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育ちゆくもの
しおりを挟む「次はこれを頼む」
「はい!」
「今度はあの薬品と粉末で試してみてくれるか?」
「わかりましたっ」
「ふむ……。悪くはない……が、まだ改良の余地はあるな。ミリィ、ちょっと新しいメギネラを二株掘ってきてくれ!」
「今すぐっ!!」
ぱたぱたと元気よく研究室を飛び出していくミリィの後ろ姿を見送り、オーランドは口元を緩めた。
ミリィが助手となって、早二週間が過ぎた。はじめは一体何をすればいいのかとおろおろとしていただけのミリィも、今ではすっかり助手らしい動きが様になってきた。
オーランドもようやく、ひとりきりだった研究室に他人がいるという変化になじんできたところだ。
オーランドにとって家族以外の他者がそばにいるという経験は、これまでの人生でそうあることではない。正直言えば、人間よりもはるかに植物の方が好ましい存在に思えたし。だからそんな自分がミリィを助手に、だなんて言い出したのは我ながら驚きではあった。
ミリィは、実に不思議な女性だった。
これまで誰からも異質な目で遠巻きにされてきた自分を、変わり者だと馬鹿にすることもない。なりふり構わず研究に没頭していても白い目で見ることもなく、とても楽しそうに目をきらめかせて真剣に話を聞いてくれる。家族だって植物のことはよくわからないと、困った顔をするというのに。
それがなんともくすぐったく、嬉しかった。だからつい夢中になって休憩を取らせることもつい忘れ、こき使ってしまうのだが。
それにミリィは、こうも言ってくれた。
『オーランド様が子どもの頃からそうやって植物と向き合ってきたから、たくさんの人を救う薬ができたんです。植物だって嬉しいと思います。誰も目にとめない地味な植物でも、オーランド様がその存在をちゃんと認めてくれるんですから!!』
その言葉を聞いた瞬間、ずっと心の中で閉ざしてあきらめていた何かが動き出した気がした。
ずっと誰にもわかってはもらえないのだとあきらめていた。植物の素晴らしさも、その無限の可能性も。
美しい花や実にばかり皆目を奪われて、道端のなんてことのない草になど目もとめない。けれどそんな植物にだって、どれほどの力が眠っているかわからないのだ。どれも皆そこに生き生きと息づいているなんてこと、きっと誰にも理解してはもらえないだろうと――。
そしてそれは、植物にしか心を傾けてこなかった変わり者の自分自身も同じく――。
『オーランド様のその情熱が、たくさんの命を救うんですね!! メギネラだってそうかもしれませんっ。頑張りましょうねっ。オーランド様! 私も一緒に頑張りますっ!!』
オーランドは、にこにこと邪気のない笑みを浮かべる助手の顔を思い浮かべ表情をやわらげた。
まるではじめて他者が存在していることに気づいたような、不思議な気分だった。そして自分自身の存在も、はじめて目にとめてもらえたような、そんな気がしていた。
それはなんとも心がむずむずとするような感覚で、オーランドの心にほわりとあたたかなものを灯したのだった。
だからこそ、オーランドもやる気になっていた。もともと薬学者として今の事態は見過ごせるものではない。人間嫌いと言われているのは知っているが、それはあくまで人付き合いにかける労力や時間があるのなら研究に費やしたいと思っているだけだ。
病という意味に関して言えば、自身の知見や経験を生かしてなんとしてでも救いたい思いはある。それこそがこれまで人生を賭けて植物研究に没頭してきた理由なのだから。
けれど今オーランドをより一層かりたてているのは、ミリィだった。ミリィと同じ思いを胸に病に苦しむ多くの人々を救えるかもしれない――、という思い。
その思いを胸に、オーランドは今日もせっせと不眠不休で研究に励むのだった。
その頃ミリィはと言えば――。
「ふぅ……!! これでよし、と!」
メギネラを土から丁寧に掘り起こ終え、額に浮かんだ汗をふぅ、と拭った。そしてふと掘り出したばかりのメギネラを見つめた。
葉の裏にはふわふわとしたやわらかなうぶ毛。すっと長く伸びたノコギリ状の葉の形。茎はしなやかでツタのようでもある。そして特徴的なのは根っこだった。非常に長く伸びた根を地中に張るメギネラは、大きくなると人の膝辺りまで成長する。
(よく考えてみれば、メギネラって成長の度合いによって根の形状が変わるわよね……。もしかしてこの根に、効能を左右する何かがあったりはしないのかしら……)
ミリィは根の先についたコブ状の小さな塊を見つめ、小さくうなずくと鉢に入れ研究室へと戻ったのだった。
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