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4章 冬
43話
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その一週間後、こんどは心美が僕の家にやってきた。
クリスマスのプレゼント用ラッピング作業に辟易としながらも、なんとかその日のアルバイトを乗りこえて、帰宅すると「おかえり」と耳馴染みのある声が、その声が聞こえるはずのない僕の家のリビングから聞こえてきた。
「なんで?」
僕は間の抜けた声をだしていたと思う。
まるで自分の家のように堂々とやってきた心美は、まあまあと言って僕の背中に回り込み、リビングへ強引に押していった。
どうして心美が?というか母さんは?
クリスマス商戦の疲れもあるのか、頭がうまく回らない。そのまま連れていかれ、リビングに到着すると、パーンと目の前でカラフルなものが弾けた。
「ハッピーバースデー!」
パーン、パーン、といくつも音を立て、僕の目の前にカラフルなものが飛び出してくる。ニコニコと笑い合う心美と母を見ながら、僕は今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたことに気づいた。
「偶然会っちゃってねえー、まあ綺麗なお穣さんだわ、だけどどっかで見たことあるのよねー、て考えていたら、あんたに見せてもらった能登旅行の写真を思い出したのよ」
母は上機嫌で僕と心美の前に座って、チキンを口に運ぶ。テーブルの上にはいくつもの骨付きチキン、エビと牡蠣のアヒージョ、バケット、グラタンなどクリスマスらしい料理が並べられていた。僕の誕生日はクリスマスに近いので、クリスマスと一緒みたいに祝うのが通例だった。
「来てくれたら楽しいかとおもってね」
母は二カッと笑う。横にいる心美は、お邪魔しちゃってすみません、と言いながらアヒージョにバケットを漬け、バクバクと口にほおばっている。
「まあ・・・いいけど」
「まあいい?せっかく来たんだから、もっと嬉しそうな顔しなさいよ!」
「おい、やめろよ!」
心美が僕の頬をつかんで横に広げてくるので、あわてて逃げる。母はそんな僕らの様子を見ながら、楽しそうに笑っていた。
父がいなくなってから、誕生日パーティはそれほど楽しいものではなくなっていた。母は毎年クラッカーを買ってきて、誕生日の歌を笑顔で歌う。それでもどこかさみしい空気が漂っていて、父のことを思い出さずにはいられなかった。
きっと、母は誰かにいてほしかったのだろう。僕はそう思った。
「そういえば、クジラは見つかったの?」
母は立ち上がり、興味があるのかないのか僕らにそう問いかけ、キッチンへと向かった。母には漁協の魚住と連絡をとってもらう際に、「犀川の会」でクジラについて調べていることを伝えてある。
「ぜーんぜんですよ、声だけはちゃんと聞こえるんだけどなあ」
「やっぱり空耳なんじゃないの?」
「それ言っちゃう?だったら羽衣が聞こえていた声はなんだったのさ」
「それは・・・」
身体の内側に溜まった悪いものが及ぼす影響。ストレス。不思議な現象。魚住から聞いた言葉が僕の頭に浮かびあがるが、なにひとつ確証はない。
心美にはクジラの声のようなものが、この犀川のどこかから聞こえている。僕たちはその前提のもとで、春からずっと活動してきた。
「お父さんも、死ぬ前はクジラクジラうるさくて、ちょっとは私達家族のことも心配しろよって感じだったねー」
「犀川のクジラって、物語になりそうな感じだもんね」
さすがは小説家ですね、と心美はキッチンにいる母にむけて笑う。母はこまったように笑ったが、嬉しそうだった。母は物語をつくっているときの父のことが、とても好きだったのだろう。
キッチンからもどってきた母は、両手でお盆を支えていた。お盆の上にはホールのケーキが乗っている。
「こんなに大きなやつ買ったの?」
父がいなくなってから、いつもカットされたケーキを買ってくるだけだったので、しっかりと円の形をしたケーキを見るのは久しぶりな気がした。たっぷり塗られた生クリームと真っ赤な苺は、ケーキの模範生みたいに威厳をたずさえていた。
「心美ちゃんがね、ぜひ一緒にって。なんとお二人さん、誕生日が一緒なのよ」
「え?」
母はケーキを切り分けながら言った言葉に、僕はおどろいた。そういえば僕たちは、お互いが生まれた日を知らなかった。
「お父さんとお母さんがいたころからの習慣でね。わたし、誕生日は駅前のケーキ屋さんで買ってるの。いつも食べきれなくなっちゃうから、今年はたすかったよ」
駅前でばったり会った母と心美が立ち話をしている光景が目に浮かぶ。そういう流れで、心美は僕の家にやってきたのか。同時に、両親がいなくなってもホールケーキを買いつづける彼女は、どんな思いでこの日を過ごしてきたのだろうかと考える。それはただ静かに、悲しくなるだけの儀式のようにも僕には思えた。
「びっくりしたなー、奇跡だよね」
“偶然”て重なるものなんだね、と心美は笑う。
僕と心美が同じ誕生日だという偶然。その二人の誕生日に、同じケーキ屋で誕生日ケーキを買っているという偶然。二人が友達だという偶然。何万、何億通りもある偶然というものは、ときどきこうやって、小さな奇跡を生むことがある。
「大げさじゃない?」
「またクールぶっちゃってさ。これを奇跡と呼ばないで、なにを奇跡と呼ぶのよ」
「ごめんね心美ちゃん。うちの息子はちょっと素直じゃないとこがあるから」
母はケーキを皿に取り分け、僕や心美の前に置いた。切り分けた後もケーキはまだ半分ほど残っている。その光景を僕は、とても懐かしい気持ちで見ていた。
「そうなんですよね。ほんとは嬉しいくせにさ」
心美は頬をふくらませ、僕をにらみつける。僕は聞こえないふりをして、ケーキを口に運んだ。柔らかな食感と甘い味が口の中に広がり、ケーキというのはどうしても人を幸せにする食べ物なんだな、と思う。
ほとんどは僕に対しての悪口みたいな感じだったけど、その後もわいわいと話しながら冬の夜は過ぎていった。だんだんと心美が一緒にいることに違和感がなくなってきて、僕らはずっと誕生日を祝ってきた家族みたいに、幸福な夜を過ごした。
「恭二郎、あとで私のお願いを聞いてくれる?」
誕生日にお願いをするなんて卑怯だ、とは思わなかった。
きっとこの時の僕は、彼女がどんなお願いをしてきたとしても、叶えてあげたい、と思ってしまっていたのだから。
クリスマスのプレゼント用ラッピング作業に辟易としながらも、なんとかその日のアルバイトを乗りこえて、帰宅すると「おかえり」と耳馴染みのある声が、その声が聞こえるはずのない僕の家のリビングから聞こえてきた。
「なんで?」
僕は間の抜けた声をだしていたと思う。
まるで自分の家のように堂々とやってきた心美は、まあまあと言って僕の背中に回り込み、リビングへ強引に押していった。
どうして心美が?というか母さんは?
クリスマス商戦の疲れもあるのか、頭がうまく回らない。そのまま連れていかれ、リビングに到着すると、パーンと目の前でカラフルなものが弾けた。
「ハッピーバースデー!」
パーン、パーン、といくつも音を立て、僕の目の前にカラフルなものが飛び出してくる。ニコニコと笑い合う心美と母を見ながら、僕は今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたことに気づいた。
「偶然会っちゃってねえー、まあ綺麗なお穣さんだわ、だけどどっかで見たことあるのよねー、て考えていたら、あんたに見せてもらった能登旅行の写真を思い出したのよ」
母は上機嫌で僕と心美の前に座って、チキンを口に運ぶ。テーブルの上にはいくつもの骨付きチキン、エビと牡蠣のアヒージョ、バケット、グラタンなどクリスマスらしい料理が並べられていた。僕の誕生日はクリスマスに近いので、クリスマスと一緒みたいに祝うのが通例だった。
「来てくれたら楽しいかとおもってね」
母は二カッと笑う。横にいる心美は、お邪魔しちゃってすみません、と言いながらアヒージョにバケットを漬け、バクバクと口にほおばっている。
「まあ・・・いいけど」
「まあいい?せっかく来たんだから、もっと嬉しそうな顔しなさいよ!」
「おい、やめろよ!」
心美が僕の頬をつかんで横に広げてくるので、あわてて逃げる。母はそんな僕らの様子を見ながら、楽しそうに笑っていた。
父がいなくなってから、誕生日パーティはそれほど楽しいものではなくなっていた。母は毎年クラッカーを買ってきて、誕生日の歌を笑顔で歌う。それでもどこかさみしい空気が漂っていて、父のことを思い出さずにはいられなかった。
きっと、母は誰かにいてほしかったのだろう。僕はそう思った。
「そういえば、クジラは見つかったの?」
母は立ち上がり、興味があるのかないのか僕らにそう問いかけ、キッチンへと向かった。母には漁協の魚住と連絡をとってもらう際に、「犀川の会」でクジラについて調べていることを伝えてある。
「ぜーんぜんですよ、声だけはちゃんと聞こえるんだけどなあ」
「やっぱり空耳なんじゃないの?」
「それ言っちゃう?だったら羽衣が聞こえていた声はなんだったのさ」
「それは・・・」
身体の内側に溜まった悪いものが及ぼす影響。ストレス。不思議な現象。魚住から聞いた言葉が僕の頭に浮かびあがるが、なにひとつ確証はない。
心美にはクジラの声のようなものが、この犀川のどこかから聞こえている。僕たちはその前提のもとで、春からずっと活動してきた。
「お父さんも、死ぬ前はクジラクジラうるさくて、ちょっとは私達家族のことも心配しろよって感じだったねー」
「犀川のクジラって、物語になりそうな感じだもんね」
さすがは小説家ですね、と心美はキッチンにいる母にむけて笑う。母はこまったように笑ったが、嬉しそうだった。母は物語をつくっているときの父のことが、とても好きだったのだろう。
キッチンからもどってきた母は、両手でお盆を支えていた。お盆の上にはホールのケーキが乗っている。
「こんなに大きなやつ買ったの?」
父がいなくなってから、いつもカットされたケーキを買ってくるだけだったので、しっかりと円の形をしたケーキを見るのは久しぶりな気がした。たっぷり塗られた生クリームと真っ赤な苺は、ケーキの模範生みたいに威厳をたずさえていた。
「心美ちゃんがね、ぜひ一緒にって。なんとお二人さん、誕生日が一緒なのよ」
「え?」
母はケーキを切り分けながら言った言葉に、僕はおどろいた。そういえば僕たちは、お互いが生まれた日を知らなかった。
「お父さんとお母さんがいたころからの習慣でね。わたし、誕生日は駅前のケーキ屋さんで買ってるの。いつも食べきれなくなっちゃうから、今年はたすかったよ」
駅前でばったり会った母と心美が立ち話をしている光景が目に浮かぶ。そういう流れで、心美は僕の家にやってきたのか。同時に、両親がいなくなってもホールケーキを買いつづける彼女は、どんな思いでこの日を過ごしてきたのだろうかと考える。それはただ静かに、悲しくなるだけの儀式のようにも僕には思えた。
「びっくりしたなー、奇跡だよね」
“偶然”て重なるものなんだね、と心美は笑う。
僕と心美が同じ誕生日だという偶然。その二人の誕生日に、同じケーキ屋で誕生日ケーキを買っているという偶然。二人が友達だという偶然。何万、何億通りもある偶然というものは、ときどきこうやって、小さな奇跡を生むことがある。
「大げさじゃない?」
「またクールぶっちゃってさ。これを奇跡と呼ばないで、なにを奇跡と呼ぶのよ」
「ごめんね心美ちゃん。うちの息子はちょっと素直じゃないとこがあるから」
母はケーキを皿に取り分け、僕や心美の前に置いた。切り分けた後もケーキはまだ半分ほど残っている。その光景を僕は、とても懐かしい気持ちで見ていた。
「そうなんですよね。ほんとは嬉しいくせにさ」
心美は頬をふくらませ、僕をにらみつける。僕は聞こえないふりをして、ケーキを口に運んだ。柔らかな食感と甘い味が口の中に広がり、ケーキというのはどうしても人を幸せにする食べ物なんだな、と思う。
ほとんどは僕に対しての悪口みたいな感じだったけど、その後もわいわいと話しながら冬の夜は過ぎていった。だんだんと心美が一緒にいることに違和感がなくなってきて、僕らはずっと誕生日を祝ってきた家族みたいに、幸福な夜を過ごした。
「恭二郎、あとで私のお願いを聞いてくれる?」
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