22 / 54
2
原石の磨き方
しおりを挟む「エマはね、うちの自慢のメイドなの。メイドとしての働きもちろん素晴らしいんだけど、何よりお化粧の天才なの! きっとびっくりするわよ? 本当にすごいんだから!!」
「はぁ……」
モーリア公爵家のとある一室でミリィはただじっと鏡の前に座り、されるがままになっていた。
顔に色々な液体やらクリームやらを塗りたくったあと、粉をぽふぽふとはたかれ。まるで自分が食材になったような気分だった。このまま油で揚げたら、こんがりといい色に揚がりそうな。
(ふぅ……。おしゃれって大変なのね……。今までこんなにお化粧もしたことなんてなかったから、変な気分だわ……)
これまではこれといった社交の必要性も感じなかったし、おしゃれをする経済的な余裕もなかった。がゆえにこれは、なかなかの苦行ではある。
「ミリィ様! 動かないでくださいませっ。もう少しの辛抱ですわ!」
鋭い声に慌ててピシリ、と背を伸ばした。
その間にも、エマは迷いのない手つきで次々とあれやこれや化粧を施していく。どうやら夫人の推薦は伊達ではないらしい。その手つきにはみなぎる自信がうかがえた。
「せっかく若くてかわいらしいのだから、磨かなければね。どんな宝石だって原石のままではただのちょっときれいな石ころにしか見えないものよ?」
夫人の声に思わず目を開けようとして、エマに「ミリィ様っ! 動いてはだめですったら!」と、またしてもぴしゃりと制された。
そしてふと想像してみる。自分が磨いたら素敵な宝石に生まれ変わる原石だ、という想像を。けれどそれはどう考えてもピンとはこなくて、不安がよぎる。もしがっかりするような仕上がりだったらどうしよう、と。
すると、夫人の「まぁ……! とってもいいわねっ」という感嘆の声と同時に、エマの手がピタリと止まった。
「はいっ! これで完成ですわっ。どうぞ目を開けてごらんくださいませ。ミリィ様!!」
エマの声に、おそるおそる目を開けて鏡の中をのぞき込んだ。するとそこには。
「……こ、これが私……?? 別人みたい……」
そこには、見たこともない自分がいた。ぼんやりとしたこれといった特徴のない顔立ちが、清楚ながら凛とした強さも漂う顔に変わっていた。
「ふふふふっ!! いかが? 変身してみた気分は」
「ええと……なんていうか、別の人みたいで……。お化粧ってこんなに変わるんですね……」
驚きのあまり目をまん丸に見開いたまま固まるミリィに、エマと夫人が顔を見合わせ苦笑した。
「ミリィ様はもともとのお顔立ちはとても整っていらっしゃるんです。ただひとつひとつのパーツが控えめなのですわ。けれど目の形はきれいだし、肌のキメも細かくてきれいですし、唇なんてもともとのお色がいいですからね。それほど手を加えているわけではないんですよ?」
「でもいつもと全然違って見えます……」
「ふふっ! それ自体が持っている良さをいかに引き出して魅力的にみせるかが、お化粧の意味なのです。ミリィ様もコツさえつかめば、ご自分でできるようになりますよ! 特訓あるのみですわ!!」
エマの熱量におされ、こくこくとうなずけば。
「お化粧だけではないわ。ドレスだって装飾品だって全部そう。自分の良さを知った上でどうすればもっと引き立たせることができるかを知ることは、とても大事なの。自分を見せるのではなく、魅せるという意味でね」
「自分を……魅せる……」
考えたこともなかった発想に、ミリィは目をきらめかせた。
「……さ、お顔はこれで大丈夫ね! となれば、お次は……。エマ、ロぺぺ様の準備ももうできていらっしゃるわね?」
「はい! 隣室でドレスを手にお待ちになっておられますわ! ふふっ!! あんなやる気満々のロぺぺ様を見るのは私、はじめてです」
「ふふふっ! あの方もすっかりミリィ様のファンねっ。楽しみだわぁっ!! さ、こっちへいらっしゃい!! ミリィ様」
「え?? あ、はいっ!!」
この日ミリィは化粧にドレスにと次々と大変身させられ、その後夫人とともにロぺぺ氏デザインの最新デザインのドレスに身を包み、度胸試しとばかりにあちらこちらの社交へと連れ回されることになったのだった。
その結果、ミリィを平凡でつまらない令嬢だなどという者はいなくなった。守り神ランドルフの婚約者様は、愛されたことでぐっと美しく可憐な令嬢へと大変身を遂げた――と話題をさらうことになったのだった。
そしてその変化はミリィの内面にも変化をもたらした。
もっとランドルフのためにできることはないか、婚約者として――というよりは好きな人のために何かしたい、という気持ちに拍車がかかることになったのだった。
197
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる