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4章 さよならと新しいはじまり
番外編 ディクリーヌの恋−5
しおりを挟むお天気も良く空は晴れ渡り、たくさんの人で賑わう町の中。その中を、私はメルヴィンに手を引かれ歩いていた。
「……」
「……」
相変わらず会話らしい会話はない。メルヴィンも元々おしゃべりな質ではなさそうだし、自分も人のことは言えない。とは言え、こんなにぎやかな町の中で終始無言というのも気詰まりには違いない。
その時ふと視界の中に見たことのないものが飛び込んできて、目を吸い寄せられた。
「なんですか? あれ……」
領地からほとんど出ることのなかった私には、町にあるものすべてが物珍しい。けれど目の前にそびえ立つこれは、中でもひときわ目を引いた。
「時計塔ですよ。中が階段になっていて、上まで登れるようになっているんです。……さぁ」
メルヴィンにうながされるままその町の中でもひときわ目立つ建物の中へと入っていき、驚きと好奇心に目を輝かせながら階段を登っていく。
そして一番上まで登りきったところで、びゅうっ、と強い風が頬をなでた。
「……ほら。ここから町全体が見渡せるんですよ」
そこは、大きな時計盤のちょうど裏の空間をくり抜いて作った展望台になっていた。町が一望できるその空間に思わず言葉を失い、ただ見惚れる。真下には人が小さく見えて、一歩足を滑らせてしまえば真っ逆さまだ。風が強く吹き込んできてそれが少し怖くもある。
けれど、その眺めは信じられないほどに美しかった。
「すごい……!! きれい!」
感嘆の声がもれる。何もかもがちっぽけに感じられるくらい、高い場所から見下ろす景色は爽快だった。
「あの向こうに丘が見えるでしょう。あの先には湖があるんです。夏には魚釣りやボート遊びもできますよ」
「まぁ……! じゃあ、あれは?」
「あれは牧場です。あそこで作られた新鮮なバターやミルクで作ったお菓子が、毎朝町へと運ばれるんです。……店へ行ってみましょうか?」
「ええ! ぜひ……!!」
見たことのない景色に物珍しい町のあれこれ。気がつけばすっかり昨日の恐ろしい出来事なんて忘れ、はじめての町歩きをメルヴィンとともに堪能していた。
そしてあっという間に日は暮れ、少しずつ美しいクラデーションを描き始めた空をふたりで噴水のそばのベンチに座り眺めていた時。メルヴィンが小さく笑った。
「どうかした……?」
どうやらこの町歩きで私とメルヴィンの間に横たわっていた気まずさやよそよそしい距離感はどこかへ行ってしまったようで、ほんの少し気安い言葉でそう問いかければ。
「あなたはそうしているのがいい。自由に飾らずに笑っているのはいい」
「……!? わ……私は別に飾っているつもりは……!」
「ふふっ。別に見た目のことじゃありませんよ。中身のことです。……あなたは素のままで充分美しいし気高くて、とても真面目で何事にも真摯で……。だからそのままでいいんですよ。肩肘張って強がらなくても」
急に何を言い出すのかと驚き困惑し、そして顔を赤くする。夕日のせいと誤魔化したいのは山々だけれど、到底誤魔化しきれないほどにきっと赤く染まっているに違いない。
「私は、う……美しくも気高くもありません! それに強がってなんか……!!」
いや、それは嘘だ。私はいつだって強がっている。何が起きても平気な振りをすることに必死で、弱い自分を見せないように一生懸命になって。けれどうまくいかなくて。自分が嫌いで情けなくて。その繰り返しだ。だから鎧をまとってますます肩肘張って強がるのだ。
どうしてそれがメルヴィンにはお見通しなんだろう。
どうして私が隠したいものを全部見抜いてしまうんだろう。
そして、なぜそれがこんなにも嬉しくてほっとするんだろう。
「……でも、そんな不器用で一生懸命なところも好きですよ。私は」
メルヴィンの目が私を捉えた。
「……!!」
私たちは夕日に照らされ、見つめ合った。
胸の鼓動がうるさい。こんなに真っ赤に染まった顔を見られるのだってすごく恥ずかしくて嫌なのに、その目を見つめたまま動けない。一体私はどうしてしまったんだろう。この気持ちはなんだろう。嬉しくて恥ずかしくて、少し怖くて不安で、でも自分の中がほわほわとあたたかなもので満たされている、この気持ちは。
「私……」
「……」
「私は……。私も……、あなたが好きだわ。どうしてか……よくわからないけど……」
口からぽろり、とこぼれ落ちたその言葉に自分で驚く。
好き……? 好きって……??
そしてふと納得する。あぁ、そうか。これが恋なのか、と。
「それはまた……奇遇ですね。ではまたこうしてふたりで出かけましょうか」
「え……ええ。そうね……」
そんな不思議でおかしなやりとりをしながら、私たちは日が暮れるまで夕焼けに染まる町を眺めていた。それはとても幸せで、今までの人生で感じたことがないほど満たされた時間だった――。
その後も私はそれまでと何も変わらず、『死霊の巣窟』と呼ばれる職場で仕事に忙殺される日々を送った。厳しくも部下思いのタバサ女史と、ちょっと風変わりだけどたのもしい仲間たちとともに。
けれど少しだけ、私は変わった。以前ほどは無理をしなくなったし、たまには寮の女友だちと息抜きに出かけたりよく晴れた休みの日にはメルヴィンとともに時計塔の素敵な景色を楽しみに行ったり。
そしてそのうち私の名字がメルヴィンと一緒になって、同じ家に暮らすようになったりもしたけれど。それはまた別のお話――。
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