犀川のクジラ

みん

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2章 夏

16話

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 金沢市内にはしばらくのあいだ長い雨が降り続いていた。
 もう夏が近づいているというのにテレビの中のお天気お姉さんは、まだ梅雨は続きそうです、と言うばかりだ。雨ばかり降ってじめじめとしているので、この季節が苦手だ、という人もいるが僕はあまり嫌いではない。しとしとと静かに鳴る雨音を聞いていると心がしんと落ちつくし、窓をあけると風がひんやりと涼しい。街中のところどころで咲いている紫陽花には、長く静かな雨がとても似合う。「水の街」にふりそそぐ雨はもうすぐ、季節の移り変わりを告げるだろう。

 心美はほとんど毎日十文字書店へやってきた。十文字と羽衣ちゃんは心美がくることを喜び、屋上に「アトリエ」をつくった。アトリエといっても屋根つきの小さな倉庫を改造しただけの簡易的なものではあるが、描いた絵をそのまま置いておくことができた。僕は心美の描いた絵を見に行きたいと思っていたが、描いている途中の作品は見られたくないと彼女に断られた。一度こっそり見に行ったら、筆やらバケツやら色々なものが飛んできて大変だった。
僕のアルバイトが終わると、僕と心美は一緒に帰った。書店から心美の家までは歩いて十分ほどで、その間に交わす心美との会話はとりとめもない話ばかりだった。
 春先に喧嘩をしたヤマグチとはシオリさんの仲介もあって仲直りをしたらしく、いつか挽回する機会があったらいつでも助けになると言ってくれているらしい。心美の回し蹴りを受けたあとのことはあまり覚えていないそうで、僕が殴ったことも記憶にないみたいだ。

 良いパンチだったのに残念だね、と心美は笑っていた。
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