あなたが落としたのはこの王子ですか? それとも……

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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「メロイーズ様のお話の中でもっとも決定的だったのは、白馬に乗って帰っていったというくだりですわ。本物の殿下ならば、白馬になど乗れるはずがありませんから」
「なんで白馬じゃだめなの……?」

 メロイーズが涙に濡れた目をぱちくりと瞬いた。

「物理的に無理なのです。これほど大柄で筋肉質なファルビア王子殿下の体をしっかりと支え、厳しい戦闘にも耐えうる馬ともなるとそうは多くありません。よってこの国で現在殿下が乗ることのできる馬は、二頭だけ。そのどちらも黒鹿毛なのですわ」
「つまり本物の殿下なら、白馬になんて乗っているはずがない……。だからあなたは、私が恋したのは別人だって言ったのね……。よくわかったわ」

 すっかり勢いの消えたメロイーズは、じっとりとログタンを見やった。

「ひどい……、ひどいわ……。人生でたった一度の、運命の恋だと思ったのに……。本気で好きになったのに……。だから身も心も……。でも、こんなのってあんまりよ……」

 さすがのメロイーズも、もう真実から目を背けることはできなかった。あんなに愛をささやきあったはずの青年は、今やおどおどと頼りない態度で目をさまよわせている。そんな姿に、涙に濡れるしかない。

 ファルビアは怒りをにじませた目をログタンに向け、冷たく言い放った。

「……ログタン、お前は自分のしたことの意味がわかっているのか? ひとりの民を心から傷つけ踏みつけたばかりか、王家の信頼を失墜させたのだぞ」
「……」

 ファルビアの猛禽類のような鋭い目に見据えられ、ログタンの体がぶるぶると震えだす。

「申し開きしたいことがあるのなら、言ってみろ」

 ファルビアの鋭い言葉に、ログタンが震える声で語り出した。

 王城での息が詰まるような暮らしに辟易し、こっそり町に出たこと。そこでメロイーズに偶然出会い、一目惚れをしたこと。決してだますつもりなどはなく、ただたった一夜の恋でも自分のことを忘れずにいてほしいとの思いから、ほんの冗談のつもりで王子と名乗ったのだと。

「メロイーズだって、自分の国の王子の絵姿くらい見たことがあるだろうと思ったんだ。町でよく売ってるだろ? 肖像画とかさ……。だからすぐに冗談だって笑ってくれるだろうって思ったんだ。でも今夜だけは王子と恋に落ちたんだって、特別な夜だったんだって覚えていてくれるかなって……」

 今にも卒倒しそうな青い顔で必死に弁明するログタンに、リステアの鋭い突っ込みが飛んだ。

「……ずいぶんと不敬な冗談ですわね」

 その冷ややかさに、ログタンは一層深くうなだれた。

「それは……。でもメロイーズは本気にしちゃってさ……。今さら嘘だなんて言えない空気になって……それでそのままファルビア王子の振りをして別れたんだ。でもまさか本当に王城に乗り込んでくるとは……」

 ファルビアの声が一層鋭さを増す。

「……では、メロイーズとのことはただの一夜の遊びのつもりだったのか? 二度と会わない前提でメロイーズをもてあそんだ、と?」
「それは違う……! 私はメロイーズに本気の恋をしたんだ! こんな気持ちははじめてで……できることならふたりで逃げ出したいって思った。でも私は一生王城に閉じ込められたまま、自由に生きることなんて許されないんだろう……? だから……!!」

 ログタンは、がっくりと肩を落としひざまずいた。

「望まない暮らしを強いられたことに、同情の余地はある。だがだからといって、ひとりの女性の心を踏みにじり一生を台無しにするなど許されることではない。まずはメロイーズに向けて何か言うべきことがあるのではないか? ログタン」

 ファルビアのその言葉に、ログタンがはっとしたようにメロイーズを見やった。そしてよろり、と立ち上がった。

「……」
「その……メロイーズ。君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。よく考えもせずに口にした言葉で、君をこんな目にあわせてしまって……。すまない……」
「……」
「すまない……。メロイーズ。許してくれ……。でも本当に君への気持ちは嘘なんかじゃなかったんだ。今だって……」

 うつむいたまま黙り込んでいたメロイーズが、鼻をぐすぐすと言わせながら顔を上げた。

「殿下……じゃなくて、ログタン……様。それ……本当ですの……? 気持ちは嘘じゃないって……」

 その目に浮かんだかすかな希望の光に、ログタンの顔が明るく輝いた。

「当然だ! 私は君に本当に一目惚れをして……、どうしても君と離れたくなくて、それでついあんなことを……。君を運命の人だと感じたから……」
「それ……、本当なの……? 信じて……いいの?」
「どうかそれだけは信じてくれ……! メロイーズ。君を愛しているといったのは真実だ……!!」

 懸命に思いを告げるログタンの姿に、メロイーズは大粒の涙をぽろりと落とした。

「ログタン様……!!」
「メロイーズ……!!」

 ここにきて、ふたりの視線がようやくピタリと重なった。


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