生まれ変わり令嬢は四度、恋をする

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
42 / 44
4章 さよならと新しいはじまり

番外編 ディクリーヌの恋−5

しおりを挟む
 
 お天気も良く空は晴れ渡り、たくさんの人で賑わう町の中。その中を、私はメルヴィンに手を引かれ歩いていた。

「……」
「……」

 相変わらず会話らしい会話はない。メルヴィンも元々おしゃべりな質ではなさそうだし、自分も人のことは言えない。とは言え、こんなにぎやかな町の中で終始無言というのも気詰まりには違いない。
 その時ふと視界の中に見たことのないものが飛び込んできて、目を吸い寄せられた。

「なんですか? あれ……」

 領地からほとんど出ることのなかった私には、町にあるものすべてが物珍しい。けれど目の前にそびえ立つこれは、中でもひときわ目を引いた。

「時計塔ですよ。中が階段になっていて、上まで登れるようになっているんです。……さぁ」

 メルヴィンにうながされるままその町の中でもひときわ目立つ建物の中へと入っていき、驚きと好奇心に目を輝かせながら階段を登っていく。 
 そして一番上まで登りきったところで、びゅうっ、と強い風が頬をなでた。

「……ほら。ここから町全体が見渡せるんですよ」

 そこは、大きな時計盤のちょうど裏の空間をくり抜いて作った展望台になっていた。町が一望できるその空間に思わず言葉を失い、ただ見惚れる。真下には人が小さく見えて、一歩足を滑らせてしまえば真っ逆さまだ。風が強く吹き込んできてそれが少し怖くもある。
 けれど、その眺めは信じられないほどに美しかった。

「すごい……!! きれい!」

 感嘆の声がもれる。何もかもがちっぽけに感じられるくらい、高い場所から見下ろす景色は爽快だった。
「あの向こうに丘が見えるでしょう。あの先には湖があるんです。夏には魚釣りやボート遊びもできますよ」
「まぁ……! じゃあ、あれは?」
「あれは牧場です。あそこで作られた新鮮なバターやミルクで作ったお菓子が、毎朝町へと運ばれるんです。……店へ行ってみましょうか?」
「ええ! ぜひ……!!」

 見たことのない景色に物珍しい町のあれこれ。気がつけばすっかり昨日の恐ろしい出来事なんて忘れ、はじめての町歩きをメルヴィンとともに堪能していた。


 そしてあっという間に日は暮れ、少しずつ美しいクラデーションを描き始めた空をふたりで噴水のそばのベンチに座り眺めていた時。メルヴィンが小さく笑った。

「どうかした……?」

 どうやらこの町歩きで私とメルヴィンの間に横たわっていた気まずさやよそよそしい距離感はどこかへ行ってしまったようで、ほんの少し気安い言葉でそう問いかければ。

「あなたはそうしているのがいい。自由に飾らずに笑っているのはいい」
「……!? わ……私は別に飾っているつもりは……!」
「ふふっ。別に見た目のことじゃありませんよ。中身のことです。……あなたは素のままで充分美しいし気高くて、とても真面目で何事にも真摯で……。だからそのままでいいんですよ。肩肘張って強がらなくても」

 急に何を言い出すのかと驚き困惑し、そして顔を赤くする。夕日のせいと誤魔化したいのは山々だけれど、到底誤魔化しきれないほどにきっと赤く染まっているに違いない。

「私は、う……美しくも気高くもありません! それに強がってなんか……!!」

 いや、それは嘘だ。私はいつだって強がっている。何が起きても平気な振りをすることに必死で、弱い自分を見せないように一生懸命になって。けれどうまくいかなくて。自分が嫌いで情けなくて。その繰り返しだ。だから鎧をまとってますます肩肘張って強がるのだ。

 どうしてそれがメルヴィンにはお見通しなんだろう。
 どうして私が隠したいものを全部見抜いてしまうんだろう。
 そして、なぜそれがこんなにも嬉しくてほっとするんだろう。

「……でも、そんな不器用で一生懸命なところも好きですよ。私は」

 メルヴィンの目が私を捉えた。

「……!!」

 私たちは夕日に照らされ、見つめ合った。
 胸の鼓動がうるさい。こんなに真っ赤に染まった顔を見られるのだってすごく恥ずかしくて嫌なのに、その目を見つめたまま動けない。一体私はどうしてしまったんだろう。この気持ちはなんだろう。嬉しくて恥ずかしくて、少し怖くて不安で、でも自分の中がほわほわとあたたかなもので満たされている、この気持ちは。

「私……」
「……」
「私は……。私も……、あなたが好きだわ。どうしてか……よくわからないけど……」

 口からぽろり、とこぼれ落ちたその言葉に自分で驚く。
 好き……? 好きって……??
 そしてふと納得する。あぁ、そうか。これが恋なのか、と。

「それはまた……奇遇ですね。ではまたこうしてふたりで出かけましょうか」
「え……ええ。そうね……」

 そんな不思議でおかしなやりとりをしながら、私たちは日が暮れるまで夕焼けに染まる町を眺めていた。それはとても幸せで、今までの人生で感じたことがないほど満たされた時間だった――。


 その後も私はそれまでと何も変わらず、『死霊の巣窟』と呼ばれる職場で仕事に忙殺される日々を送った。厳しくも部下思いのタバサ女史と、ちょっと風変わりだけどたのもしい仲間たちとともに。

 けれど少しだけ、私は変わった。以前ほどは無理をしなくなったし、たまには寮の女友だちと息抜きに出かけたりよく晴れた休みの日にはメルヴィンとともに時計塔の素敵な景色を楽しみに行ったり。


 そしてそのうち私の名字がメルヴィンと一緒になって、同じ家に暮らすようになったりもしたけれど。それはまた別のお話――。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

処理中です...