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あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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アズールという希望

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 ようやく婚約者との思いが順調に重なりはじめたのとは裏腹に、隣国の状況は日に日に悪化していた。
 ランドルフは部下のロイドとともに、眼前の光景に深くため息を吐き出した。

 眼下では、突如村に押し寄せた王国軍が村にわずかばかり残っていた食糧と水を根こそぎ奪っていくところだった。
 なすすべなく身を寄せ合い、それを怒りとやるせなさで身を震わせながら見やる村人たち。その心中を思い、ランドルフはもう一度深いため息を吐き出した。

 鉱脈の発見を機にはじまったこの戦いは、何年もじりじりとした膠着状態が続いていた。人質として取られていた坑夫たちはもうほとんどが自力、もしくはランドルフたちの助けによって逃げ出していた。よって今鉱山で働かされているのは、隣国民である。

 その者たちも無理矢理働かされているとなればとなれば、力で制圧するわけにはいかない。結果、今もにらみ合いが続いているわけだが――。

「最近ではどうしてか採掘もあまり進んでいないようだし、このまま戦争をだらだら続けたところで民も国土も疲弊するだけだ……。軍だってこの有り様だ。ここまできたら戦争をやめ、撤退するほうが国としては害が少なく済むはずだが……」

 戦争は長く続けば続くほど、国力は弱まる。国を支える農業やさまざまな生産が滞り、食糧供給さえままならなくなるのだから当然だ。なのになぜ、現王政は頑なに手を引こうとしないのか。
 実際にすでに国庫は尽きはじめているらしく、王国軍への食料や必要物資の供給すらままならなくなっているらしい。おかげで王国軍がこうして町や村を襲撃しては、民たちのなけなしの食料や水を根こそぎ奪っていくという事件が続出していた。
 
「現国王は意地でも鉱山を手放す気はないようですね。王妃もここの鉱石で世界一豪華な冠を作らせるんだと豪語しているみたいですし……。この国の民が不憫で……」
「せめて、現王政を倒すくらいの気概のある者がいれば希望もあるんだろうがな……」 

 するとロイドが、ちらと周囲を見渡し少し声をひそめた。

「それなんですけどね……。別の部隊からの報告では、アズールとかいう男が現体制の転覆を狙って動き出しているって話があるらしいです」
「アズール……? 何者だ??」
「さぁ……? 詳細までは……。ただ自らを王家の血が流れているとか言いまわっているようで……」

 ランドルフはそのいかにも嘘くさい話に、眉尻を上げた。

 現国王の子は王子ひとりきり。前国王と王妃はすでに死去し、他に生存している王位継承者はいないはずだ。なのに、王家の血を引くとは――?

「ふむ……。その話、少し調べてくれるか? それからこの国の内情についてもな。軍がこの様子では、もしかしたら内部から崩壊が進んでいる可能性もある……」
「了解……!」

 けれどその頃、それはすぐそこまで近づいていた。アズールという名の、この国の希望が――。



 ◇◇◇

 ランドルフがその気配に気づいたのは、すでに部下たちが寝静まった野営中のことだった。

 パキッ……。カサリ……。

 明らかに虫や動物のものとは違う気配に、ランドルフは剣の柄に手を伸ばした。

(……一、二、……五人……。いや、他にもいるな。鎧の音からして、王国軍ではない……。何者だ?)

 その時だった。暗がりから数人の足音とともに何者かが現れ、その場に膝をついた。

「お待ち下さいっ……! こちらに敵意は一切ございません。どうか剣をお収めいただきたい。あなた様に折りいってのお願いがあるのです。……ランドルフ・ベルジア殿」
「……!?」

 そしてその背後から近づく、ひときわ圧を感じさせる気配。暗がりから現れた男はその様子に怯む様子もなく静かな気配で近づくと、ランドルフの前で立ち止まった。

「お初にお目にかかります。私はアズールという者。正確には、アズール・ドラード・ノア・ベルディアと申します」

 その名に、ランドルフの目が大きく見開かれた。
 
「アズール……!? ノア……だと?」

 ノアは王族の血統を現す名、つまりその名を語れるのは王族の中でも直系の人間のみ。ということはもしやこれが、ロイドが行っていた例の男か――と目を見張った。
 男はランドルフをまっすぐに見つめ、口を開いた。

「わかりやすく説明すれば、現国王の弟の隠し子……という言い方になるでしょうか。私は、この国の王位継承権を持つ者です。その存在が知られていれば、ですがね」

 現国王の弟は若くして亡くなっている。年の頃は確か二十代半ばではなかったか。現国王である兄の不興を買い、毒を盛られ死んだと聞いている。その弟は兄の妨害によって結婚もしていなかったから、子を残すことなく死んだはずだ。
 ランドルフはアズールと名乗った男の顔をまじまじと見やり、その目に金色を見た。この国の王族にのみ受け継がれると言われる、特徴的な目の色を。

 アズールは、ランドルフをまっすぐに見据えたまま続けた。

「もしこちらに敵意がないことを信じられないとおっしゃるのでしたら、我々の持つ剣をすべてあなたに預けても良い。……私はただあなたと話がしたいのです。この国の未来と、このくだらない戦争の終結に向けた大事な話を――」

 夜の森の中に、一瞬の静寂が落ちた。


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