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重なった距離
しおりを挟む月に照らされて伸びたふたりの影が地面に映る。大柄なランドルフと比べると、人一倍小柄なミリィはまるで子どものようだ。
「ふふっ……。なんだか今も実感がありません。こうしてランドルフ様と一緒にいるなんて……」
婚約が決まった時から一度も会わないまま、手紙だけを重ねてきた。その時間があまりに長かったせいか、夢を見ているような気がしていた。
ランドルフも小さくうなずき、笑った。
「確かにそうだな……。まさか君までこの国へくるなど想像もしていなかったからな。おかしな気分だ……。本当にすまない。君までこんな危険に巻き込んで……。私が相手でなければ、これほど不安にさせることも危ない目にあわせることもなかっただろうに……」
その言葉に、ミリィは首を横に振った。
「私は……自分の意志でここにおります。ランドルフ様のそばで、ともに守るべきもののために何かしたかったから……。ランドルフ様とはじめてお会いした時からきっと、そういう巡り合わせだったのだと思っています……」
「……? ミリィ、まさかとは思うがもしや君は……覚えているのか……? 以前に私と会った日のことを……??」
ランドルフの問いかけに、ミリィはふと足を止め驚いて見つめた。
「えっ……!? で、……ではもしやランドルフ様もあの日のことを覚えて……?」
互いに目を大きく見開き、見つめ合う。
「……忘れたことなどない。あの日私は君に救われたのだから。君が……私の手は汚れてなどいない、一緒に国を守ると約束すると言ってくれたあの言葉が、ずっと私を奮い立たせてくれていたんだからな……」
「……!! 私……私も、あの日ランドルフ様と出会って人生が変わったのです……。あの時の私はまだ子どもで何も知らなくて……。でもあの日ランドルフ様に自分がなすべきことを……生きる意味を教えていただいたのです!! あの日から私はずっと……ランドルフ様とともに国を守ろうと……!!」
覚えているはずがないと思った。あんな短い一瞬の出来事を。名も知らぬ少女とほんの少し言葉を交わしただけのあの日のことを。けれどランドルフは忘れずにいてくれたのだと知って、ミリィの心は喜びに跳ねた。ランドルフもまた驚きに目を見開き、ミリィを熱い目で見つめていた。
「実は……この婚約は私が陛下に頼んだのだ。いや、頼んだというと少し語弊があるのだが……。誰かと結婚しろとせっつかれて、もしこんな自分でも縁を望める相手がいるのだとしたら君がいい……とついそう口走ってしまって……」
「っ!! で……では、はじめからこの婚約はランドルフ様が望んで……!?」
ランドルフは暗がりでもすぐにわかるくらい顔を真っ赤に染め、うなずいた。
「ま……まぁ……。そ、そう……だったのですね……! それなのに私ったら……本当に斜め上の勘違いをして……」
アルミアの言う通り、自分は本当に斜め上に突っ走る嫌いがあるのかもしれない。心からそう思った。まさかはじめから正真正銘の婚約者で、ずっと大切に思われていたなんて――。じわじわと喜びと感激とがわき上がってくる。
ランドルフはミリィと真正面に向き合うと。
「実はずっと考えていたんだ。国に戻ったら、あらためてあなたに結婚を申し込もう、と。ちゃんと私の口から、あなたにきちんと気持ちを伝えねば、と……」
ミリィはドキドキとうるさいくらいに高鳴る胸を押さえ、ランドルフを見つめた。
「だから……すべてが終わってともに国へ帰ったら、ゆっくりと話す時間がほしい。……かまわないだろうか?」
ランドルフの目は、どこか不安そうに揺れていた。その真摯な眼差しは、ミリィの心を穏やかにそして勇気付けた。ミリィはこくりとうなずき、微笑んだ。
「はい……! はい……!! その時をお待ちしています。ですからどうか……どうかご無事にお戻りください。ご無事と幸運を心から祈ってお待ちしております……。そしてその間、私もなすべきことをします。あなたと一緒に……大切なものを守れるように……!!」
「ミリィ……!! あぁ……! 約束する……。必ずあなたのもとに戻ると……!! 絶対に……!!」
ふわり……!
不意に距離が一気に近づいたと思った瞬間、ふたりの影が重なっていた。抱きしめられているのだと気がつき、ミリィは思わず息をのむ。
「……っ!?」
鼻腔に感じるランドルフの香りに、くらりとする。筋肉で厚く覆われた身体から伝わる熱に、鼓動が壊れそうなほど跳ねた。
「……っ!! す、すまないっ……。つい感極まって……」
自分の行動に慌てふためき身を離そうとするランドルフの服を、ミリィはぎゅっとつかんだ。そして消え入りそうな声でつぶやいた。
「もう少しだけ……このままで。……こうしていると力がわいてくるんです。なんだってできるって、希望を信じられるって思えるから……。離れていても頑張れるように、力をください。いつだって私に力をくれるのは、ランドルフ様なんです……」
「ミリィ……」
「ランドルフ様……」
ふたりを遠く隔てていた距離は、ようやくこの時ひとつに重なったのだった。
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