死神主と辺境の守護猫(ニャ) 〜大の猫嫌いの強面辺境伯が、猫化した私に超絶デレた件につきまして

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

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その2 やっと見つけた居場所

レキオルがやってきた

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 その翌日、屋敷にレキオルがやってきた。王宮で私を診察してくれたあの医者を引き連れて。  

「ふむ……ふんふん。……うむ、問題は特にないようですな。健康状態も良好ですし。この調子なら薬の効果も後遺症なく抜けるでしょう」 

 王宮でも診てもらった医者に特に心配はいらないとお墨付きをもらい、ほっと胸をなでおろす。 

「そうか……、良かった……。それで、薬の効果があとどのくらい続くかは?」 

 オズワルドも安堵の表情で医者に問いかける。 

「それについては、レキオル様からお話されるがよろしいでしょうな。あの魔法薬の分析結果とも関わりがあることですし……」 

 何やら意味ありげな物言いに、ごくりと息をのんだ。するとレキオルは。 

「実はあの魔法薬の分析をこの国随一の魔法薬の研究者に調べてもらったんだけどさ。ちょっとおかしな効果が付与されてることが分かったんだよねぇ……」 
「ええええっ!?」 
「なんだとっ!?」 

 その発言に私とオズワルドが同時に叫んだ。するとレキオルはまぁ落ち着け、と私たちをなだめ続けた。 

「この薬の効果が体内から完全に抜けた後の話なんだけど、いくつか特異な変化がそのまま残るらしいんだ……。まずひとつが、夜目がきくようになること。猫と同じく暗闇でもものがよく見えるようになるらしい。その代わり暗がりでは目が反射で光るらしいから、専用の眼鏡をかけたほうがいいかもね」 
「……。それは……なんとも微妙な能力ですね……。すれ違った人たちをびっくりさせちゃいそうです……」 
「で、ふたつめなんだけど……。リイナちゃんって、高いところ平気なタイプ?」 
「いえ? 足がすくんで震えちゃうので苦手ですけど……。それが何か?」 

 そう答えて、ふと気づいた。そういえば猫化するようになってから高い場所が以前より平気になった気もする、と。 

「あぁ! ならもしかしたらもう効果が出てるのかもね! 高いところが平気になるらしいんだよ。猫って結構高いところに登りたがるでしょ? 薬が切れてからも多分高いところが平気になるかもよ」 
「なるほどなるほど! 苦手なものが平気になるんなら、お得な気もしますね!」 

 これまた特に影響が残っても、損はしなそうではある。高いところのものを取ったりするのに便利だし、屋根の上に登って夜空を見るのも素敵だし。同じことを考えたらしく、オズワルドもなんとも言えない顔をして首を傾げた。 

「……? なんだか後遺症というにはあまり問題のなさそうな影響だな……」 

 オズワルドも幾分ほっとしたらしい。確かにこんな後遺症ならむしろラッキーと言えなくもない。 

「……で、次が最後なんだけど……」 
「ま……まだあるんですか!?」 

 ゴクリ……。 
 もしや最後の後遺症というのが問題ありだったりするんだろうかと、ごくりと息をのめば。 

「残りのひとつは……嗅覚が猫並みのまま残るらしいんだよね。はははっ!」 
「嗅覚が……?? ということは、今よりもずっと鼻が効くようになる??」 

 一瞬考え込み、はっと気づいた。それはむしろ料理人としてはありがたいのでは、と。だって嗅覚が発達しているならほんの少しのスパイスの匂いだって嗅ぎ分けられるし、食材の鮮度だってすぐに見分けられるかもしれないし。 

「どれもまぁそんなに実生活で損ってこともないだろうけど、ちょっと体に変化はあるだろうなって……。この付与効果を消す方法はどうも今のところないみたいでさ。本当にごめんね? リイナちゃん」 

 レキオルによれば、この魔法薬の分析をしてくれた研究者というのはとんでもない天才らしい。大分変わり者でもあるらしいけど。魔法薬にかけてはこの人の右に出る者はいないと言われるくらいの人でもその効果を消すことはできないらしいから、この後遺症が全部発現してしまってもうまく付き合っていくしかないだろう。 

「分かりました! まぁどれもそんなに困った後遺症でもなさそうですし、なんとかします! 色々と調べていただいてありがとうございました。レキオル様もその研究者の方も!」 

 ということは後はこの魔法薬の効果が一日も早く切れるのを祈るだけか……と考えていると、何かを思い出したようにレキオルがポケットから小さな瓶を取り出した。 

「あぁ! あとこれを預かってきたんだ。……はい、これ。これを飲めば、体内の薬の効果を早く消せるらしいよ」 
「えっ!! ……ということは、これを飲めば薬の効果が早く切れる……?? 猫化しなくなるってことですか!?」 

 その小瓶に、思わず飛びついた。だってもし猫化しなくなれば、養父母がこの屋敷に押しかけてくる前にここを出ていけるかもしれない。あの借金取りだって今なら見逃してくれるって言ってたし。 
 心の中でそんなことを考えていると。 

「さ、これでひとまず診察は終わったし、あとは……! リイナちゃんっ、王都からはるばるきた俺に何か作ってくれないかっ!? オズワルドが自慢してた例のガツンとしたやつっ!! それだけを楽しみに寝る間も惜しんで大急ぎで仕事を片付けてきたんだよっ!! だから頼むっ!!」 
「えっ!? は、はい! もちろんです!! って……、ん?? あれ……??」 
「え……??」 

 ぐいっと身を乗り出し嬉々として私の手をがしっとつかもうとレキオルが手を伸ばした瞬間。 

「……っ!? はっ……!!」 

 ひゅるるるるるる……。 

「……みゃ??」 

 次の瞬間、私は見事に猫に変化していた。目の前でしゅるしゅると人から猫の姿に変化した私をレキオルは呆然と見つめ、そしてわなわなと肩を震わせながらつぶやいた。 

「え……? 嘘……でしょ? リイナちゃん……このタイミングで、猫に?? ということは、ガツンとした料理は……!? ガッツリ庶民飯は!?」 

 その肩を、オズワルドがぽん、と叩いた。 

「……あきらめろ、レキオル。あの小さな丸いかわいい手では包丁は握れない。運がなかったな……」 
「そんなぁ……。俺それだけを楽しみに、今日の分の仕事を死ぬ気で終わらせてここにきたんだぞ……? くうぅぅっ……!!」 

 レキオルの悔しそうなうめき声を聞きながら、私は。 

「にゃあぁぁぁんっ!」 

 と元気よくひと鳴きしたのだった。 

 


 そしてがっくりと肩を落としレキオルが帰ったあと、私はレキオルから受け取った薬をぼんやりと見つめていた。 

 猫化した状態では薬の影響が強く出すぎて何が起きるかわからないらしく、まだ飲むわけにはいかない。でも、人化したらすぐにでも飲むつもりでいる。これを飲めば少しは早く薬の効果が切れるはず。そうなればもう猫化する恐怖に怯えることなく、どこでだって普通の料理人として働けるはずだ。そう、このお屋敷ではないどこかの料理屋とか宿屋なんかで――。 
 そうすればもうあの借金取りがこのお屋敷にくることもないだろうし、養親だってお金をたかりにこれないはず。 

(ここではないどこか……か。せっかく……素敵な居場所を見つけられたと思ったのにな……。ずっとここにいられたらって……思ってたのにな……) 

 ふとこのお屋敷の厨房ではないどこかで、見知らぬ料理人や客たちに囲まれて働いている自分の姿を想像してみた。それは別に不幸なんかじゃないし、それはそれできっと働きがいがあるのかもしれない。でも――。 

(寂しいな……。ここにいたかったな……。オズワルド様や皆の嬉しそうな笑顔を見ながら、毎日料理を作っていたかった……。なんでこんなことに……) 

 じんわりと視界が歪んでいく。 
 猫もこんなふうに泣くんだな……なんて思いながら、私はいつまでもその瓶をぼんやりと見つめていた。 

 
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