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ゆずれないもの−2
しおりを挟む気づけばミリィの剣幕に圧されたユリアナは、床の上にぺたんと正座させられていた。そのユリアナに、ミリィはこんこんと説いた。
「いいですかっ! ユリアナ様! ランドルフ様は苦しみ抜いてその上で民を守るために、日々戦ってくださっているんですよっ!?」
「はいっ!!」
「それにいつ何時自分の身に危険が及ぶかもわからないのに……。なのにそれを、まるでお金のためにしているみたいに……!!」
「ごめんなさぁいっ!! 悪かったわよぉっ」
「あやまるのは私にではありませんっ!! ランドルフ様や、国のために働いてくださってる皆さんに対してでしょうっ!?」
「うわあぁぁぁんっ!!」
段々とその迫力に顔色をどんどん蒼白にしていくユリアナが気になり、マリアンネがミリィを止めようとするも。
「マリアンネ様は黙っていてくださいっ!! これはっ、私の責任でもあるんですっ。私が簡単にこの方の嘘を信じてあんなことを言ってしまったから、こんなに大事に……。だからちゃんとけじめをつけなければっ!」
「あー……そう。そう……なら仕方ない……かしらねぇ……」
いつの間にかマリアンネのユリアナに注がれる目が、気の毒そうに変わっていたことなどミリィは気がつくことなく、こんこんと説教は続いた。
その姿を見て、マリアンネは思った。この子を敵に回すのは絶対にやめようと。そして、ランドルフの婚約者はこのミリィを置いて他にいないと。それはもちろん、自分も含めて。
だってマリアンネは、一度だって思ったことがなかったのだ。尊敬や感謝の念こそ民のひとりとして持ってはいても、ランドルフを幸せにしたい、だなんて――。
(やれやれ……。とんだ時間の浪費だったのね……。今までの努力が水の泡だわ。他の婚約者候補を急いで探さなくちゃね……。はぁ……)
マリアンネのそんな心のぼやきなど知る由もなく、ミリィの説教は続いた。
「ランドルフ様はっ!! 誰よりもっ!! 幸せになっていただかなくてはならない、大切な方なんです!! なのにそのランドルフ様の幸せを邪魔する方は、相手がどなたであっても私はっ!! 絶対に、許しませんからっ!!」
「わかったわよぉぉぉっ!! もう許してえぇぇぇぇっ!! うわあぁぁぁんっ!! ほんの出来心だったのよぉぉぉっ」
「もう二度とこのような真似をしないと、誓いますねっ!! じゃないと私、絶対に……絶対に許しませんからねっ!!」
「約束しますぅぅぅっっ!! もう絶対にこんなことしませぇぇぇんっ!! ごめんなさぁいっ!! 悪かったわよぉぉぉぉっ……」
あの気が強く世の荒波をその色気と強かさで渡ってきたユリアナを。
頭ひとつ分小柄な、パッと見た目はまるで大人と子どもほどの違いもあるミリィが。
床の上に正座させたまま、小一時間もこんこんと説教したという話は、またたくまに町中に広まった。
というのも、劇場でのあの騒ぎを聞きつけた町の者がひとりまたひとりと集まり、気がつけば大きな人だかりになっていたからである。その一部始終を見ていた町人は、皆に話して聞かせたのだ。
あのミリィがユリアナに、いかにランドルフが立派な働きをしてきたか。それがどれほど苦しみの上に成り立った尊い行いなのか――。
そしてどれほど優しく心の広い人間であるのかを説き、ついにユリアナをとっちめたのだ。
見た目からは到底想像もつかないその迫力に、ユリアナは子どものように泣きじゃくりひたすらにあやまり続けていたと聞き、町中の人間が心底驚いた。
そして何より、ミリィのランドルフへのまっすぐでひたむきな愛にあふれる言葉に、町の人々の心を強く打った。
この騒動により、ユリアナはすべて自分が流したでっちあげの嘘であることを認め、踊り子をやめ田舎に引っ込んだ。今は実家の農家を手伝い地味に暮らしているらしい。
そしてその後、ミリィはすっかり町でも社交界でもすっかり時の人となった。
その噂はなんと、遠い空の下にも――。
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