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3章
奇妙な距離 2
しおりを挟む小さな店が二軒あるきりのほぼ自給自足のこの領地には、月に一度王都から仕入れた日用品が届けられる。
それをさばいているのが、雑貨屋のおかみ、メリダである。
恰幅のいい中年女性で、早くに夫を亡くして以来ひとりでここの領地唯一の雑貨屋を元気に切り回している。実に明るくおおらかで、声も大きい。
自分には子がいない分領地の子どもたちが自分の子同然だと言っては、いつも愛情深く時には厳しく接している。
女性たちにとっては、大きな声では言えない悩み事であるとか女性ならではの相談などにも気さくに乗ってくれ、しかも口も固いとあって皆絶大な信頼を寄せていた。
つまりメリダは、この領地になくてはならない頼りになる人物だった。
今日は、その月に一度の日だった。
「メリダ! あたしの注文したやつ、届いたかい? うちの人がまだかまだかってうるさくってねぇ」
次から次へと押しかける客たちを、メリダが忙しそうにそして元気よくさばいていく。
「あー、はいはい! ちょっと待っておくれね。……えーと、これはルルんとこの注文品だろ? で、こっちはフォル爺さんの湿布薬で……」
ごそごそと大量の積み荷の中から目当ての品を探し出し、メリダが差し出した。
「あぁ、あったあった! これで間違いないかい?」
「ええ! ありがとう、メリダ。いつも悪いわね。お代はここに置いておくわよ」
「はいはい! 毎度どうもねぇ」
王都から荷が届く月に一度のこの日は、毎度領民が広場に集まりいつも大賑わいだった。皆自分の注文していた品が届くこの日を、心待ちにしているのだ。
いつもは屋敷に直接荷を届けてもらうのだが、今日はたまたま用事があって外に出ていたアグリアがシオンを伴いメリダに声をかけた。
「おや! アグリアちゃんじゃないか。シオン様も!」
「こんにちは、メリダ。出る用事があったから、ついでに荷物を取りにきたの。シオンが荷物を運んでくれるっていうから」
ちらと後ろに立つシオンに視線を移した。
「そうかいそうかい! ……そういえば、例のものは追加注文はいらなかったのかい? そろそろなくなりそうじゃないかと思ったんだけど……」
「例のもの?」
メリダに声をひそめてそう問われて、首を傾げた。
(メリダに何か頼んでたかしら……? お父様の湿布はモンバルト先生経由でもらってるから違うし……。他には……?)
いつも自分が個人的にメリダに頼むのは、いくつかこだわりのある調味料やら下着類くらいだ。わざわざひそひそ声で話さなければいけないようなものなんて、ない気がするのだけれど。
重さなどものともせず、ひょいひょいと大きな荷を抱えるシオンを、メリダがにんまりと笑みを浮かべ見やった。
「ふたりとも、随分いい雰囲気になったじゃないの? 最初はなんだか新婚ってわりにぎこちなくって、大丈夫なのかねぇって皆で心配してたんだよ? でももうひと安心みたいだねぇ」
「えぇっ!? そ、それって……どういう……?」
そう言えば、シオンが領地にきてすぐの頃屋敷にメリダが所用できたことがあった。
その時に、シオンと挨拶をしたはずだ。
(確かあの時はまだルンルミアージュもきてなくて……、シオンとも探り探りって感じだったっけ……)
ほんの少し前のことなのに、とても昔のことのように思える。
まだシオンと顔を合わせたばかりで互いのことも何も知らなくて、互いを名前で呼ぶのがやっとだったし。
「ほら、シオン様だって最初はなんだか表情が暗くて疲れた感じだったろう? それが今じゃすっかり明るくなって、アグリアちゃんを見る目だって……ねぇ!」
メリダのその言葉に、周囲にいた領民たちもこくこくとうなずいた。
「そうだったそうだった! 随分と見栄えのいい立派な旦那を迎えたもんだと安心してはおったが、どうも元気がなくてのぅ。うまくいっておらんのかと皆で心配しとったんじゃよ?」
「え……!?」
ある老人がそう安堵の表情で口にすれば、今度は子どもを抱いた母親がカラリと笑った。
「でも最近じゃ、シオン様の方から声をかけてくれるようになったしね。子どもたちにだって大人気なんだよ。相手してくれて大助かりさ。あっはっはっはっ!」
「あ……それは、よかったです……」
「旦那とも話してたんだ。きっとずっと離れ離れだったアグリアちゃんとようやく再会して、元気になったに違いないってねっ」
「ええっ⁉ そ、それは……」
それは違う、と言いかけて慌てて口ごもった。
ここで全否定しては、さすがに皆に自分たちが本当の夫婦であることを疑われてしまうかもしれない。それに戦地からのどかで平穏な領地にきて、心が安らいだのは確かだろうし。
けれどそれはあくまで大自然のなせる業であって、自分と一緒にいるからじゃない。
するとまたしても別方向から声が飛んできた。
「この調子なら、お屋敷がにぎやかになるのも時間の問題かねぇ? ふたりとも若いんだし、きっとどっちに似てもかわいい子が生まれるよ!」
まさかの言葉に、集まっていた領民が首がもげそうな勢いでうなずき同意の声を上げた。
「違いないっ! きっと領主様もお喜びになるだろうなぁ! 何せ初孫だしな」
「女の子ならアグリアちゃん似がいいねぇ! お小さい頃のアグリアちゃんときたら、そりゃもうお人形さんみたいにぷにぷにほっぺでかわいくってねぇ」
「アグリアちゃんは、奥様似だからなぁ。でも男の子だったら、シオン様似のイケメンになるんじゃねぇかっ? どっちに転んでも、楽しみだ」
なぜか皆、自分とシオンとの間に子が生まれる想定で盛り上がりはじめた。
「ええっと……、あの、皆さん……。そういうのは……ええっと……、だから……」
「……」
当然のことながら、シオンとの間に子が生まれる予定はない。そんな関係では端からないのだし。
シオンもどうすればいいのかわからず、困惑顔で立ち尽くしている。もちろん自分だって――。
その瞬間、はっと思い出した。
「あっ……、クリーム……!」
メリダから結婚祝いにともらった、あのなんともなまめかしい――というか、いわゆるそういう目的で使われるというクリームの存在を思い出した。
(やだっ! メリダが言ってたの、あのクリームのことだ! もうっ……)
「例のあれのことなら、必要ないですからっ! 大丈夫ですっ。全然問題なく……っていうか、なくてもっていうか……。って、あれ!?」
言葉を重ねれば重ねるほど、メリダのにんまりと生温い笑みが深くなっていく。
「いや、だからその……変な意味じゃなくて……。ええっと……」
「うっふっふっふっふっ! いいんだよいいんだよ! 仲がいいのはいいことさ。そうかいそうかい。余計なおせっかいだったかしらねぇ。あっはっはっはっ!」
そう言うとメリダは、シオンの肩をバンバンと叩きながら豪快に笑ったのだった。
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