27 / 56
2章 夏
26話
しおりを挟む
羽衣ちゃんが行きそうな場所が分からなかったので、ひとまず歩道から河川敷を見下ろして人ごみの中を探す。道路では警備員がピーッと笛を吹き、車を駐車場へと誘導している。市内では規模の大きい花火大会なので、街の外からも花火を見にたくさんの人がやってくるのだ。
「羽衣ちゃん、どこに行っちゃったんだろうな・・・」
僕はイギリスで出版された有名な絵本にでてくる縞々柄の男をさがす要領で、ピンクの浴衣を着た羽衣ちゃんをさがすが、なかなか見つからない。
「ねえ、なにか面白い話をしてよ」と心美は羽衣ちゃんの姿を探しながら言った。
ときどき、彼女は困ったことを言い出す時がある。根っからのお嬢様気質なのかもしれない。
「なんだよ急に。今は羽衣ちゃんを探さなきゃ、だろ。」
「探しながら話せばいいじゃん。夏祭りなんだし、楽しい気分にさせてよ」
心美は口をとがらせて言った。話といっても、僕が話すことのできる話なんて、失敗談ばかりだけどなあ。
「じゃあ・・・別に面白い話でもないんだけど。小学生の頃に、この花火大会で迷子になったことがあるんだ」
「へえ」
心美は自分から聞いたにもかかわらず興味がなさそうに、小さく呟く。両手にぐるりと輪っかをつくり、双眼鏡のようにして羽衣ちゃんを探している。
「迷子になっていた女の子がいて、ひどく心細そうだったから、一緒にその子の両親をさがして、結局二人で迷子になっちゃったんだ」
「ダメじゃん」
「まあまあ」
「何がまあまあなのよ」心美は手すりにもたれかかるようにして羽衣ちゃんを探す。下から風が吹きあがってきてワンピースが捲りあがりそうになると、心美は双眼鏡を崩して片手でワンピースを押さえる。無防備な彼女の服装は、目のやり場に困った。
「僕のせいだけじゃないよ。なんだか二人とも慌ててしまって、走って探していたら、その子が転んじゃって足を怪我したんだよね。下駄の鼻緒も切れちゃうし」
「それで?」
「それで、仕方がないからその子をおぶって人が少ないところに行って、休んでいたら僕の父さんが見つけてくれたんだ」
いや、僕が走って探しに行ったんだったかな。その辺りの記憶はすごく曖昧だ。
「ふーん。その子、可愛かった?」
「あまりよく覚えていないんだ。その子がピンク色の浴衣を着ていたことは、覚えているけれど」羽衣ちゃんの浴衣を探していて思い出したんだ、と僕はつづける。
「もったいない。その子は恭二郎を好きになったかもしれないのに」
「好きに?なんで?」
「なんでもよ」
ふむ。
これだから恭二郎はモテないのよ、と心美はこれ見よがしにため息をつく。
僕が少年時代の思い出話を語ると、しばらくお互い無言になった。羽衣ちゃんはどこに行ってしまったのか、見つかる気配がない。
「だけど恭二郎、由紀さんの浴衣姿に鼻の下をのばしてたね」
心美は羽衣ちゃんをさがしながら、ポツリとつぶやく。横目で彼女をみると、形の良い唇を曲げて、薄く笑っている。
「なんだよ急に。そんなことないよ」
「ううん、のばしてた」
そんなに顔に出ていたのか、と僕は顔が熱くなる。おもわず心美のほうを見ると、彼女も僕を見ていた。大きな瞳はビー玉みたいに透き通っていて、いつもこの瞳に、なにもかも見透かされているような気持ちになる。鼻筋はスッと透き通っていて、白い肌にはしみひとつない。心美の性格のせいで忘れていたが、彼女はおどろくほどに美しい顔をしているのだ。
「恭二郎は、由紀さんのことが好きなの?」
心美はまっすぐに僕を見る。僕の本心をさぐる時の目だ。普通こんなにまっすぐ質問をするやつがいるだろうか。
そうやって、僕のことをからかうつもりなのだろう。
「心美には関係ないよ」
目を合わせていると心の中を読まれそうで、心美から目を逸らす。人ごみが目に飛び込んでくるが、ピンクの浴衣を着た小学生などたくさんいて、羽衣ちゃんの姿を見つけることはできない。
僕は心の中の動揺が悟られないように、必死に羽衣ちゃんの姿を探した。
「もしもね」と心美は言う。
「もしもわたしが浴衣を着てここにいたら、恭二郎はわたしのこと、綺麗だって言ってくれるかな?」
飾り気のない恰好をした目の前の女の子は、僕にそんなことを言う。
いつもなら、どうだろう、と軽く流してしまうところなのに、今日はそのまま彼女の言葉が僕の中に流れてくる。彼女の気持ちが河川敷をいろどる提灯の灯りと一緒に、ぼんやりと浮かんでいるみたいだ。
なにか、言わなくちゃいけない。
だけど、なにを?
「羽衣ちゃん、どこに行っちゃったんだろうな・・・」
僕はイギリスで出版された有名な絵本にでてくる縞々柄の男をさがす要領で、ピンクの浴衣を着た羽衣ちゃんをさがすが、なかなか見つからない。
「ねえ、なにか面白い話をしてよ」と心美は羽衣ちゃんの姿を探しながら言った。
ときどき、彼女は困ったことを言い出す時がある。根っからのお嬢様気質なのかもしれない。
「なんだよ急に。今は羽衣ちゃんを探さなきゃ、だろ。」
「探しながら話せばいいじゃん。夏祭りなんだし、楽しい気分にさせてよ」
心美は口をとがらせて言った。話といっても、僕が話すことのできる話なんて、失敗談ばかりだけどなあ。
「じゃあ・・・別に面白い話でもないんだけど。小学生の頃に、この花火大会で迷子になったことがあるんだ」
「へえ」
心美は自分から聞いたにもかかわらず興味がなさそうに、小さく呟く。両手にぐるりと輪っかをつくり、双眼鏡のようにして羽衣ちゃんを探している。
「迷子になっていた女の子がいて、ひどく心細そうだったから、一緒にその子の両親をさがして、結局二人で迷子になっちゃったんだ」
「ダメじゃん」
「まあまあ」
「何がまあまあなのよ」心美は手すりにもたれかかるようにして羽衣ちゃんを探す。下から風が吹きあがってきてワンピースが捲りあがりそうになると、心美は双眼鏡を崩して片手でワンピースを押さえる。無防備な彼女の服装は、目のやり場に困った。
「僕のせいだけじゃないよ。なんだか二人とも慌ててしまって、走って探していたら、その子が転んじゃって足を怪我したんだよね。下駄の鼻緒も切れちゃうし」
「それで?」
「それで、仕方がないからその子をおぶって人が少ないところに行って、休んでいたら僕の父さんが見つけてくれたんだ」
いや、僕が走って探しに行ったんだったかな。その辺りの記憶はすごく曖昧だ。
「ふーん。その子、可愛かった?」
「あまりよく覚えていないんだ。その子がピンク色の浴衣を着ていたことは、覚えているけれど」羽衣ちゃんの浴衣を探していて思い出したんだ、と僕はつづける。
「もったいない。その子は恭二郎を好きになったかもしれないのに」
「好きに?なんで?」
「なんでもよ」
ふむ。
これだから恭二郎はモテないのよ、と心美はこれ見よがしにため息をつく。
僕が少年時代の思い出話を語ると、しばらくお互い無言になった。羽衣ちゃんはどこに行ってしまったのか、見つかる気配がない。
「だけど恭二郎、由紀さんの浴衣姿に鼻の下をのばしてたね」
心美は羽衣ちゃんをさがしながら、ポツリとつぶやく。横目で彼女をみると、形の良い唇を曲げて、薄く笑っている。
「なんだよ急に。そんなことないよ」
「ううん、のばしてた」
そんなに顔に出ていたのか、と僕は顔が熱くなる。おもわず心美のほうを見ると、彼女も僕を見ていた。大きな瞳はビー玉みたいに透き通っていて、いつもこの瞳に、なにもかも見透かされているような気持ちになる。鼻筋はスッと透き通っていて、白い肌にはしみひとつない。心美の性格のせいで忘れていたが、彼女はおどろくほどに美しい顔をしているのだ。
「恭二郎は、由紀さんのことが好きなの?」
心美はまっすぐに僕を見る。僕の本心をさぐる時の目だ。普通こんなにまっすぐ質問をするやつがいるだろうか。
そうやって、僕のことをからかうつもりなのだろう。
「心美には関係ないよ」
目を合わせていると心の中を読まれそうで、心美から目を逸らす。人ごみが目に飛び込んでくるが、ピンクの浴衣を着た小学生などたくさんいて、羽衣ちゃんの姿を見つけることはできない。
僕は心の中の動揺が悟られないように、必死に羽衣ちゃんの姿を探した。
「もしもね」と心美は言う。
「もしもわたしが浴衣を着てここにいたら、恭二郎はわたしのこと、綺麗だって言ってくれるかな?」
飾り気のない恰好をした目の前の女の子は、僕にそんなことを言う。
いつもなら、どうだろう、と軽く流してしまうところなのに、今日はそのまま彼女の言葉が僕の中に流れてくる。彼女の気持ちが河川敷をいろどる提灯の灯りと一緒に、ぼんやりと浮かんでいるみたいだ。
なにか、言わなくちゃいけない。
だけど、なにを?
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる