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あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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 コポコポコポコポ……。カチャリ……。

「なるほど……。君はあのランドルフ・ベルジアの婚約者だったのか……。あ、それは私がブレンドした特製薬草茶だ。飲むといい。頭がすっきりする作用がある」
「あ……はい! ありがとうございます……」

 カップを差し出され、ぎょっとした。
 縁は欠けているし、洗いが不十分なのか全体が薄汚れている。汚れているのはカップだけではなく、この部屋自体嵐でも吹き荒れたのかと思うような散らかり具合だったのだけれど。
 とは言えせっかく出してくれたのだからと思い切って口をつければ、味は見た目ほどひどくはなかった。
 
「では君は、患者たちの治療に当たっていたのだな。その様子から、もっと他に有効な治療法があるのではないかと調べていて、その本に行き着いたと……」

 ミリィはこくり、とうなずいた。

「はい……。特に発疹には今使われている軟膏ではあまり効果がないような気がしましたし、それに感染力自体をもっと早期におさえこめないとどうしようもないのでは、と……。それに、ランドルフ様のいる隣国でも同じ病が広がりつつあると聞いて、何かできることはないかと考えたんです」
「ふぅん……。婚約者のために……ねぇ……」

 男の名は、オーランド・デオラム。王立薬学院の首席研究員で、まだ二十代半ばにして薬学研究の天才と言われている男だった。
 そして驚くべきことにこの男こそ、ミリィが抱えていた薬草学の本の著者だった。

 ミリィはオーランドの著書をパラパラとめくり、メギネラという薬草のページを指し示した。

「このメギネラという薬草には、炎症を抑える効果とともに体内の毒素を排出させる働きがあるとありました。内服でも外用でも使えますし、持病のある人への副作用も少ないと……」
「ふむ……。それで?」

 オーランドのかけている銀縁の眼鏡の奥が、キラリと光った。ミリィはごくりと息をのみ込み、続けた。

「メギネラは発熱にはあまり効果が期待できませんけど、よほど体力の弱った患者でなければ発熱は皆数日もすれば治まっているように見えます。となれば、解熱よりも発疹と感染力を抑え込む方が先決なのでは、と思ったんです」
「メギネラならばそれにちょうどいいと?」

 こくりとうなずいた。メギネラは副作用が少なく他の薬と併せて飲んでもさほど心配もいらないとなれば、既存の解熱薬との併用も可能だろう。それに、医療体制が整っている王都以外でも使用しやすい。辺鄙な地域には、必ずしも医療者がいるとは限らないのだし。

「確かにこれだけ感染が拡大しているとなると、医療者の手が届かなくても感染を止める手立ては必要……か。ふむ……」

 ミリィはさらに続けた。

「それに、患者さんたちはどうしても発熱が治まると、発疹が出ていても退院してしまって中には治療を止めてしまう人も多いんです。その結果、その人の周囲でさらに感染が拡大している気がするんです。ということは、感染を広げているのは発熱中の呼気ではなく発疹からの感染が問題なのでは、と思いまして……」

 現状では発熱中の感染力が強いと考えられているために、まずは解熱が優先されている。けれど実際に治療に当たった印象では、むしろ熱が下がった後に感染が広がっているように見えるのだ。あくまでミリィが患者たちの治療の手伝いをしてみた結果の感想だけれど――。

「だとしたらむしろ、発疹の症状を抑え体内の毒素を排出させるメギネラこそ、第一選択薬として適しているのかもしれないと思ったんです。そこで、メギネラについて最も詳しく書かれていたこの本の著者に話を聞いてみたいと、ここへ……」

 話し終えたミリィをオーランドはきらきらと輝く目でじっと見つめ、そして急に楽しげに笑い出した。

「そうか……。それで、メギネラ……か。くっくっくっくっ……。おもしろい……。実におもしろいな……!!」
「……あ、あの??」

 不気味な笑い声を立てたのち、オーランドは満面の笑みを浮かべこちらをじっと見つめた。

「よしっ。君、私の助手になれっ!! 実は私も君と同じことを考えていたんだっ! メギネラこそこの病の特効薬ではないか、とな!」
「えっ!? そ……そうなのですかっ!?」
「あぁ、今まさにその研究を進めていたところだ! だから君も明日から、いや……なんなら今日からでも一緒に研究を手伝ってくれっ!!」
「わ、私が……助手??」

 ミリィはあんぐりと口を開いた。
 薬学などかじったこともない自分が、なぜ天才薬学者の助手に? そんな当然といえば当然の疑問を口にしたミリィに、オーランドは。

「何を言っている!? 薬学というのは、もとは素人が偶然たどり着いた知識の積み重ねで発展してきた学問だ。君のその鋭い勘となんとかして病を治したいという熱い情熱があれば、助手となる要件は十分に満たしているっ!! だから君は今日から私の助手だっ!!」
「え……えええええっ!?」

 こうしてミリィは、オーランドの助手として今度は流行病の特効薬研究に勤しむことになったのだった。


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