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2章
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しおりを挟む「あの男、誰だよ……」
口からつぶやきがもれた。
年や背格好は、多分自分と同じくらいだろう。
やたら親しげにリフィに話しかけ、リフィもそれに笑みを浮かべて何か答えているのが遠目でも分かる。その上、馬車に乗り込もうとするリフィの手をさりげなく握り、支えてやっていて。
そのあまりに近すぎる距離に、気付けば俺は拳をぎゅっと握りしめていた。
なんであの男、リフィの手を握ってるんだ。何者だ?
リフィには兄はいないから家族であるはずがないし、家族じゃないにしてはあまりに距離が近すぎる。
気がついたら、向こうから気づかれるかもしれないのに大きく身を乗り出していた。
そして、男はこともあろうにリフィと同じ馬車に乗り込むと、二人を乗せた馬車は動き出した。
呆然とする俺を残して。
「なんだよ……。なんなんだよ……。リフィ、その男は一体、誰なんだ……」
嫌な想像しか浮かばない。
もうリフィは婚約者がいない身なんだ。だとしたら、次の婚約者探しをはじめたって、全然おかしいことじゃない。
だけど――。
思いもよらぬ光景に衝撃を受け、その場に立ちすくんだまま身じろぎ一つできなかった。
きっとリフィは気づいていないはずだ。俺がここにいたことに。今頃俺がのこのこ現れるなんて、きっと想像もしていないだろうし。
だから、きっと一瞬リフィの目がこちらに向いた気がしたのは、しかもその直後にリフィがぱっと顔を背けた気がしたのは、きっと気のせいだ。
俺がいるこの場所は屋敷からは離れているし、こんな茂みに誰かが隠れているなんて考えもしないだろうし、見つけられるはずがない。
だから俺がこんな今にも泣きそうな情けない顔をしていたことは、リフィは永遠に知らないはずだ。
リフィが最後に見た俺の姿がそんな情けない姿じゃなかっただけ、まだマシなのかな。
そんなことを考えながら、俺は去っていく馬車を名残惜しそうに見つめることしかできなかった。
「リフィ……」
口から、大好きなリフィの名前がぽろりとこぼれた。
絶望が鉛のように体にのしかかってくるような気がして、俺はただこれからどうしたらいいのかをぼんやりと考え込んでいた。
◇◇◇◇
呆然としたまま向かった先は、あの日婚約解消の場に居合わせた友人、トリアスの屋敷だった。
今にも消し飛びそうな疲れ切った顔で現れた俺に、トリアスは眼鏡の奥の目を驚きで丸くしていたけれど、何かを察したのか黙って屋敷へと招き入れてくれた。
そのトリアスの寡黙さが、嬉しかった。
くたくたに疲れ切っていた。体も、心も。
まぁあれだけの距離を走り続ければ、疲れるのは当然だけど。
でも何より堪えたのは――。
あの男に向けられたリフィの笑顔と二人の重なった手を思い出すと腸が煮えくり返る一方で、自分の情けなさに泣きそうにもなる。
この五年間、リフィの手を握ったことなんてそれこそ数えるほどしかない。数少ないダンスの時と、あとはリフィが転びそうになった時なんかに手を差し出した時くらい。
いずれ結婚するかもしれない間柄だったっていうのに。
結局は自分のしてきたこと、してこなかったことが今になって跳ね返ってきたんだ。最悪な形で。すべてが自分のせいであると考えれば、もう何もかも遅いのかもしれない。
女神の手鏡なんてお助けアイテムが、あってもなくても――。
絶望的な気分だった。
だからきっとここへきたんだ。今この瞬間にも崩れ落ちそうな自分を、誰かに助けてほしくて。
「……少しは、落ち着いたか?」
トリアスが用意してくれたブランデー入りの熱い紅茶を飲み、ようやくこわばっていた体から力が少し抜けていく。
そして気がつく。手のひらがなぜかじんじんと痛むことに。
手を開いて見てみれば、そこには自分の爪が食い込んだ跡に薄っすらと血が滲んでいた。
そうか、そう言えばずっと拳を握りしめていたな。なんてほんの少し冷静さを取り戻した頭で思いながら、自嘲する。
「何があったんだ? ひどい顔色だぞ」
ゆっくりと穏やかな声で、トリアスが尋ねる。
「……ああ、いきなり押しかけてすまない。なんか……家には帰りたくなくて」
そんなにひどい顔をしているだろうか。
そう言えばあの手鏡に写った自分の顔も、大分ひどい顔色だった気がする。目の下の隈はもう見慣れたけど、しっかり三食食べている割に頬もこけたような。
「実は……リフィに会いに行ったんだ。そしたら、知らない男が一緒で……どこかにおしゃれして同じ馬車に乗り込んで出かけていって……。俺は、それをただ見ているしかできなくて……」
絞り出すように、そう説明するのがやっとだった。
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