とクラスが別れてしまったら嫌だなとか、隣の席に意地悪な男子が来てしまったらどうしようとか、色々考える。
 
 良い想像は浮かばないのに、良くない妄想はいつもポンポンと浮かんできてしまう。

「みのりー!」

 突然、花が咲いたように明るい声が後ろから聞こえてくる。

 振り返ると、近所に住む幼馴染の小坂夏美ちゃんが小走りで駆け寄ってくる。

「夏美ちゃん。おはよう。」
「うん、みのりおはよ!」

 そう言った夏美ちゃんが笑顔を見せると、向日葵に太陽が反射しているようで眩しい。

 背が高く、少し吊り上がった目と形の良い眉は凛々しく美しい。

 明るい性格で友達も多い。正直幼馴染じゃなかったら関わり合うことなんてなかったと思う。

 対照的に私は背が低くて人見知りで意地っ張りで、クラスの子たちと積極的に話す方ではないから友達が少ない。

 自分は根暗でダメな子なんだ、と時々嫌になる。

「新しいクラスはみのりと一緒がいいな。あ、高橋くんと一緒だったらもっといいな。」
「え、ほんとに?嬉しいな。」

 高橋くんは夏美ちゃんが好きな男の子。
 男の子が好きだなんて、夏美ちゃんは少し変わっているな、と思う。
 だけどそんなことより、夏美ちゃんが私と同じクラスが良いと言ってくれたことが嬉しかった。
 夏美ちゃんと同じクラスになりますように、と心の中で願う。
 
 夏美ちゃんの笑顔に引っ張られながら歩いていると、いつの間にか学校に到着していた。正面玄関のところに行くと、クラス発表が張り出されている。

「わっ。人いっぱいだね!」

 と言う彼女は真っ先に人ごみの中を突き進んでいく。
 
 私は人の輪の中になど入っていけないので、背伸びやジャンプをしてクラス発表の張り紙を見ようとするが、色彩々のランドセルが見えるだけだ。

 結局諦めて花壇のチューリップを眺めていると、夏美ちゃんが帰ってきた。

「夏美ちゃん、どうだった?」

と聞くと、夏美ちゃんは

「いぇい!」

 と言い、腕を高くあげてピースサインを作る。右腕に陽射しが当たり、キラキラと輝く。
 
 神様は案外、優しい人なのかもしれない。

 
 クラス発表の日から2週間が経った。
 
 私の席は窓際の1番後ろ。夏美ちゃんは斜め右前の席だ。意地悪な男の子が隣に来ることもなく、比較的穏やかに学校生活を送っている。

 窓の近くは好きだ。春らしい暖かな風がクラスの中に入り、これから色んな季節の変化を楽しむことが出来る。
 なんだかお得な席だな、と思う。夏美ちゃんがあくびをしているのが見えて、クスっと笑う。

「残り15分ありますが、今日は授業をここで終わります。」

 今日の最後の授業は国語の吉村先生だった。吉村先生は熊のような身体つきをした大柄の先生だ。声も大きくて、クラスの後ろまでよく通る。

 若い頃は学者さんだったらしく、この国の歴史にとても詳しい。なぜ今は小学校の先生をしているのか、わからない。

「その代わり、この町に伝わる伝説の話をしようかな。この地域に住む人でも、もう知らない人が多いのかもしれないけどね」」

 吉村先生は、時々授業から脱線したお話をする。いつもするわけではないので、お話をしてくれる時はワクワクする。

 昔々、この町の名前が決まるより、ずーっと前の話。この地域には、小さな村がありました。
 
 人々は田んぼを耕しながら細々と暮らしていましたが、ある日人を食べる大猿が村の周りに住みついてしまいました。

 大猿は普段山の上で暮らしていましたが、お腹が減ると村に降りてきて、人を攫うのです。男も女も、子供もお構いなしの、凶暴な怪物でした。

 やがて、人々は恐ろしくて家の外に出られなくなりました。そんな暮らしがしばらく続いた頃に、一人の少女がこの地へやってきました。村の入り口で倒れていた彼女はとても衰弱していました。

 村人たちの蓄えは残り少ないものでしたが、食べるものを分けてあげました。少女は礼を言うと、
『何かお困りごとがありましたら、私が解決して差し上げます。』
と言いました。

 困り事と言っても、そりゃ、あの大猿を退治してくれたならこんなありがたいことはありません。

 などと口ぐちに村人たちは言うが、そんなことを少女に頼んでも仕方がないのは百も承知です。しかし少女は真面目な顔で、
『分かりました。私がその大猿を退治してみせましょう。』と一言。 

 すぐに小屋の外に出ると、持っていた皮袋の中から美しい笛のようなものを取り出しました。

 少女に聞くと、オカリナと呼ばれるモノらしいです。少女はゆっくりとオカリナを口元にもっていき、吹きました。

 オカリナを吹いた途端、力強く美しい音が、ぶわっと溢れ出しました。そのメロディは高山の石清水のように透き通り、草原を駆ける馬のように勇ましいものでした。

 村人たちがその音色に耳を傾けていると突然、驚くべきことが起きました。

 大きな、本当に巨大な生き物が人々の上から現れたのです。

大きな翼。
鋼の鱗。
地上の鉱物全てを噛み砕かんとする頑丈な牙。
鋭い瞳。
その姿はまさしく、神話の生物「龍」でした。

 村人たちは驚きながらも、その美しい姿から目を離せませんでした。

 少女は笛の音に乗せて、巨大な龍と会話をしているように見えました。少女の笛の音が止むと、龍は大きな咆哮を大猿のいる山の方へ放ちました。

そして、
バサッ。
バサッ。

 と音を立て、山の方に飛んで行ったのです。その後数分して、大猿の叫び声のようなものが山に響きました。

 あの巨大な龍が大猿を退治したのだ、と村人たちは確信しました。少女に感謝の言葉をかけようと振り返ると、もう少女の姿はなく、オカリナだけが地面に置かれていました。

 この出来事をきっかけに、村人たちは祠(ほこら)と社(やしろ)を作り、オカリナを奉納しました。

 いつまでも少女と巨大な龍への感謝を忘れないように。いつか彼らが帰ってきたときに、体を休めることができるように。


「おしまい。」

と先生が言うのと同時に、学校のチャイムが鳴る。

「これは先生がみんなくらいの年に聞かされたこの地域の伝説です。少女と龍の伝説。大猿を退治した山。ここからも見えますね。そうです、「一ノ山(いちのやま)」です。この地域には二ノ山、三ノ山と続き、五ノ山まであります。この山々でそれぞれ龍神様が祀られていることは有名ですね。」

それから、あの山には・・と先生が話を続けようとすると、

「せんせー、もうチャイム鳴ったよー、帰りたいー。」

しびれを切らした男子生徒が間延びした声を出した。

もうこんな時間か、と先生は言うと、
「じゃあ今日はここまでにしよう。続きはまた今度だな。」と話をまとめ、帰りのHRを始めた。

「最後の先生の話、面白かったね。」学校からの帰り道、夏美ちゃんが道の脇に転がっていた木の棒を振り回しながら、唄うように話す。

「でも、ちょっと怖かった。それに、大猿は本当に退治されたのかな?」

「退治されたんじゃないの?だって龍が倒したって先生言ってたじゃん。」

「んー、村人たちは大猿が倒された所を、ちゃんと見たのかな。先生は“村人たちは確信しました”て言ってたけど。」

「みのりはよく聞いてるねー。けど確かにそうだね。今度先生に聞いてみよっか!」

 夏美ちゃんは、昔話にまで不安を覚える私の小心を笑わず一緒に考えてくれる。彼女が友達で本当に良かった、と思う。

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