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4章 冬
44話
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年の暮れが近づいた頃、大きな寒波が僕らの街を襲った。だけど、テレビで天気予報士が何度も注意を呼びかけていたことが良かったのか、深刻な被害にはならなかった。町中には除雪車が行き交い、道路の消雪パイプは雪をしっかりと溶かして、町の安全を守っていた。
そんな雪の日に、僕と心美は高速道路を走っていた。運転しているのは僕で、助手席に心美がいる。
「そうか。気をつけて行ってこいよ」
三日前、僕は十文字にアルバイトをしばらく休みたいと伝えた。
十文字は多くを聞かず、ただ僕たちの旅が無事に終わるようにと、静かに微笑んだ。心美の過去を知る彼は、いずれこんな日が訪れることを分かっていたのかもしれない。
金沢の山側から高速道路に乗った僕たちは、まっすぐに富山を超えて、もうすぐ新潟へ入るというところだった。左側には海が見えるはずなのだが、雪で視界が隠されて景色を楽しめるような状態ではない。降りつづく雪をワイパーで拭き取ろうとするが、一部分が凍っているのか、フロントガラスに水でつくられた線のようなものが走る。
心美は静かに助手席に座っていた。
つい先日僕の家で楽しそうに笑っていた心美とは別人みたいだった。いや、もちろんその時の心美とは別人のようだけど、人には様々な一面があるように、彼女にもいろいろな顔がある。春に彼女と出会ってからずっと、感じていたことだ。それはただ一生懸命に人生を歩いてきた人だからこそ、見せる顔なのかもしれない。
心美は今、リングに上がる前のファイターみたいに静かに集中している。
ファイター。
そうだ、彼女はいつもなにかと闘っていた。初めて会った橋の下でも、春の居酒屋でも、夏祭りの犀川でも。相手とか状況はいつも違っていたけれど、彼女は小さな身体と心をめいっぱいにすり減らして、目の前の闘うべき相手に向かっていく。そして僕は、自分自身を傷つけながらどんどんと進んでいく彼女のことが、心配でたまらなかった。この先に一人で進めば、彼女はどこかにいなくなってしまうのではないだろうか。どうしてこんな風に感じるようになったのか分からないけれど、僕にはそのことが、たまらなく怖かった。
だから、僕は彼女のお願いを受け入れたのだろう。
誕生日会の後、僕は心美を家まで送っていった。彼女のお願いは「一緒に新潟に行ってほしい」というものだった。
心美の叔母さんがいるね、と問うと、叔母に用があるの、と彼女は答えた。
叔母のことを考えることが心から嫌なのか、彼女は叔母の話をするときとても冷たい表情をする。ふつうの女の子は自分の叔母に会いに行くからといって、そんな表情はしないだろう。
犀川の夏祭りで会った心美の叔母の顔を思い浮かべてみる。艶やかな美しい声とは対照的に、青白く作り物めいた顔は、どこか不気味な印象があった。
そして、叔母と向き合っているときの心美の冷えきった左手。
心美がなにかを隠していることを、僕はずっと感じていた。
心美がそれを知られたくないと思っていることも。
吹雪は勢いを増して、フロントガラスに突き刺さるようだった。僕はハンドルを握る手に力をこめて、目の前に広がる白銀の世界をまっすぐに見る。ヤマグチから借りたという高級車が、「新潟県に、はいりました」とアナウンスをする。
そんな雪の日に、僕と心美は高速道路を走っていた。運転しているのは僕で、助手席に心美がいる。
「そうか。気をつけて行ってこいよ」
三日前、僕は十文字にアルバイトをしばらく休みたいと伝えた。
十文字は多くを聞かず、ただ僕たちの旅が無事に終わるようにと、静かに微笑んだ。心美の過去を知る彼は、いずれこんな日が訪れることを分かっていたのかもしれない。
金沢の山側から高速道路に乗った僕たちは、まっすぐに富山を超えて、もうすぐ新潟へ入るというところだった。左側には海が見えるはずなのだが、雪で視界が隠されて景色を楽しめるような状態ではない。降りつづく雪をワイパーで拭き取ろうとするが、一部分が凍っているのか、フロントガラスに水でつくられた線のようなものが走る。
心美は静かに助手席に座っていた。
つい先日僕の家で楽しそうに笑っていた心美とは別人みたいだった。いや、もちろんその時の心美とは別人のようだけど、人には様々な一面があるように、彼女にもいろいろな顔がある。春に彼女と出会ってからずっと、感じていたことだ。それはただ一生懸命に人生を歩いてきた人だからこそ、見せる顔なのかもしれない。
心美は今、リングに上がる前のファイターみたいに静かに集中している。
ファイター。
そうだ、彼女はいつもなにかと闘っていた。初めて会った橋の下でも、春の居酒屋でも、夏祭りの犀川でも。相手とか状況はいつも違っていたけれど、彼女は小さな身体と心をめいっぱいにすり減らして、目の前の闘うべき相手に向かっていく。そして僕は、自分自身を傷つけながらどんどんと進んでいく彼女のことが、心配でたまらなかった。この先に一人で進めば、彼女はどこかにいなくなってしまうのではないだろうか。どうしてこんな風に感じるようになったのか分からないけれど、僕にはそのことが、たまらなく怖かった。
だから、僕は彼女のお願いを受け入れたのだろう。
誕生日会の後、僕は心美を家まで送っていった。彼女のお願いは「一緒に新潟に行ってほしい」というものだった。
心美の叔母さんがいるね、と問うと、叔母に用があるの、と彼女は答えた。
叔母のことを考えることが心から嫌なのか、彼女は叔母の話をするときとても冷たい表情をする。ふつうの女の子は自分の叔母に会いに行くからといって、そんな表情はしないだろう。
犀川の夏祭りで会った心美の叔母の顔を思い浮かべてみる。艶やかな美しい声とは対照的に、青白く作り物めいた顔は、どこか不気味な印象があった。
そして、叔母と向き合っているときの心美の冷えきった左手。
心美がなにかを隠していることを、僕はずっと感じていた。
心美がそれを知られたくないと思っていることも。
吹雪は勢いを増して、フロントガラスに突き刺さるようだった。僕はハンドルを握る手に力をこめて、目の前に広がる白銀の世界をまっすぐに見る。ヤマグチから借りたという高級車が、「新潟県に、はいりました」とアナウンスをする。
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