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その1 料理人、いえ猫になりました
王都までドナドナです
しおりを挟むゴトゴト……ゴトゴト……。
ガタンッ……、カラカラ……。
王都へと向かう道のりは長い。魔法が存在する世界であるからして、地面からの衝撃を和らげ風の抵抗を避ける魔力が付加されているとはいえ、やはり遠いものは遠い。
もちろん今私とオズワルドが乗っているのは、安価な乗り合い馬車などではない。お屋敷所有の立派な、ふかふかソファとクッションがしつらえてある快適な馬車だ。最大で御者以外に計四人まで乗れるとあって、中も広々だし。そう、端と端に離れて足を伸ばして座れるくらいには。とはいえ乗っているのは、私とオズワルドのたったふたり。よってそうだらしなく足を投げ出してくつろげるかと言えば、まぁ――。
「いやぁ、うまいな。このサンドイッチは……! 一体何が挟んであるんだっ!?」
モグモグ……コクリ。
ムシャムシャ、ニコリ。
馬車の中には、パンから香る小麦の香りと肉汁たっぷりの鴨肉の燻製と特製ソースの香りが充満していた。長距離移動となれば当然お腹もすくし、喉も渇く。ならば、と朝早くから起き出してお弁当を作ったのだけれど。それをふたりでぱくつきながら、馬車にゴトゴトと揺られていた。お行儀悪く、ちょっぴり足を伸ばしたりなんかして。
「これはオズワルド様が獲ってきてくれた鴨肉を干したものにスパイスをきかせたソースをかけたもの。で、あとこっちは新鮮卵たっぷりの野菜サンドですよ!」
オズワルドの広がった鼻を見つめながら、内心ガッツポーズをとる。どうやら今日もオズワルドの胃袋を満足させられたらしい。料理人冥利に尽きる。
オズワルドに王都の祝賀会に同伴してほしいと頼まれた時は、血の気が引くと思った。だって国王主催の正式な祝賀会にこんな料理人風情が出席するなんてバレたら大変だし。でもオズワルドはわざわざ陛下に、知り合いの娘を社会勉強のために連れていきたいと交渉したらしい。嘘のような話だが、華やかな場に顔を出すのを頑なに嫌がるオズワルドが出席するのであればこの際うるさいことはいわん、と許可してくれたとかで。
そんなこんなで、はるばる王都へと向かっていた私たちなのだった。
「いやぁ~! 食べた食べた! サンドイッチなんてちっとも腹にたまらないと思っていたが、このソースと肉が実に食べごたえがあってうまかった! ごちそうさん! ありがとうな、リイナ」
みればすでにたくさん作ってきたはずの弁当箱は空っぽだった。そのほとんどはオズワルドのお腹の中に収まっているのだから、その食欲と胃袋の強靭さに驚く。はるばる私たちを運んでくれる御者の分は別にしておいて良かった……と胸をなでおろした。
すると満足そうに息を吐き出したオズワルドが私に問いかけた。
「しかし、たった二年半の修行でこれ程のものを作れるとは才能だな! リィナは俺と同じ孤児だったんだよな。なんでまた料理の道を志したんだ?」
「なんで……? うーん……。そうですねぇ。きっかけは、おかゆ……ですかね……?」
「おかゆ……?? なんだそりゃ??」
あれは私が養父母の元に引き取られて一年が過ぎたばかりの頃、流行りの熱病にかかった。ひどい高熱にうなされ、もう私の人生はここで終わるのかもしれないと弱気になりながら寝込んでいた時のこと。
『ほら、食べな。熱に効くっていう薬草をあの人が採ってきたんだ。このかゆを食べればきっと熱も引くさ』
そう言って、養母が私に一杯のおかゆを差し出してくれたのだ。
『……なんだい? その顔は? いらないのかいっ!?』
まさか看病なんてしてもらえるだなんて夢にも思わず、熱でぼんやりしながら養母の顔を見つめれば。
『これ……作ってくれたんですか……? 私のために、薬草を……わざわざ……?』
そんな情や優しさを見せてくれたことなんてそれまで一度だってなかったのに、一体どうしたのかと驚きを隠せずぽかんと義母の顔を見やれば。
『なんだい!? 勘違いするんじゃないよ? それを食べてさっさと働きなっ! そのために決まってるじゃないかっ!!』
その言葉もきっと本心ではあるのだろう。でもそのおかゆは熱ですっかり弱った私でも食べやすいようにきちんとやわらかく煮込まれていて、優しく味付けされたその塩味と薬草の苦みがなんとも心と体に染み渡るようにおいしくて。
「……誰かにあんなふうに看病してもらったのもはじめてだったし、あんなにおいしいおかゆを食べたのもはじめてで。それがすごく嬉しかったんですよね……。誰かが心を尽くして作ってくれたごはんってあんなにおいしいんだなって」
「お前の義親が……なぁ……。正直借金の話を聞いた後じゃ、想像もつかないが……。それで料理人を目指したのか。なるほどなぁ……」
たかが孤児、あのまま見捨ててもきっと誰も責めなかっただろう。だって孤児は働き手や稼ぎ手としてもらわれることはあっても、かわいがられるためにもらわれることなんてまずない。なんなら過酷に使い捨てされたって文句は言えない立場なのだから。でもあの時養父母はそうしなかった。それがどれほど嬉しかったか。
だから心から恨む気にはなれない。給料を全部使い込まれても、私を残してどこかへ消えてしまっても。それでも、養父母が私に生きる目的と道をくれたことに代わりはないのだから。
「ま、おかげで俺はこんなにうまい飯を食えるんだ。その意味では感謝してもいいかもしれんな。俺も似たようなもんだしな。武人の道に進んだのは……」
「オズワルド様はどんな経緯で軍人になったんですか? 十三才くらいの時にどこかの警備隊の門を叩いたって聞きましたけど……」
オズワルドも私と同じ孤児の身だ。とある警備隊にある日突然入隊を志願して、はじめは他の軍人の手伝いなんかをしながらあっという間に頭角を現したと聞いている。
「……あぁ。実は俺は両親を隣国兵に殺されてな。危うく俺も殺されそうになったところをダーマッドという武人に助けられたんだ。その男が腕のたつ武人だったから、その影響で剣の道に入ったんだ」
「えっ……!? 殺されたって……どうして……!?」
驚く私に、オズワルドはぽつりぽつりと話しはじめたのだった。
これまでの過酷な半生を――。
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