27 / 54
2
王立薬学院の門
しおりを挟む王都に暗雲が広がりはじめていた。
ミリィはその日、モーリア侯爵夫人やリーファ会の面々とともに王都にある病院を訪れていた。緊迫した張り詰めた空気に、一同の顔にも焦りと不安が浮かぶ。
「こっちにも薬を……!! それから包帯も足りないわ!」
「また新しい患者さんがきましたっ!! ベッドの空きはあと七つです……!!」
「ここが満床になったら、あとは一時的に町の集会場に患者たちを集めるしかないわね……。困ったわ。もう薬も包帯も残りわずかだし……」
国内では最近、ある流行り病が広がりはじめていた。主な症状は、一週間近く続く高熱と体中に現れる発疹。発疹は熱が収まってからも長く残り、時にひどく痛みも伴う。
この病が広がりはじめたのは、つい先々月のこと。そこからあっという間に国中に広がり、今では数え切れないほどの民が感染していた。
とはいっても、この病は栄養状態や体調が安定している者にとってはそれほど驚異的ではない。抵抗力で跳ねのけられるか、もしくは重症化せずに済む。 よっていくら貧乏貴族とは言え、それなりの暮らしができており若いミリィたちにとってはそれほど恐れるものではない。
けれど、その日食べるものにも困るような栄養状態の悪い者や持病のある者、体が弱っている者にとっては致命的だ。
その未知の病の爆発的な感染力に、王都は大混乱だった。
ミリィは手袋と口元を覆う布をあらためて着け直すと、目の前の患者の口元に水差しを差し込んだ。
「さぁ、少し体を起こしますよ。お薬を持ってきましたからね。まずはお水を飲みましょうか。口を開けて……」
高熱で意識がもうろうとしている老人が、冷たい水に顔を緩ませた。そして発疹を覆っていたガーゼを取り軟膏を塗り込んだ。
モーリア侯爵夫人もリーファ会の面々も、躊躇することなくテキパキと患者たちの世話をこなしていく。
けれど一同の胸には、得も言われぬ不安が広がっていた。一体この国はこの先どうなってしまうのか、と。
アルミアが厳しい顔でつぶやいた。
「ミレットちゃんも発症したって聞いたけど、大丈夫かしら……。あの子、持病があるし体も強くないから心配だわ……。まだ小さいんだし……」
「そうね……。孤児院の子たちだってそうよ。皆栄養状態が良いとは決していえないし……このままじゃあ……」
「もしこのまま病が隅々まで広がってしまったら……とても薬も看護の手も行き渡らないわ……」
友人たちの言葉に、ミリィは目を伏せ両手をぎゅっと握りしめた。
この国は周辺国の中で、医療、特に薬学の分野においては先進国といえる。にも関わらず、この病に特効薬となるようなものはいまだ見つかっていない。この流行病が広がりを見せてからまだそれほどたっていないのだから、致し方がないのだけれど。
(もしもっと感染力を抑え込めるような特効薬が見つかれば、これ以上の拡大は防げる……。でも薬が見つかるよりも先にこんなにものすごい勢いで広まってしまったら、とても間に合わないわ……)
しかもこの病は、徐々に他国にまで広まりつつあった。きっと今頃は、ランドルフのいる国境付近にまで――。
いくら屈強なランドルフたち軍人でも、戦いの続く野営暮らしでは当然体力だって落ちているだろう。栄養のあるものを手に入れることも難しい。医療などもっての外だ。
ミリィは焦りを感じていた。このままではこの国だけでなく、他国にも感染は広がるだろう。その前にこの爆発的な感染力を抑える方法と、特効薬となる薬や治療法が見つからなければどれほどの被害が広まるか――。
そして病に倒れるのは、もしかしたら遠い空の下にいるランドルフたちかもしれない、と。
いても立ってもいられず、ミリィは王立図書館に通い詰め膨大な書物を調べはじめた。なんとかしてこの病に効く薬や治療法はないか、調べるために。
そしてとある考えに思い至った。それを確かめるべく、ある日大きな建物の前に立っていた。一冊の分厚い本を胸に抱いて――。
『王立薬学院』と書かれたその門の向こうには、辺り一帯を広大な森に覆われた濃茶の大きな建物がそびえ立っていた。その前に立ち、ミリィはごくりと息をのんだ。まるで敷地全体が立ち入りを拒んでいるように見えて、決意がぐらりと揺らぐ。
その時だった。背後からその声が聞こえたのは――。
「何の用だ。ここは令嬢が遊びにくるような場所ではないんだが?」
その愛想のかけらもない冷たい声に、ミリィは飛び上がったのだった。
185
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる