24 / 68
2章
はじめまして、義家族様 4
しおりを挟む翌朝、アグリアはすっきりとした心持ちで目をパチリと開いた。
ここのところで一番と言っていいくらい、実に爽快な目覚めだった。
(ん……? この天井……。えっと……)
見慣れない天井と部屋の景色に、しばしきょとんとした。そしてやっと思い出した。ここがシオンの実家の客間であると。
(はっ……! そうだったわ。ここってシオンの……)
その瞬間、ふとあたたかなぬくもりに気がついた。
ぐぎぎ、ときしむ音がしそうなぎこちない動きで首をぬくもりを感じる方へと向け、出かけた悲鳴をどうにかのみ込んだ。
「……っ‼」
(シ……シシシシ、シオン!? シオンの顔が、目の前に……‼ な、なんでっ!? どうしてっ!?)
驚くべきことに、目覚めてみれば顔面の真ん前にシオンのドアップが迫っていた。
ベッドの端と端にわかれて寝たのは覚えている。が、何がどうなってこんなに接近しているのか。
(鼻先がくっつきそう……! 動きたいけど……でも動いたら、シオンが起きちゃう……! どどどどど、どうしたら……!?)
その瞬間、はたとシオンのびっくりするくらい長くきれいなまつ毛が目にとまった。ついつい見惚れてしまい、おかしな体勢のまま固まる。
が、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。シオンが起き出す前に、どうにかしてそばからどかなければ。
そーっとシオンから身を離し、ベッドからはい出そうと動いたその時だった。
「……んん? あ、あぁ。起きたのか。アグリア」
「んひゃあっ‼ うわわわっ!」
突然シオンの目がぱちりと開いて、慌てて後ろにずり下がった。
「あっ! おいっ、危ないぞっ!」
「へっ⁉ きゃあああっ! 痛っ!」
勢いあまって、ベッドの端から盛大に落っこちた。
背後から聞こえてくるこらえきれない笑い声に、返す言葉もなかった。
「おはよう! シオン、アグリア。よく眠れた?」
朝食の席に着くなり、ルンルミアージュが飛びついてきた。
「ふふっ。おはよう、ルンルミアージュ。朝から元気いっぱいね」
「朝からはしゃぐと疲れるぞ。今日はお前が王都をあちこち案内してくれるんだろう? 途中で力尽きておんぶするのはごめんだぞ?」
にやりと笑みを浮かべるシオンに、ルンルミアージュの頬がぷぅ、と膨れた。
「ほらほら、冷めないうちにいただきましょう」
「ふふっ。はしゃぐのはあとにして、こっちへいらっしゃい。ルンルミアージュ。あとでうんと甘えればいいんだから」
リリアンヌの言葉に、ルンルミアージュの顔が嬉しそうにほころぶ。
下の子に母親をとられるような気がして嫉妬から家を飛び出したルンルミアージュだったけれど、もうすっかり気持ちは落ち着いたらしい。
すっかり甘えん坊の顔だ。
「そういえば、ふたりとも昨夜はよく眠れた? 王都はあなたの領地と違って、昼も夜も騒がしいでしょう」
「い、いえ! とんでもない。むしろうちの方が、早朝から鳥やら動物やらが鳴きだしてにぎやかなので!」
「あら、ふふふっ。そうなの。一度聞いてみたいわ」
謎に慌てふためきながら答えれば、義母たちが不思議そうに笑った。
心の中は、お願いだからもう誰も昨夜のことには触れないでほしいと懇願したい気持ちでいっぱいだった。
今朝方のことを思い出すだけで、顔が熱くなる。
(結局なんであんなに至近距離でくっついて寝ていたのか、聞けず仕舞いだわ……。せめて今夜以降は、絶対に端から身動きせずに寝ないと……!)
ぐっとテーブルの下で決意の拳を握りしめれば、シオンがぷっと噴き出すのが聞こえた気がした。
「さぁ、次はあっちの通りにあるパン屋に行きましょっ! あそこの売りは、何といっても糖蜜がたっぷりかかった菓子パンね。中には色んな木の実も入ってて、食感も抜群よ」
「糖蜜? うわぁ、おいしそうねっ」
ルンルミアージュにぐいぐいと手を引かれ、王都の通りを歩く。
シオンが言った通り、ルンルミアージュは実に王都の人気の店に詳しかった。今どんなものが流行っているか、とかどのお店の一番の売りは何か、とか。
「大したものね! もしかして、ルンルミアージュに聞いたらうちのジャムを置いてくれるお店も見つかるかしら……?」
「ジャム……って、例のメリューのジャムか?」
シオンの問いかけに、こくりとうなずいた。
メリューと聞いて、ルンルミアージュの目もきらりと輝いた。
「アグリアが作ってくれたメリューのパイ、とってもおいしかったわ! もっと食べたかったけど、もう収穫期は終わっちゃったんでしょう? お祖母様が王都中探したけど、もうどこにも売ってなかったって言ってた」
「ふふっ。メリューの旬はとても短いの。日持ちもしないし収穫量もそう多くないから、あまり流通させられないのよね」
とは言え、メリューは我が領地の頼みの綱だった。
他の領地でメリューを育てているという話はまず聞かないし、土壌的にも育てられる場所はそう多くない。
「せっかく王都に行くならついでに売り込んでこいって、父が今年作ったジャムを持たせてくれたのよ」
「なるほどな。ルンルミアージュ、お前ジャムを扱っていそうな店を知ってるか?」
シオンの問いかけに、ルンルミアージュはしばし口元に指を当てて考え込んだ。
「そうねぇ……。思い当たるお店はいくつかあるけど……、でもジャムじゃなくメリューそのものを売るんじゃだめなの? 私、新鮮なメリューの方がもっと好きだわ」
すっかりメリューの虜になったのは、シオンもルンルミアージュも同じらしい。
すでに食べたい気持ちでいっぱいなのだろう。うっとりとした表情を浮かべるふたりを見やり、小さく笑った。
「できればそうしたいけど、メリューの実はやわらかいからあまり輸送に向かないの。ほんの一日ずれただけで、熟れてしまうから」
輸送自体もできるだけ果実を傷めないようにとても気を遣うために、大量に王都には持ち込めない。その希少価値もあいまって、高値で売れるのだ。
「そうか。そういうことなら、保存が効いて輸送も簡単なジャムは最適だな」
「そうね。ジャムなら一年中食べられるし、ジャムで味を占めたファンが旬の時期に果実も買ってくれるかもしれないしね」
ふむふむと納得したふたりは、ならばどこか扱ってくれそうな店を訪ね歩いてみようと奮起してくれた。
のだけれど――。
556
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる