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1章 春
12話
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永井と由紀が犀川大橋を渡って自分たちの家へと帰ったあと、僕は心美を家まで送っていくことになった。
河川敷から階段をのぼり、歩道を二人であるいていく。僕は“課題”について考えをめぐらせていて、心美が目の前まで顔を近づけていることに気付かなかった。
「わ!びっくりした、なんだい」
僕の肩に顔を乗せるくらいまで近づいていた心美に驚く。彼女の肌からは金木犀のような甘い香りがする。
「恭二郎は、わたしが“犀川の会”に入ることに反対?」
「え?」
「だから、わたし仲間に入れてもらってもいいの?」背が小さい心美は、上目遣いで僕を見る。耳元ではサファイアブルーの耳飾りが揺れていて、その表情はなんだか怒っているようだ。彼女はすぐに怒る。
「ああ・・・永井のやつ強引に誘ったけど、心美は嫌じゃなかった?」
「わたしは誘ってもらえてうれしかったよ。みんな良い人そうだし」
「そっか、ならいいと思う」
「思うって・・・なんか嫌々じゃない?」
「ぜひ入ってほしい」
「うむ、よろしい」
心美は両手を腰にあて、満足そうに笑う。
彼女はすぐに怒り、すぐに笑う。喜怒哀楽のはげしいジェットコースターのような彼女に、僕はこれから振り回されるようになるのだろうか。
「そうだ。質問ゲームしよっか?」
「質問?」
心美はなにか企むような目つきで僕を見る。コロコロと表情が変わる女の子だなあ、と僕は不思議に思う。
「そう、お互いの気になることとかを聞きあうの。どこで生まれたとか、小さい頃はどんな子だったかとか、好きな人はいるのか、とか」
「ふーん」
「恭二郎は、ここで生まれたの?」
「生まれは能登の病院だよ。父さんの実家がある」
「能登か、行ったことないや。どんなところ?」
「なんにもないところ」
「なんにも?」
「そう。チェーン店はコンビニエンスストアやファミリーレストランくらいしかないし、若者が遊ぶような施設はほとんどない。散歩しているとタヌキやキジに会うときもあるし、ときどき人より動物のほうが多いんじゃないかと思ってしまう」
「へえー」
「だけど僕はけっこう好きなんだ。こっちに比べると時間がゆっくりと流れている気がするし、父さんの実家は内海だから波の少ない海に向かって釣り糸を垂らしてぼーっとしていられる」僕は話し終わると、「つぎは心美の番だよ」と彼女を見た。
「んー、わたしはここ。犀川生まれの犀川育ち」
「どんな子だった?」
「さっきも言ったんだけど、身体が弱かったんだ。だから家で絵ばかり描いてた。ときどき犀川の河川敷で描いたり、ヒデさんの家で描いたりしていたけどね。お母さんが絵描きだったから、いろいろ教えてもらってた」
「それであの絵が生まれるわけだ」
「まだまだだけどね。だから―」
「だから?」
「ううん、あんまり話すと悪事がバレるから。つぎは恭二郎の番だよ」
なんだよ悪事って、と言うと、女の子にはいろいろと秘密があるの、と心美は返す。腑に落ちなかったが、また何かのときに話してくれるだろう、とあきらめる。
「僕は普通の子だったよ。成績は特別良くもなければ悪くもない。運動神経も人並みだったから、苛められることはなかったな」
「ほー。ほかには?」
「んー、僕の父さんは僕が小学生のときに死んでいるんだ。小学校の先生をしながら小説を書いてた」
「そうなんだね・・・。恭二郎は小説、書かないの?」
「書きたいのか、書かなきゃいけないのか」
「ん?」
「なんでもないよ」
「じゃあ最後に、好きな人はいるの?」
「パスで」
「あー、いるんだ!ねえどんな人?」
「いいだろ、別に」
「ふーん。まあ、これから時間はたっぷりあるからね」
話はそこで途切れた。
僕は女の子と話をすることが得意なほうではなく、いつもは無言になったときに息が詰まるように感じてしまう。だけど今日は、心美との会話は、初めてするものなのにひどくなつかしいような感覚がして、話をしなくても不思議と落ち着く空間だった。
僕は前に、彼女と会ったことがあるのだろうか?
河川敷から階段をのぼり、歩道を二人であるいていく。僕は“課題”について考えをめぐらせていて、心美が目の前まで顔を近づけていることに気付かなかった。
「わ!びっくりした、なんだい」
僕の肩に顔を乗せるくらいまで近づいていた心美に驚く。彼女の肌からは金木犀のような甘い香りがする。
「恭二郎は、わたしが“犀川の会”に入ることに反対?」
「え?」
「だから、わたし仲間に入れてもらってもいいの?」背が小さい心美は、上目遣いで僕を見る。耳元ではサファイアブルーの耳飾りが揺れていて、その表情はなんだか怒っているようだ。彼女はすぐに怒る。
「ああ・・・永井のやつ強引に誘ったけど、心美は嫌じゃなかった?」
「わたしは誘ってもらえてうれしかったよ。みんな良い人そうだし」
「そっか、ならいいと思う」
「思うって・・・なんか嫌々じゃない?」
「ぜひ入ってほしい」
「うむ、よろしい」
心美は両手を腰にあて、満足そうに笑う。
彼女はすぐに怒り、すぐに笑う。喜怒哀楽のはげしいジェットコースターのような彼女に、僕はこれから振り回されるようになるのだろうか。
「そうだ。質問ゲームしよっか?」
「質問?」
心美はなにか企むような目つきで僕を見る。コロコロと表情が変わる女の子だなあ、と僕は不思議に思う。
「そう、お互いの気になることとかを聞きあうの。どこで生まれたとか、小さい頃はどんな子だったかとか、好きな人はいるのか、とか」
「ふーん」
「恭二郎は、ここで生まれたの?」
「生まれは能登の病院だよ。父さんの実家がある」
「能登か、行ったことないや。どんなところ?」
「なんにもないところ」
「なんにも?」
「そう。チェーン店はコンビニエンスストアやファミリーレストランくらいしかないし、若者が遊ぶような施設はほとんどない。散歩しているとタヌキやキジに会うときもあるし、ときどき人より動物のほうが多いんじゃないかと思ってしまう」
「へえー」
「だけど僕はけっこう好きなんだ。こっちに比べると時間がゆっくりと流れている気がするし、父さんの実家は内海だから波の少ない海に向かって釣り糸を垂らしてぼーっとしていられる」僕は話し終わると、「つぎは心美の番だよ」と彼女を見た。
「んー、わたしはここ。犀川生まれの犀川育ち」
「どんな子だった?」
「さっきも言ったんだけど、身体が弱かったんだ。だから家で絵ばかり描いてた。ときどき犀川の河川敷で描いたり、ヒデさんの家で描いたりしていたけどね。お母さんが絵描きだったから、いろいろ教えてもらってた」
「それであの絵が生まれるわけだ」
「まだまだだけどね。だから―」
「だから?」
「ううん、あんまり話すと悪事がバレるから。つぎは恭二郎の番だよ」
なんだよ悪事って、と言うと、女の子にはいろいろと秘密があるの、と心美は返す。腑に落ちなかったが、また何かのときに話してくれるだろう、とあきらめる。
「僕は普通の子だったよ。成績は特別良くもなければ悪くもない。運動神経も人並みだったから、苛められることはなかったな」
「ほー。ほかには?」
「んー、僕の父さんは僕が小学生のときに死んでいるんだ。小学校の先生をしながら小説を書いてた」
「そうなんだね・・・。恭二郎は小説、書かないの?」
「書きたいのか、書かなきゃいけないのか」
「ん?」
「なんでもないよ」
「じゃあ最後に、好きな人はいるの?」
「パスで」
「あー、いるんだ!ねえどんな人?」
「いいだろ、別に」
「ふーん。まあ、これから時間はたっぷりあるからね」
話はそこで途切れた。
僕は女の子と話をすることが得意なほうではなく、いつもは無言になったときに息が詰まるように感じてしまう。だけど今日は、心美との会話は、初めてするものなのにひどくなつかしいような感覚がして、話をしなくても不思議と落ち着く空間だった。
僕は前に、彼女と会ったことがあるのだろうか?
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