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お料理に挑戦です
しおりを挟む大変身を遂げ一層社交にも慈善にも忙しく励んでいたミリィのもとに、ランドルフからの手紙が届いた。
『婚約者殿
お変わりないだろうか。
こちらはそろそろ冷え込みが厳しい季節を迎えている。そちらもそろそろ夜風が涼しくなってきた頃だろうか。寒さが身にしみる季節になると、なぜか故郷の味を思い出す。
あなたは、私の生まれ故郷の特産品であるユールという果実をご存知だろうか。火を通すととろりとした食感に変わって、パイにすると非常に甘くておいしく幼い頃から好物なのだ。
いつかあなたと一緒に私の故郷の景色を眺めながら味わえる日がくるのを、楽しみにしている。
遠い空の下から、貴方の幸福を祈っている。
ラルフ』
「ユールのパイ……。ユールって確か、白い果肉の果物よね……」
王都の市場で見かけたことはある気がする。残念ながらそうたくさん出回るものではないから、食べたことはないけれど。
「ユールのパイがお好きなのね……。そう……」
ミリィはしばし考えた。きっと自国を遠く離れた地に長くいると、故郷が恋しくなるのだろう。子どもの頃に味わった好物を思い浮かべるのもわかる気がする。
「食べさせてあげたいわ……。毎日大変な思いをして頑張ってくださっているのだし……」
ユールの実の盛りは過ぎたけれど、今も市場に行けばきっと売っているだろう。今年は豊作なのか、例年に比べれば少し値段もお手頃のようだし。
「なら……、だめ元で挑戦してみるのもありかしら……?」
そうつぶやくと、ミリィはすっくと立ち上がり厨房へ向かった。
「ダーナ! 忙しいところ悪いんだけど、私にユールのパイの作り方を教えてくれないかしらっ!」
珍しく厨房に飛び込んできたミリィに、ダーナが目を丸くした。
無理もない。母もミリィも家事全般は使用人などいなくても事足りるくらいにそつなくこなせるのに、なぜか料理だけはてんでだめなのだ。よって料理はミリィにとっても、絶対に手を出さない領分だったから。
そのミリィがなぜ料理の指南を、とダーナは目を見張った。
「まぁ! なんでまたお嬢様が手ずからお料理を?? ユールのパイがお食べになりらいのなら、このダーナがお作りいたしますよ?」
ミリィは首を横に振り、頬を染めぼそぼそと告げた。
「ち……違うのよ。もちろんダーナが作ってくれた方がおいしいのはわかっているんだけど、実はね……。ランドルフ様がユールのパイがお好きだっておっしゃるから……。ほら、ランドルフ様の出身地の特産でしょう? ユールって」
なんだか急に気恥ずかしくなり、もじもじとそう告げれば、ダーナの顔がぱっと明るくなった。
「もちろん料理の苦手な私に、そう簡単に作れるようなものじゃないだろうなとは思っているのだけど……。練習だけでもしてみようかなって……。そう思って……」
ダーナは頬をみるみる真っ赤に染めうつむくミリィを見やり、頬を緩ませた。
まだよちよち歩きの頃からずっと見守っていたダーナにとって、ミリィは娘も同然だった。
そのミリィがあのランドルフと婚約を結んだと聞いた時だってもちろん嬉しかったけれど、なぜか時折淋しげな表情を浮かべるミリィのことが心配だった。何か心配事でもあるのか、と。
けれど最近は何か心境の変化でもあったのか、すっかり恋する乙女の顔に変わっていた。まとう空気も明るく華やいで。
それが今度はあんなに苦手だったお料理にまで挑戦するなんて。ミリィの成長ぶりが、なんとも嬉しくてたまらない。
そう遠くない将来、ミリィはランドルフのもとへと嫁いでいく。となれば自分の作った料理を食べてもらえる日々は、そう残されてはいない。
ダーナは満面の笑みで大きくうなずいた。
「ふふふふっ!! さようでしたかっ。ランドルフ様のために……。ええ、わかりましたっ。このダーナ、もちろん喜んでご教授いたしますとも!!」
「本当っ!? ダーナ、ありがとうっ!! 嬉しいわっ」
ぱぁっと顔を明るく輝かせるミリィにくすくすと笑い声をこぼしながら、ダーナは意気込んだ。
「ふふっ!! 楽しみですねぇっ。大丈夫ですよ。きっと上手に作れるようになりますともっ!! じゃあ、午後にでもさっそくユールを買ってきましょうかねっ!!」
「うんっ!! ありがとうっ。ダーナ!!」
こうしてこの日からミリィは、なんと苦手な料理にも奮闘することになったのだった。
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