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2章
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しおりを挟むうつむいた頭の上で、トリアスがやれやれといったようにため息を吐き出すのが分かる。
「そっか。……実はお前には黙ってたけど、少し前からリフィ嬢が見たことのない若い男と連れ立っているって噂があるんだ。お前と婚約を解消したっていう話はもう知れ渡ってるからな。次の婚約者ができてもおかしくはないだろうけど……」
俺がうじうじと屋敷に引きこもっている間に、そんな噂が流れていたのか。
自分だけが何も知らないうちに、もう時間は流れていたんだな。
そう思うと、これ以上ないくらいどんよりと心が沈み込む。
「そっか……。もう五ヶ月だもんな。俺との婚約を解消して。他の婚約者を探すのは、当然っちゃ当然だよな……」
そうだ。リフィは何も悪くない。至極当然のことだ。もう十五才なんだし、早く婚約者を決めたほうが良いに決まってる。
「その光景にショックを受けて、ここに逃げ込んできたってわけか。……まぁお前の気持ちもわかるよ。そんなの目の前で見せつけられちゃったら、やりきれないよな」
トリアスの声に、同情の色がにじむ。
「そうだ、今日は泊まっていけよ。メリル。愚痴でも相談でも存分に付き合ってやるよ」
「トリアス……。ありがとう……ごめん」
トリアスがいてくれて良かった、と思った。
こんな優しい友人がいてくれる。こんな俺みたいなダメな奴にも。
それは、ずたぼろな心にいたく染みた。
「そういえば、皆にもずいぶん会っていないな。婚約解消のあと、何度も会いに来てくれたのに俺は……」
あの時一緒にいた、ガーランとジーニア、リードはどうしているだろう。
あの後あいつらは何度も俺を心配して屋敷に足を運んでくれていた。けど、抜け殻になっていた俺は、多分ろくな対応もせず追い返していた気がする。誰にも会いたくないと言って。
婚約が解消されたのは自分の不甲斐なさが原因なのであって、あいつらのせいなんかじゃないのに。
もちろんあの時の会話が引き金にはなったのかもしれないけど、遅かれ早かれ同じ結果になっていたんじゃないかと、今は思う。
「ごめん。トリアスも何度も屋敷にきて色々心配してくれてたのに。悪かった」
「……気にするなよ。あんなことがあったんだ。俺たちの方こそ、わざとじゃないとはいえあんなことになって責任を感じてたしさ。心配するのは当然だろ」
トリアスの声がいつになく優しくて、うっかり泣きそうになる。
「俺、分かったんだ。なんで婚約が解消されたのか。リフィの父親が見限るのも当然なんだ。俺は五年もの間、ただ心の中でリフィを思ってただけでそれを言葉にも態度にも出さず、それでリフィに嫌われないと思ってた大ばか者なんだから」
ようやく、色々と腑に落ちた。
これまでは全然分かってなかったんだ。あの会話さえなければ、婚約解消は簡単にひっくり返せると思ってた。
だってあの会話でリフィとリフィの父親に誤解されたから、婚約解消なんてことになったと思ってたから。
でも、実際には違った。
原因はもっと別のところにあった。
俺自身だ。
「好きなら好きってなんで言わなかったんだろ。誰にも渡したくないくらい好きで、まともに顔を見て話せないくらい大切に思ってるって、そう言えば良かったんだ。うざいとか思われても、こんな結果に比べればまだその方がましだった……」
ずっと誰にも言えずにきた言葉が、次々と溢れ出る。
本当に聞いて欲しい人は、ここにはいないけど。
「どうしても気持ちを伝えたくなって会いに行ったけど、もう遅かったみたいだ……。俺がのろのろしてるせいで、最後のチャンスすらなくしてしまったんだな……。本当、情けないよ」
もしかしたら婚約が解消されてすぐに、どんなにリフィの父親に追い返されても何度だって押しかけてリフィに会いに行けばなにか変わっていたのかもしれない。
少なくとも、俺のリフィを思う気持ちくらいはほんの少しくらいは伝わったろう。
でももうリフィが新しい恋をはじめているのなら、それを邪魔してはいけないとも思う。いや、本音では当然邪魔したいけど、これ以上リフィを傷つけたくないし困らせたくもない。
だから――。
「なぁ、メリル。もう五ヶ月ってお前さっき言ったけど、まだたったの五ヶ月だ」
「……え?」
トリアスの真剣な声に、弾かれたように顔を上げる。
「五年って、そんな簡単に気持ちを切り替えられるような時間か? 五年だぞ? 五年もの間、ずっと婚約者だったんだ。全く気持ちがなかったら、とっくに婚約なんて流れていたはずだ。利害なんてお前たちの家同士じゃ特にないんだし」
「……」
トリアスの目が、こちらの気持ちをうかがうように鋭くなる。
「噂だよ。ただの。本当のところは、結局本人に聞いてみなきゃわかんないだろ。なら、聞いてみれば良い」
「聞くって……リフィに直接話に行くってことか?」
トリアスが口元ににやりと笑みを浮かべて、うなずいた。
「俺たちも、お前の婚約解消には責任を感じてるんだ。他に原因はあったにせよ、少なくともこじれる要因になったのは間違いないんだから。だから、手を貸すよ。どうせなら最後まであがこうぜ。好きなんだろ、その子のこと」
「ああ、……好きだよ。ものすごく」
もう気恥ずかしいだのなんだのといった感情すら取り繕うのも忘れて、そう答えれば。
「なら、とことん最後まであがけばいい。カッコ悪くたって情けなくたって、何もせずにしおれてるよりはマシだ。ということで……」
「ん?」
トリアスの顔に広がった含み笑いに、首を傾げれば。
「あいつらも呼ぼう。ガーランとジーニア、リードのやつもさ」
そして、トリアスはにやりと笑ったのだった。
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