あなたが落としたのはこの王子ですか? それとも……

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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 メロイーズにとっては、取るに足らないことだったのかもしれない。一夜を過ごしたのが何という名前の青年であったのかも、その青年が王子であるのかどうかも。大切なのは、その人が人生でただ一度の本物の恋の相手なのかどうか。運命の恋であるのかどうかだけ。
 どうやらそれは、ログタンも同じであるらしかった。

 頬を上気させ、きらきらと目を輝かせながら手を取り見つめ合うふたりを、皆が困惑顔で見つめていた。

 リステアもまた、先ほどとは打って変わった熱のこもったふたりの空気に難しい顔で考え込んだ。

(いくらふたりが本当に愛し合っていたとしたって、このまま無罪放免なんてわけにはいかないわ。王族のひとりとはいえ、王子の名を勝手にかたって町娘と将来を誓い合うなんて……。殿下はああ見えて、とても情に厚い優しい方……。一体どんな罰を下すつもりかしら……?)

 これは間違いなく王家の醜聞である。仮にも王籍にある者がいたいけな町娘をだまし、王家の秘密も公になってしまったのだ。このまま有耶無耶に帰すわけにはいかないだろう。
 けれどログタンは一応は王家の一員である。どんな処罰を与えるのか、非常に難しい問題だった。

 しばしの間のあと、ファルビアが苦々しい表情を浮かべログタンを見やった。

「……ログタン。お前の言い分はわかった。だがだからといって不問に帰すわけにはいかない。お前は軽々しい行為でひとりの民の人生を狂わせたばかりか、王家の名も汚したのだ。……厳罰に処すことになるから、覚悟しておけ」

 その瞬間、メロイーズが悲痛な声で叫んだ。

「だめですわ……! ログタン様がひどい目にあうのは、絶対にだめですっ!!」

 メロイーズの必死な形相に、場が静まり返った。

「ログタン様は確かに私に嘘をついたわ……。でも……仕事で荒れた私の手を優しくなでて、頑張り屋のきれいな手だってほめてくれた。きらびやかに着飾る令嬢なんかより、私の方がずっときれいで輝いてるって……。それに……」

 メロイーズの切なげな声が、高い天井に響き渡る。

「それに……あの夜ログタン様は、自分の孤独を理解してくれる人がただひとりそばにいてくれたら、地位もお金もいらないって言ってた……。私はそんなログタン様を好きになったの……! だから罪になんて問わないで!!」
「メロイーズ……」

 メロイーズの涙ながらの訴えに、ログタンの目が潤む。

「私、すべて撤回します! 何もログタン様との間にはなかったって……。そうすれば、ログタン様は無実のままでいられるのでしょ……? ログタン様が不幸にならずに済むのなら、私は身を引きますわ。そして永遠に口をつぐみます!」

 きれいな大粒の涙をぽとりぽとりとこぼしながら、メロイーズが叫んだ。その悲壮な姿に、観衆は声を失った。
 ログタンもそんなメロイーズのけなげな言葉に、目を潤ませ声を絞り出した。

「メロイーズ……、君という人は、やっぱり私の唯一の人だ。王城なんて出て、君と一緒になれたらどんなにか幸せか……」
「私も同じ気持ちですわ……! 私……、あなたが王子だから恋したんじゃないもの。あなたがあんまりにも寂しそうで心細そうで、でもそれを必死に押し殺して我慢している姿がいじらしくて助けてあげたくなっちゃったんだもの……!」
「あぁ……! メロイーズ!! 君が好きだっ。心から愛しているっ!!」
「私も好きですっ! ログタン様!!」

 王子の前だということも忘れ、メロイーズとログタンは感情を爆発させひしと抱き合った。その情熱的な抱擁は見る者の心を大きく揺さぶった。

 メロイーズがリステアに問いかけた。

「メロイーズ様……。あなたはそれで……それでよろしいのですか? 何も……恋なんてなかったと?」
「……はい。かまいませんわ。それでログタン様が苦しまずに済むのなら……」
「……」

 はじめは自分から愛しい人を奪い取る恋敵かと思った。なんならこっそり排除してしまおうかとも。けれど今となっては同じ恋に落ちた者同士、わかり合える思いもある。

 リステアは隣に立っていたファルビアを見やった。
 その眼差しににじむ懇願の色と場に漂う空気を感じ取ったのだろう。ファルビアの顔になんとも言えない困惑の色が浮かんだ。

「むぅ……。しかし、さすがに無罪放免というわけには……。それにメロイーズとて、このままというわけにも……」
「それは……」

 リステアはしばし考え込み、はっと顔を上げた。

「……では、こういうのはいかがしょう? ちょっとお耳を……」

 リステアはファルビアの耳元に口を寄せ、何事かをささやいた。

「いや……、しかしそれではあまりに……」
「問題ありませんわ。いざ目に余る行動を取るようなら、ロスデール家の力でどうとでも……」
「……」
「うーむ……」
「……運命の恋に落ちた者の気持ちは、私にもよくわかるのです。ですから……」
「……」

 リステアの顔に熱のこもった笑みが浮かび、それを見たファルビアは渋々とうなずいたのだった。

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