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「私たち、ハリル王子殿下との婚約をお断りさせていただきます!」

 王宮の大広間の高い天井に伯爵令嬢フローラとミルドレッドの声がきれいに重なり、場内は水を打ったようにしん、と静まり返った。

 突然の宣言に誰もが動揺し、また激しく混乱していた。

 それもそのはずである。本来婚約とは、一人の男性と一人の女性との間で結ばれるべきもの。なのに、今この二人の令嬢は確かに『私たち』と言ったのだ。しかも、この二人の令嬢は同じ伯爵家の姉妹なのである。その二人が、この国の次期国王と目されている王子に向かって婚約を断ると告げたのだ。
 しかも、国王も臨席する王家主催のハリル王子殿下の婚約を発表する晴れの場で。

 誰もが言葉を失い頭の中を疑問が駆け巡る中、その静寂を破ったのはハリル王子その人だった。

「い、いったいお前たちは姉妹そろって何を言い出すんだ。私との婚約を断るだと?」
「はい」

 またもきれいに重なるフローラとミルドレッドの二つの声に、ハリルは盛大に顔をしかめた。

「馬鹿も休み休み言え!ミルドレッドはともかく、フローラ。お前は私がたった今、不貞を働いた罪で婚約破棄を言い渡したばかりではないか。私がお前に、だ! その意味をお前はわかっているのか。その上で、私はミルドレッドとの婚約を新たに発表したのだからな」

 誰もが息をのんで静まり返る中、ハリルが愛するミルドレッドにちらりと視線を向ける。だがそのミルドレッドが自分の方をちらとも見ないことに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「私はこの国の次期国王として、お前のようなふしだらな女とこの国をしょって立つわけにはいかないのだ。私にふさわしいのは妹のミルドレッドだ。……なあ、ミルドレッド。君は私を愛し私の隣に立ってくれると約束してくれただろう?」

 自分の知っているミルドレッドとは明らかに感じの違う態度に戸惑いを隠せない様子で、ハリルがミルドレッドを見つめ語りかける。その表情にはどこか不安げな色が浮かんでいた。

「お言葉ですが、殿下。私もミルドレッドも、お伝えした自分の言葉の意味をちゃんと理解しておりますわ。私と妹のどちらも、ハリル王子殿下とは婚姻いたしません。そもそも、殿下は肝心なことをご存じないのです」
「な、なななな、なんだ? 肝心なこととは! この私が何を分かっていないというのだ。この生意気でふしだらな淫売め!」

 ハリルの額に、青筋がくっきりと浮かび上がりピクピクと動いた。

 貴族たちが居並ぶ公衆の面前で侮蔑の言葉を投げつけられたにもかかわらず、フローラはまったく動じず表情一つ変えず淡々と続ける。

「私と殿下の婚約はそもそも無効です。婚約届など、はなから受理されていないのですから。よって婚約を破棄するまでもなく私と殿下は無関係な間柄なのですわ。そしてミルドレッドとの婚約も、当人がそれを了承していない以上成立いたしません」

 その声に続き、ミルドレッドも澄ました表情で付け加えた。

「その通りです。それに私はこれまで一度たりともハリル王子殿下の求婚を受け入れたことはございませんし、たとえ生まれ変わってもお受けする気はありませんわ」

 フローラは、ちらりと会場の最奥にある高い座に堂々たる姿で座る国王に視線を移した。その国王がわずかにうなずくのを確認したフローラは、凛とした声で告げる。

「よって私とハリル殿下は、もとより婚約者同士などではございません。今まで私が殿下の婚約者のように振る舞って参りましたのは、あくまで国王陛下の命による、振りでございます」

 会場から、大きなどよめきが起きた。一体何事が起きているのかと、この場に居合わせたそうそうたる貴族たちは互いに顔を見合わせた。

「ははははっ! フローラ、お前は一体何を迷いごとを。自らの不貞を公にされて、さては気でも触れたか。お前との婚約の届けならば確かに出してあるし、国王にも受理されているはずだ。それになぜ、そんなことをする必要がある。お前が私の婚約者であることは、すでに周知されている明白な事実ではないか」

 ハリルはそう言って笑い飛ばした。
 次期国王の座が約束された自分との婚約が破棄されたことがよほど悔しく悲しかったのだろう。そのために荒唐無稽な作り話を口にして、自分の不貞をうやむやにするつもりなのだろうと信じて疑わないハリルである。

 が、フローラはまったく動じない。むしろその顔には余裕の色すら浮かんで見えた。その姿を目にしたハリルは、途端に不安げに顔をひきつらせた。

「なんだ、その態度は……。まさか受理されていないだと? そんなことが……そんなばかなことがあるわけ。あれは確かに……」

 そう言うとハリルは、はっと何かに気がついたように後ろを振り返った。そこには父親である国王がただじっと威厳のある姿でこちらを見下ろしている。

「そんなまさか……まさかまさかまさかっ! そんなっ! 国王自らが自分の息子の邪魔立てをするなど、そんなことがあるわけっ」

 正式に届け出たはずの王子の婚約届が最終的に受理されていないということは、それを妨害したのは間違いなく最終的に判を押す国王以外にない。もしや父であるはずの国王に自分の将来を妨害されたのかと思い至り、怒りの中に悲痛な色を浮かべてハリルが叫んだ。

「そんな馬鹿なっ! そんな馬鹿げたことをなぜわざわざする必要がぁっ! 私はあなたの血を分けた息子ではありませんかっ。なのにどうしてっ」

 いつ何時どのような事態が起ころうとも決して感情を波立たせてはならない。常に冷静沈着、威風堂々とした態度を崩さないようにと教え込まれているはずの王子としては、あまりにも冷静さに欠けた様子でハリルは叫んだ。

 様子を息をのんで見守っていた貴族たちから、ひそひそと耳打ちする声や言葉にならないざわめきが起こった。しかし自分を取り巻く視線の色が徐々に変わりはじめていることにも気付かず、ハリルは顔を怒りで真っ赤に染め国王をにらみつけている。

「殿下、少々落ち着きなさいませ。そのように次期国王ともあろう者が取り乱しては……」

 重鎮の一人が見かねて声をかけるもその手を払いのけ、耳を傾けようともしない。そんな王子の醜態を、皆が呆れたように遠巻きに見はじめた頃。

 甲高く威圧的な色をにじませた女の声が、ビリビリと会場全体に響いた。


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