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つかの間の婚約者−1
しおりを挟む「『私との婚約を、解消してもよろしいですよ?』」
息を整え、もう一度。
「『ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!? ランドルフ様の真実の愛を、この私が見事成就させてみせます! ですから、私との婚約は解消いたしましょうっ!』」
鏡の中の自分がちゃんと笑えているのを確認して、うなずいた。
「うんっ。こんな感じで元気に明るく伝えるのがいいわ!! ねぇ、そう思わない? アルミア!」
パッと後ろを振り返り、幼なじみのアルミアに声をかけた。すると、アルミアが呆れたように首を振った。
「ねぇ、ミリィ! あなた、それ本気でランドルフ様に言うつもり?」
「え? 何が?」
「だから、さっきのセリフよ! 私との婚約を解消してあの踊り子とくっついてくださいって! そのために、陛下にもユリアナと身分違いの結婚ができるように口添えしてあげますよって!?」
「そうよ? いけない?」
きょとんと目を瞬かせれば、アルミアが目を吊り上げて叫んだ。
「いけない? って……、あなたねぇ! どこの世界に、せっかく初恋の人と婚約が決まったのに、わざわざ他の女性との結婚の橋渡しをする人間がいるのよっ!?」
「それは……まぁ……。そうなんだけど……」
正面切ってそう言われると、やっぱり心は揺れる。でも――。
「……でも私、ランドルフ様にはどうしても幸せになっていただきたいの! これまでずっと私たちの命を守るために苦しんできた方なんだもの……。誰よりも幸せになってほしいの……!」
揺れる心を押し留め、ぐっと拳を握りしめた。
「ミリィ……」
「……もう決めたの!! ランドルフ様のことが大好きだからこそ、絶対幸せにしようって。そのためには、さっさと私との婚約を解消してユリアナ様と幸せになってもらわなくちゃっ!」
ミリィの願いはただひとつ。
大好きな初恋の人、ランドルフが幸せでいてくれること。ただそれだけ――。
そのためなら、せっかくの初恋の相手との婚約がふいになっても仕方ない。それがランドルフの幸せならば――。
我が国の守り神と称されるランドルフ・ベルジアとの婚約話が舞い込んできたのは、今から三ヶ月ほど前のこと。しかも国王陛下からの直々の打診だった。
『ミリィ。お前の婚約が決まったよ。あのランドルフ殿だ。喜びなさい。……だがな。ランドルフ殿は今しばらく戦場に身を置かねばならぬ。顔合わせは、無事戦いを終えて帰ってきてからになる』
『私が……、ランドルフ様と……!?』
なぜ陛下が突然、そんな話を持ちかけてきたのかはわからない。レイドリア家は、数々の功績を上げてきたランドルフには家格的に釣り合いが取れているとは言い難い。なんたってただの子爵家だし。
なのに、あれよあれよという間に婚約話は進み、ミリィはランドルフの婚約者になった。
この婚約に、ミリィは大きく胸を踊らせた。まさか私が、あの人の婚約者になれるなんて。あの大きな優しさに、妻として感謝と愛を返せる日がくるなんて、と。
だって、ミリィにとってランドルフは初恋の人で長年憧れ続けてきた人だったから――。そんな人の婚約者になれただけで、舞い上がる気持ちだった。
『はい。お父様。大丈夫ですわ! ……私、ランドルフ様のお帰りを毎日ご無事を祈りながらお待ちします』
幸せだった。たとえ一度も会うことなく、ランドルフからの言葉ひとつなく決まった婚約でも。
けれど喜びもつかの間、ミリィはこの婚約をランドルフが望んでいないことを知ってしまったのだ。
『私はランドルフ様と心から愛し合っていたの。でもほら、踊り子のあたしとじゃ身分が違うから……。だから泣く泣く身を引いたのよ。でもまさか婚約したのが、あなたみたいな子どもだなんてね……』
ある日ミリィのもとを、町で踊り子をしているユリアナという女性がたずねてきたのだ。
ユリアナは、聞きもしないのにペラペラとふたりのことを話してくれた。ふたりでどんなに甘い夜を過ごしたとか。自分の腰にあるほくろに口づけるのが好きだったとか。
『婚約したって聞いたから、ちょっと知りたくなったのよ。どんな方があの人の妻になるのかしらって……。そう……あなたが……』
『……』
その目がありありと語っていた。なぜあのランドルフ様の婚約相手が、こんな子どもっぽいとりたてて特筆するところのない小娘なのか、と。
少し派手ではあるけれど、妖艶で美しい女性だった。その赤く塗られたぽってりとした唇も、少し垂れ気味のうっとりと細められた泣きぼくろのある目も。首を傾げる度に香り立つ甘ったるい華やかな香水の香りも――。
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