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エピローグ
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結婚式が終わり、家に帰ると、郵便が届いていた。
洋風な作りをした封筒は、フランスから届いたものだ。
差出人は、花川心美。
僕は居間の机の上に置いてあったハサミでゆっくりと封を開け、中に入っているいくつかの便箋を取り出す。
パリからとどいた、手紙だった。
心美の字は一字一字とても丁寧に書き綴られていて、手紙から彼女の体温まで伝わってくるようだった。
僕は手紙を持ったまま家を出て、河川敷を歩いた。
春の風はやわらかく、僕の顔をなでるように通り過ぎていく。
犀川が良くみえる芝生の上に腰を下ろし、手紙を読んだ。
Dear 恭二郎
恭二郎、元気にしてる?
ヒデさんの結婚式は、この手紙が届くころにはもう終わっている頃かもしれないね。
参加できないのはほんとうに!残念だけど、二人の幸せを心から祈っています。
パリの夜は、窓を開けると涼しくて、心地良い風が吹いています。
だけどわたしは毎日何時間も絵を描きつづけていて、まったくノイローゼになりそうです。パリで一番大きなコンクールが近いので、それが終われば、やっとひと段落という感じなんだけど・・・。
それに、こっちのご飯は美味しいけど、そろそろ日本食が恋しいです、帰ったら美味しいお寿司を嫌になるくらいまでお腹に入れたいです。
まあ、わたしのパリでの生活はそれくらいにして、この間、恭二郎の小説が届いたの。
ほんとはもっと早く手紙を送りたかったんだけど、わたし、本を読むのがカメのように遅いので、時間がかかっちゃった。
でも、隅々まで、小説の1ページ1ページに穴が開くくらい、きちんと読んだよ。
まず真っ先に言いたいのは、ほんとうに、すごく素敵なお話だったということです。
お世辞じゃなくて、すごく素敵!
恭二郎の小説を読んでいる間、世界から要らない音が消えて、私の耳には透き通った美しい音だけが聞こえたの。
パリにいるのに、あなたのいる犀川で、クジラの歌を聴いているみたいだった。
すごく静かなのに、とても安心したわ。
いつの間にか呼吸がゆっくりになって、なんだろう、最近流行りの「整う」ってこんな感じなのかなって思っちゃった。
そんな、人の心に寄り添う優しいお話だと思いました。
読んでいると、物語のイメージがどんどん湧いてきて、イメージが頭の中から溢れだしてくるの。こぼれてしまうのは勿体ないから、描いたよ。
毎日コンクール用の絵を描いていて、もう絵を描くことなんて嫌になってきていたけれど、恭二郎の小説を絵にするのは、ぜんぜん苦しくなかった。
楽しくて、止まらなかった。
描いて、描いて、描いて、描いて、描いて、描いて・・・そしたら、早く恭二郎に、みんなに会いたいなあって・・・おもった。
もう一度言うけれど、恭二郎の作るお話は、優しくて、つよくて、なんども読み返したくなります。
誰かのそばに、寄り添ってくれるお話だと思います。
はじめて恭二郎に会った日を思い出しました。
あの花火大会の日の思い出は、わたしをこんなに遠いところまで運んでくれました。
優しくて、温かい思い出です。
どこに行けばいいのか分からなくて、途方にくれて、泣き出しそうになってた時、あなたがわたしの前に現れたの。
自分も怖いのに、わたしが怖がるといけないからって、手を繋いでくれたね。
すごく温かくて、本当に嬉しかった。
金沢の橋の下で、恭二郎に会ったとき、ほんとうは、すぐにあなただって分かった。
すごく嬉しかったけど、あなたはわたしのことなんてまるで覚えてないって感じだったから、そっけなくしてたの、ごめんね。
だけどあなたは、やっぱり優しかった。
わたしが先輩とケンカした時も、ナンパされた時も、お母さんの絵を取り戻しにいった時も、ずっとそばにいてくれた。
恭二郎、ありがとね。
店長も、羽衣も、御手洗さんも元気かな。
永井さんや由紀さんにも会いたいなあ。
こんな異国の土地だけど、みんなのことを考えると、胸の中がポカポカしてきます。
ずっとお母さんのために、叔母さんから絵を取り戻すために生きてきたけど、ようやく自分のために生きることが出来てるって実感する。
お母さんのコピーじゃないわたしの絵、ちゃんと恭二郎に見てほしいんだ。
花川心美の絵を、わたしだけの絵をちゃんと見てほしい。
もうすぐ日本に帰るよ。
もうすぐ恭二郎に、会いにいく。
PS 恭二郎のお話からイメージして描いた絵を、一枚だけ、入れておきました。
犀川のクジラに、また会いたいね。
From 心美
心美の手紙を丁寧に畳み、彼女の描いた絵を眺める。
雄大なクジラの姿が、そこには描かれていた。
あの冬の旅の最後に見た、犀川のクジラだ。
橋の上を飛び、まるで鳥のように空を泳ぐ。
以前までの心美の絵とも違う、花川静香の絵とも違う、彼女の新しい描き方で力強く描かれている。
私はここにいる。
クジラは、そう言っているように見えた。
小説が本になるときは、この絵を装丁に使ってもらおう。
僕はそう決めた。
もうすぐ心美が帰ってくる。
彼女のことを思うと、胸が弾んだ。
まるで翼が生えたみたいに、どこへでも飛んでいけそうな気分になる。
僕は、彼女に伝えなきゃいけないことがある。
それを伝えたら、彼女はどんな反応をするかな。
心地の良い風が僕の頬に触れ、僕は手紙から顔を上げる。
犀川は今日も深く、蒼く、堂々と流れている。
クジラの声が、どこかで聞こえた気がした。
洋風な作りをした封筒は、フランスから届いたものだ。
差出人は、花川心美。
僕は居間の机の上に置いてあったハサミでゆっくりと封を開け、中に入っているいくつかの便箋を取り出す。
パリからとどいた、手紙だった。
心美の字は一字一字とても丁寧に書き綴られていて、手紙から彼女の体温まで伝わってくるようだった。
僕は手紙を持ったまま家を出て、河川敷を歩いた。
春の風はやわらかく、僕の顔をなでるように通り過ぎていく。
犀川が良くみえる芝生の上に腰を下ろし、手紙を読んだ。
Dear 恭二郎
恭二郎、元気にしてる?
ヒデさんの結婚式は、この手紙が届くころにはもう終わっている頃かもしれないね。
参加できないのはほんとうに!残念だけど、二人の幸せを心から祈っています。
パリの夜は、窓を開けると涼しくて、心地良い風が吹いています。
だけどわたしは毎日何時間も絵を描きつづけていて、まったくノイローゼになりそうです。パリで一番大きなコンクールが近いので、それが終われば、やっとひと段落という感じなんだけど・・・。
それに、こっちのご飯は美味しいけど、そろそろ日本食が恋しいです、帰ったら美味しいお寿司を嫌になるくらいまでお腹に入れたいです。
まあ、わたしのパリでの生活はそれくらいにして、この間、恭二郎の小説が届いたの。
ほんとはもっと早く手紙を送りたかったんだけど、わたし、本を読むのがカメのように遅いので、時間がかかっちゃった。
でも、隅々まで、小説の1ページ1ページに穴が開くくらい、きちんと読んだよ。
まず真っ先に言いたいのは、ほんとうに、すごく素敵なお話だったということです。
お世辞じゃなくて、すごく素敵!
恭二郎の小説を読んでいる間、世界から要らない音が消えて、私の耳には透き通った美しい音だけが聞こえたの。
パリにいるのに、あなたのいる犀川で、クジラの歌を聴いているみたいだった。
すごく静かなのに、とても安心したわ。
いつの間にか呼吸がゆっくりになって、なんだろう、最近流行りの「整う」ってこんな感じなのかなって思っちゃった。
そんな、人の心に寄り添う優しいお話だと思いました。
読んでいると、物語のイメージがどんどん湧いてきて、イメージが頭の中から溢れだしてくるの。こぼれてしまうのは勿体ないから、描いたよ。
毎日コンクール用の絵を描いていて、もう絵を描くことなんて嫌になってきていたけれど、恭二郎の小説を絵にするのは、ぜんぜん苦しくなかった。
楽しくて、止まらなかった。
描いて、描いて、描いて、描いて、描いて、描いて・・・そしたら、早く恭二郎に、みんなに会いたいなあって・・・おもった。
もう一度言うけれど、恭二郎の作るお話は、優しくて、つよくて、なんども読み返したくなります。
誰かのそばに、寄り添ってくれるお話だと思います。
はじめて恭二郎に会った日を思い出しました。
あの花火大会の日の思い出は、わたしをこんなに遠いところまで運んでくれました。
優しくて、温かい思い出です。
どこに行けばいいのか分からなくて、途方にくれて、泣き出しそうになってた時、あなたがわたしの前に現れたの。
自分も怖いのに、わたしが怖がるといけないからって、手を繋いでくれたね。
すごく温かくて、本当に嬉しかった。
金沢の橋の下で、恭二郎に会ったとき、ほんとうは、すぐにあなただって分かった。
すごく嬉しかったけど、あなたはわたしのことなんてまるで覚えてないって感じだったから、そっけなくしてたの、ごめんね。
だけどあなたは、やっぱり優しかった。
わたしが先輩とケンカした時も、ナンパされた時も、お母さんの絵を取り戻しにいった時も、ずっとそばにいてくれた。
恭二郎、ありがとね。
店長も、羽衣も、御手洗さんも元気かな。
永井さんや由紀さんにも会いたいなあ。
こんな異国の土地だけど、みんなのことを考えると、胸の中がポカポカしてきます。
ずっとお母さんのために、叔母さんから絵を取り戻すために生きてきたけど、ようやく自分のために生きることが出来てるって実感する。
お母さんのコピーじゃないわたしの絵、ちゃんと恭二郎に見てほしいんだ。
花川心美の絵を、わたしだけの絵をちゃんと見てほしい。
もうすぐ日本に帰るよ。
もうすぐ恭二郎に、会いにいく。
PS 恭二郎のお話からイメージして描いた絵を、一枚だけ、入れておきました。
犀川のクジラに、また会いたいね。
From 心美
心美の手紙を丁寧に畳み、彼女の描いた絵を眺める。
雄大なクジラの姿が、そこには描かれていた。
あの冬の旅の最後に見た、犀川のクジラだ。
橋の上を飛び、まるで鳥のように空を泳ぐ。
以前までの心美の絵とも違う、花川静香の絵とも違う、彼女の新しい描き方で力強く描かれている。
私はここにいる。
クジラは、そう言っているように見えた。
小説が本になるときは、この絵を装丁に使ってもらおう。
僕はそう決めた。
もうすぐ心美が帰ってくる。
彼女のことを思うと、胸が弾んだ。
まるで翼が生えたみたいに、どこへでも飛んでいけそうな気分になる。
僕は、彼女に伝えなきゃいけないことがある。
それを伝えたら、彼女はどんな反応をするかな。
心地の良い風が僕の頬に触れ、僕は手紙から顔を上げる。
犀川は今日も深く、蒼く、堂々と流れている。
クジラの声が、どこかで聞こえた気がした。
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