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あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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ゆずれないもの−1

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「ミリィ様、言っとくけどこの人が流した嘘は全部嘘よ! 私、ちゃんと調べ上げたのよ。この人とランドルフ様の間には何の関係もないってこと! それどころかこの人、他に何人もの男をもてあそんでトラブル続きでお金に困って、金儲けのためにランドルフ様の名前を利用しただけなんだからっ!」
「えええええっ!? 嘘……?? 何もかも……嘘!?」

 愕然とした。けれど言われてみれば、たまたま首飾りが届いたのとユリアナが屋敷にやってきたのが同時期だっただけで、ランドルフに何か言われたわけではない。それに手紙の内容だって、どれもミリィとの婚約に前向きとしか感じられないものばかりで――。

「じゃあ……私は、本当に……正真正銘の……婚約者、なの?? つかの間の、じゃなく……!?」
「つかの間の婚約者?? あなた、何言ってるの?」

 混乱に陥るミリィに、マリアンネが怪訝そうに眉をひそめた。ユリアナはといえば。

「ふんっ、笑っちゃったわよ。この子ったら、あたしが恋人だって言ったら簡単に信じちゃってさ。つかの間の婚約者としての役目を果たすとかなんとか言ってたけど……。どうせ自分に自信がなくてあんな逃げるようなこと言ってたんでしょ! だまされる方が悪いのよ!!」

 ドキリとした。
 自分に自信がないから簡単に身を引けるのだ。そう言われた気がした。婚約者としてやっていく自信がないから、伴侶になるには自分は不相応だからすぐにあきらめようとしたのだと。

(……確かにあの時の私は、そうだった。自分にはランドルフ様の伴侶になる資格なんてないって、思ってた。でも今は……)

 ランドルフの気遣いが嬉しくて、モーリア侯爵夫人やバルデア卿にも助けてもらって、苦手な社交も頑張った。そのおかげで少しずつ自信がついて、手紙をやりとりするうちにランドルフのことを少しずつ知っていって。それが嬉しくて、楽しくて――。

「……確かに私、あの時は……。でも……でも私、今は……!!」

 そう言いかけたミリィの言葉を遮ったのは、マリアンネだった。

「はんっ!! 馬鹿なことをいわないでちょうだいっ! この子はそんなやわな子じゃないわっ!!」
「マリアンネ様……!?」
「確かに最初は私も苛立ってたわ! せっかくランドルフ様の婚約者に選ばれたっていうのに、自信なさげに振る舞ってるのが腹立たしくて、そんななら私の方がよほど伴侶にふさわしいって思ってた!! でも……」

 マリアンネは一瞬悔しそうに表情を歪め、続けた。

「でもこの子は変わったわっ。今じゃこの子のことを貴族も町の人たちも、私だって認めてる!! それはこの子が周囲にそう認めてもらえるくらい、努力したからよっ!! そんなこの子を笑う権利、あなたにはこれっぽっちもなくってよ!!」
「マリアンネ様……」

 思いも寄らないマリアンネの告白に、ミリィは理解したのだった。
 最近マリアンネが何も言ってこなくなったのは、自分の頑張りを認めてくれたせいなのだと。だからバザーにも協力してくれるようになったのだと。

 じんわりと喜びと感動に打ち震えるミリィと、仁王立ちしたままユリアナをにらみつけるマリアンネに、ユリアナは。

「な……なによ。なんなのよ……!! あんたたち、そろいもそろって……馬鹿ばっかり!! あの男だってそうよ! あたしがいい顔してすり寄ってあげたのに、あんなに素っ気なく袖にしてさ!! ムカつくったらないわよ!!」
「まさか……、自分がランドルフ様に相手にされなかったからって、こんな嘘を……??」
「そうよっ!! 悪いっ!? 全部あの男が悪いのよっ!! その上あんたみたいなちんまいのと婚約するだなんて……!!」

 自分勝手な理屈をこね続けるユリアナにプチン、とこめかみの辺りから何かが切れる音がした。
 気がつけばミリィはユリアナの真ん前に立ちはだかり、にらみつけていた。

「……マリアンネ様はあなたみたいに卑怯な方でも冷たい方でもありませんっ!! それにランドルフ様に何の感謝もなくひどい噂を流したあなたを、私は許せませんっ!!」 

 ずっと胸の中で育ち続けていた思いが、とうとう抑えきれず爆発した。

「全部撤回してくださいっ。ランドルフ様は、そんなひどいことをする方じゃないって!! 全部あなたがお金欲しさと振られた腹いせに流した嘘だって!!」
「……はぁっ!? な、なんであたしがそんなこと……っ!!」
「……ランドルフ様はずっとずっと頑張って国を、私たち皆を守ってきてくれたんです!! 苦しいに決まってるのに……、あんなに大きな傷を追うくらい何度も危険な目にあってるのに……。それでも自分を守る術のない民を、平穏を守りたいっていってくれるあんなに優しい人を悪く言うなんて……!! 絶対に許しませんっ!!」

 劇場の高い天井に、ミリィの声がぐわんぐわんと響き渡った。


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