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2章 夏
25話
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無数にとりつけられた提灯の灯りがぼうっと犀川の水面にうつり、浴衣を着た人たちが河川敷を歩いている。リンゴ飴やクレープの甘い香りが辺りを漂い、どこからか太鼓の音が聞こえる。それらすべてが、夏まつり独特のゆるやかな空気をつくりだしている。
花火大会当日、僕は永井、由紀と一緒に花火をみるため、夏まつりの様子を眺めながら、十文字書店へと向かっていた。永井とは試験勉強や十文字書店でのアルバイトで顔を合わせているものの、先日の濱田とのやり取りについて聞くことは出来ていなかった。
由紀が着ている白地の浴衣は涼しげで、緑の帯が良いアクセントになっている。浴衣には撫子の花が咲き、彼女の艶やかな髪は綺麗にかんざしで留められている。
永井と僕は、ホームセンターで売っているような安っぽい甚平を着ていた。
十文字書店に到着し、中に入ろうとすると、ピンクの浴衣に身をつつんだ羽衣ちゃんが、入口から飛び出してきた。
「まて、羽衣!」後を追って十文字も出てくるが、ついてこないで!と叫ぶ羽衣ちゃんの声を聞いて、ショックを受けたように立ち止まる。
羽衣ちゃんはそのまま走っていき、人ごみの中に姿を消した。
がっくりと肩を落とす十文字に、
「店長、追わなくても大丈夫ですか?」と僕は声をかける。
花火大会でいつもより人の数が多いので心配である。この周辺は羽衣ちゃんの庭のようなものなので、心配いらないのかもしれないが。
十文字は僕らに気づくと、恥ずかしそうに頭をかいた。
「羽衣とゆっくり話そうと思ったんだ。あいつがいま、何に悩んでいるのか」
「それがなんで、ついてこないで!になるんですか・・・」」
「いやあ。羽衣がなにも話してくれないものだから、つい気になる子がいるのか、とかそういう話を・・・」
「で、怒っちゃったと」
「ダメな父親ですね」
「お前らに言われなくても分かってるわい!」
十文字はクワッと目を見開いた。
僕らが心配していることも分かっているので、本気で怒っているわけではない。
「母親がいてくれれば、こんなことにはならないのかもな・・・」
まあ上がれよ、と十文字は言う。
十文字書店の屋上に上がると、屋台が立ち並ぶ河川敷と犀川を一望することができた。羽衣ちゃんのことは気になるが、すごいね、と言ってはしゃぐ由紀を見ていると、僕は心があたたかくなるのを感じた。あやまって人が落ちないように、屋上の端には頑丈な柵がとりつけられている。
しばらくのあいだ、僕らは柵にもたれかかってゆったりと流れる祭りの空気を味わいながらとりとめのない話をしていた。
「今日は、御手洗さんと心美も来るんですよね?」
「ああ、御手洗にはキッチンで料理を作ってもらっている。バーベキューだから簡単にだけどな。心美ちゃんなら・・・」と十文字が「アトリエ」のほうを見ると、
「あれ、みんなもう来てたの」と声が聞こえる。
屋根つきの小さな倉庫を改造した「アトリエ」からのそのそと出てきたのは、心美だった。白のワンピース一枚にビーチサンダルを履いていて、顔にも服にも絵の具をつけている。春先に河川敷で彼女が寝ころんでいたときの服装なので、これは彼女が創作をするときの戦闘服なのかもしれない。
「心美ちゃん、もしかして絵描いてたん?」見たいみたい、と由紀が駆け寄るものの、
「ダメです。未完成の作品は、いくら由紀さんでも見せられません」腕をクロスさせて大きく×印をつくると、心美はアトリエに鍵をかけた。ご丁寧に、心美のアトリエには鍵までついている。
「えー、残念やあ」と言う由紀に、それより由紀さんの浴衣きれい!と言って心美がはしゃいで飛びついている。彼女の目が眠たげなのは、ずっと作業に没頭していたからだろう。
その後、十文字がバーベキューの準備をするというので、僕と永井はコンロや炭、机の運びだしを手伝った。由紀と心美はキッチンにいる御手洗のところへ行き、屋上に料理を運んだ。御手洗が作っているのは簡単な料理だと十文字は言っていたが、ぐつぐつと煮えたアヒージョやチーズフォンデュなど、バーベキューの「格」が上がるような料理が机の上に並んだ。それらの料理を作った御手洗は涼しい顔をしてやってくると、さらに自ら焼肉奉行を買って出た。真っ赤に熱を帯びた炭の上に御手洗が網を引いて肉や野菜を置くと、ジュージューと音がして、良い匂いが屋上全体に広がった。御手洗から配られていく肉はどれも文句のない焼き加減で、僕らは舌鼓を打つ。
「御手洗さん、ほんと何でも出来るな」と永井は僕の横で呟き、僕はうなずいた。一家に一台ほしいとは、彼女のようなロボットのことを指すのかもしれない。
そんな風にしてしばらく屋上でバーベキューを楽しんでいると、辺りがだんだんと暗くなってきていた。犀川沿いを立ち並ぶ屋台の前には、先ほどよりずっと多くの人が集まっている。
「羽衣ちゃん、もどってきませんね」僕は御手洗が焼いてくれた牛肉を口に頬張りながら、十文字に言う。
この辺りをよく知っているとは言っても、少し気になった。彼女はまだ小学三年生なのだ、やはり心配である。腹が減ってくれば帰ってくるだろ、と十文字は強がっているがだんだんと不安な表情になってきている。
もともと娘を溺愛しているのだ、本当は探しに行きたくて仕方ないのだろう。
「恭二郎、さがしにいこっか」僕がどうしようかと悩んでいると、心美がそう言って僕の甚平の裾を引っ張る。
「だけど、心美はそんな恰好じゃないか」
薄い白のワンピースに絵の具が飛び散って隠れているものの、形の良い胸のふくらみにはどうしても目がいく。それに、足も出しすぎだ。
家の中ならいいけれど、これで外へ行くのは・・・
「あらら、恭二郎も男の子だねえ」
「心配して言っているんだよ」
僕はむっとして言い返すが、じっと女の子の身体を眺めていればそう言われるのも仕方がない気もした。
「お祭りだもん、だれも人の恰好なんか気にしないよ」もっと変な格好の人いっぱいいるじゃん、と彼女は笑う。
「まあ・・・いいか」
店長、ちょっと行ってきますね!と声をかけると、すまん、と返ってくる。やはり十文字も羽衣ちゃんのことが心配だったのだろう。
花火大会当日、僕は永井、由紀と一緒に花火をみるため、夏まつりの様子を眺めながら、十文字書店へと向かっていた。永井とは試験勉強や十文字書店でのアルバイトで顔を合わせているものの、先日の濱田とのやり取りについて聞くことは出来ていなかった。
由紀が着ている白地の浴衣は涼しげで、緑の帯が良いアクセントになっている。浴衣には撫子の花が咲き、彼女の艶やかな髪は綺麗にかんざしで留められている。
永井と僕は、ホームセンターで売っているような安っぽい甚平を着ていた。
十文字書店に到着し、中に入ろうとすると、ピンクの浴衣に身をつつんだ羽衣ちゃんが、入口から飛び出してきた。
「まて、羽衣!」後を追って十文字も出てくるが、ついてこないで!と叫ぶ羽衣ちゃんの声を聞いて、ショックを受けたように立ち止まる。
羽衣ちゃんはそのまま走っていき、人ごみの中に姿を消した。
がっくりと肩を落とす十文字に、
「店長、追わなくても大丈夫ですか?」と僕は声をかける。
花火大会でいつもより人の数が多いので心配である。この周辺は羽衣ちゃんの庭のようなものなので、心配いらないのかもしれないが。
十文字は僕らに気づくと、恥ずかしそうに頭をかいた。
「羽衣とゆっくり話そうと思ったんだ。あいつがいま、何に悩んでいるのか」
「それがなんで、ついてこないで!になるんですか・・・」」
「いやあ。羽衣がなにも話してくれないものだから、つい気になる子がいるのか、とかそういう話を・・・」
「で、怒っちゃったと」
「ダメな父親ですね」
「お前らに言われなくても分かってるわい!」
十文字はクワッと目を見開いた。
僕らが心配していることも分かっているので、本気で怒っているわけではない。
「母親がいてくれれば、こんなことにはならないのかもな・・・」
まあ上がれよ、と十文字は言う。
十文字書店の屋上に上がると、屋台が立ち並ぶ河川敷と犀川を一望することができた。羽衣ちゃんのことは気になるが、すごいね、と言ってはしゃぐ由紀を見ていると、僕は心があたたかくなるのを感じた。あやまって人が落ちないように、屋上の端には頑丈な柵がとりつけられている。
しばらくのあいだ、僕らは柵にもたれかかってゆったりと流れる祭りの空気を味わいながらとりとめのない話をしていた。
「今日は、御手洗さんと心美も来るんですよね?」
「ああ、御手洗にはキッチンで料理を作ってもらっている。バーベキューだから簡単にだけどな。心美ちゃんなら・・・」と十文字が「アトリエ」のほうを見ると、
「あれ、みんなもう来てたの」と声が聞こえる。
屋根つきの小さな倉庫を改造した「アトリエ」からのそのそと出てきたのは、心美だった。白のワンピース一枚にビーチサンダルを履いていて、顔にも服にも絵の具をつけている。春先に河川敷で彼女が寝ころんでいたときの服装なので、これは彼女が創作をするときの戦闘服なのかもしれない。
「心美ちゃん、もしかして絵描いてたん?」見たいみたい、と由紀が駆け寄るものの、
「ダメです。未完成の作品は、いくら由紀さんでも見せられません」腕をクロスさせて大きく×印をつくると、心美はアトリエに鍵をかけた。ご丁寧に、心美のアトリエには鍵までついている。
「えー、残念やあ」と言う由紀に、それより由紀さんの浴衣きれい!と言って心美がはしゃいで飛びついている。彼女の目が眠たげなのは、ずっと作業に没頭していたからだろう。
その後、十文字がバーベキューの準備をするというので、僕と永井はコンロや炭、机の運びだしを手伝った。由紀と心美はキッチンにいる御手洗のところへ行き、屋上に料理を運んだ。御手洗が作っているのは簡単な料理だと十文字は言っていたが、ぐつぐつと煮えたアヒージョやチーズフォンデュなど、バーベキューの「格」が上がるような料理が机の上に並んだ。それらの料理を作った御手洗は涼しい顔をしてやってくると、さらに自ら焼肉奉行を買って出た。真っ赤に熱を帯びた炭の上に御手洗が網を引いて肉や野菜を置くと、ジュージューと音がして、良い匂いが屋上全体に広がった。御手洗から配られていく肉はどれも文句のない焼き加減で、僕らは舌鼓を打つ。
「御手洗さん、ほんと何でも出来るな」と永井は僕の横で呟き、僕はうなずいた。一家に一台ほしいとは、彼女のようなロボットのことを指すのかもしれない。
そんな風にしてしばらく屋上でバーベキューを楽しんでいると、辺りがだんだんと暗くなってきていた。犀川沿いを立ち並ぶ屋台の前には、先ほどよりずっと多くの人が集まっている。
「羽衣ちゃん、もどってきませんね」僕は御手洗が焼いてくれた牛肉を口に頬張りながら、十文字に言う。
この辺りをよく知っているとは言っても、少し気になった。彼女はまだ小学三年生なのだ、やはり心配である。腹が減ってくれば帰ってくるだろ、と十文字は強がっているがだんだんと不安な表情になってきている。
もともと娘を溺愛しているのだ、本当は探しに行きたくて仕方ないのだろう。
「恭二郎、さがしにいこっか」僕がどうしようかと悩んでいると、心美がそう言って僕の甚平の裾を引っ張る。
「だけど、心美はそんな恰好じゃないか」
薄い白のワンピースに絵の具が飛び散って隠れているものの、形の良い胸のふくらみにはどうしても目がいく。それに、足も出しすぎだ。
家の中ならいいけれど、これで外へ行くのは・・・
「あらら、恭二郎も男の子だねえ」
「心配して言っているんだよ」
僕はむっとして言い返すが、じっと女の子の身体を眺めていればそう言われるのも仕方がない気もした。
「お祭りだもん、だれも人の恰好なんか気にしないよ」もっと変な格好の人いっぱいいるじゃん、と彼女は笑う。
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