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その2 やっと見つけた居場所
過去とさよなら
しおりを挟む「リイナ!? ……な、なんでお前がここに?」
「お前……、まさか今の話全部……!?」
養父母の驚きと困惑に見開かれた目に、こくりと息を飲み込んだ。そしてふたりをじっと見つめ、口を開いた。
「……今この場で、私との養子縁組を解消してください。私はもうあなたたちを家族だなんて思わないし、喜んで天涯孤独に戻ります!」
両手をぎゅっと握り合わせ声を絞り出した私を、ふたりは困惑したように見つめていた。そして。
「な……何を言うの。あんたはあたしたちの家族、かわいい娘じゃないか。そりゃ少し行き違いはあったかもしれないけど……さっきのはちょっとした言い間違いっていうか、なんていうか……」
「し……借金のことは悪かった! でもお前がこうして辺境伯様のお屋敷で料理人をすることになったんなら、これからは暮らしだってもう少し……。せっかく家族になったんだ。きっとこれからはもっとうまくやっていけるさ……。だろう? リイナ」
そんな上辺だけの言葉にもう心は揺れたりしなかった。これはきっとオズワルドが私にあのお屋敷という居場所をくれたから。もう私には帰る場所も、待っていてくれる人もちゃんといる。オズワルドもお屋敷の皆も。だからもう、ひとりになることを怖がったりしない。不安も寂しさもまったくないといったら嘘になるけど、いつか自分の本当の家族だって作ることができるんだし。
ぐっと息を飲み込み、息をゆっくりと吐き出した。
「……ずっと家族という存在に憧れていました。だからふたりが私を迎えてくれた時は本当に嬉しかった……。私にも家族ができたんだって。宿屋の手伝いは大変だったけど楽しかったし、私が病気になった時に薬草を摘んでおかゆを作ってくれたことも嬉しかった……。だから料理人になろうって思えたんだし。そのことは感謝しています」
「な……なら!! リイナ、縁組を解消するなんて言わずにあんたからもこの旦那に言ってやっておくれ!! あたしたちに罪はないって!!」
「そ、そうだ!! このままじゃ俺たちは無実の罪で牢屋に入れられちまう!! そんなのはお前だって望んじゃいないだろう? 家族なんだから……!!」
そんなふたりの言葉に苦笑して、首を横に振った。
「……もう家族ごっこはたくさんです。そんな都合のいい家族なんていらない。だからもう終わりにしたいです。それに……それにふたりとも昔はそんなんじゃなかったじゃないですか。宿屋をしていた頃は、毎日お客さんに囲まれて楽しそうに働いて……。あの頃の気持ちを思い出してこれからはちゃんとした暮らしをしてください……」
すると、養母の口元がわなわなと震えた。
「なんであんた……そんなこと……。そんなカビの生えた昔話……。今さらあんな昔のこと引っ張り出してどうしろって言うのさ……。あんなにめちゃくちゃにされちまったらどうしようもなかったじゃないか……。今さら……そんな……」
「そうだ……。あんな宿屋なんかやってたって、頑張って朝から晩まで働いたって良い酒の一杯だって買えやしない。まともな暮らしだってできないんだ……。今さら働くだなんて……そんなことしたってろくな人生には……」
養父の声に、どこか悔しそうな色がにじむ。きっとふたりの心の中にも悔しさがあったのだろう。あんなに楽しく生き生きと働いていたのだ。あの宿屋が今でもあったなら、という気持ちをどこかで捨てられずにいたに違いない。はじめから今のような自堕落な人生を送りたいと望んでいたはずはないのだから。
「……私との養子縁組を解消したら、もう一度働いてやり直してください。お酒の飲み過ぎは体に悪いし、夜更かしだって……。もう一度あの頃を取り戻してください。きっとその方がずっとましな人生を送れると思うから」
今さら宿屋を再開するのは簡単じゃないし、体だって不摂生のせいで弱っているだろう。あれからもう長い時間が過ぎてしまった今となっては、働くことだって口でいうほど簡単ではないはずだ。でも、やっぱりこのままではいてほしくない。一度は家族になってくれた人だから、良いとまでは言えなくてもましな人生を送ってほしい。
私の言葉にふたりは黙り込んだ。その沈黙を破るように、オズワルドがため息交じりにふたりに語りかける。
「お前たちに選ばせてやる。今すぐリイナとの縁組解消に署名した上借金を働いて返すか、もしくは盗みの罪で一生牢獄にぶち込まれるか。心配するな。仕事の口ならすでに用意してある。まぁ俺の力があればもっと罪を捏造してしばり首にするって手もあるが……。さぁ、どっちにする?」
ギラリと圧をかけるようにふたりににらみをきかせれば、ふたりは観念したようにがっくりとうなだれた。そしてふたりは反論することもなく、私に視線を向けることもなく無言でオズワルドの差し出した縁組解消届に署名を済ませ、オズワルドが用意した馬車でどこかへと乗せられていった。
こうして私は、また天涯孤独の身へと戻ったのだった。
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