14 / 24
2章
8
しおりを挟むトリアスの行動は、早かった。
気がつけばあっという間に、あの時の面々が屋敷に集合していた。
「うわあぁぁ~っ! メリル~! ごめんっ。本当に悪かったよぅ。俺まさかあんな所にお前の婚約者がいるなんて思わなくてさ、余計なこと言っちゃって……」
リードが顔を見るなり、泣きながら抱きついてくる。
いや、うん。再会を喜んでくれるのは嬉しいけど、とりあえず服に涙と鼻水をつけるのは止めてほしい。
久々にリフィに会えるかもと思って、それなりにいい服着てるんだ。もっとも、もう汗まみれでしわしわだけど。
「いや、別にお前のせいじゃない。俺が不甲斐なかっただけだからさ。だから泣くなよ、リード。な?」
申し訳ない気持ちになって、リードの背中をなだめるようにぽんぽんと叩く。
リードはちょっとふざけたところもいい加減なところもあるけど、いい奴には違いない。ただちょっと間が悪いだけで。
そんなに泣くほど心配してくれていたのかと思うと、心が痛む。
「ずっと気になってたんだ。お前どんな集まりにも出てこないし、会いに行っても目が虚ろだし。……でもこうしてまた会えて嬉しいよ。メリル」
「うん……。悪かった、心配かけて。ありがとな。ガーラン」
友人たちの中では一番ノリが軽く女性問題で少々難のあるガーランだが、実は婚約者にべた惚れなのを知っている。
女性の扱いがうま過ぎるせいで、揉め事に巻き込まれがちなのは確かだけど。
そのガーランの顔にも、心の底から安堵した表情が浮かんでいた。
「うちの領地で評判のワインと食べ物を持ってきたんだ。一緒に食べよう! こういう時はしっかり食べて眠るのが一番だから」
ジーニアは、荷物の中から大量のそれらを取り出しすとにこやかに笑った。
こんなにどっさり、重かったろうに。
「……ありがとう。ジーニア。今まで本当、ごめんな」
リフィとの婚約が白紙になって、どうやら自分の気持ちしか見えなくなっていたらしい。
こんなに自分を心配して力になりたいと思ってくれる人たちが、ちゃんといたのに。
あの女神がそれに気づかせてくれたのかもな、なんて思ったりもする。
大分ヘンテコだけど、あの女神が過去に戻れる手鏡をくれたからもう一度あがいてみようって思えたんだから。
「本当に皆、ごめん。連絡もしないで。それにきてくれてありがとう。本当、嬉しいよ。……俺、もうやめる。一人でうじうじするの」
皆の顔を見たら、不思議と力が湧いてきた。
あがいてみよう、そんな気持ちがむくむくと沸き上がってくる。
だから、俺は覚悟を決めることにした。今度こそ。
友人たちの顔を見つめ、俺は口を開いた。
「皆に頼みがあるんだ。俺、どうにかしてリフィともう一度ちゃんと話したい。でも正攻法じゃリフィの父親に追い返されるからさ、他の方法を探したい。そのために、手を貸してくれないか」
半分はやけくそで、もう半分はどうしてもこのままリフィを失いたくない一心でそう頼み込んでいた。
俺の頼みに、目の前にずらりと並んだ心優しき友人たちはしばし顔を見合わせ、そして笑った。
「問題は、どう接触の機会を作るかだよな」
「そうだな。さすがに二人きりはまずいだろうし、となると人目のある屋外かな」
「まずは、リフィ嬢の行動範囲を調べよう。そういう情報ならお前が一番入手しやすいだろ、ガーラン」
「任せといて~。知り合いの女の子とか、リフィちゃんの出入りの店で色々聞いてみるよ。ジーニア、君も手伝ってくれる?」
「そうだな。ガーランだけじゃまた揉め事が起きそうだし。ジーニアがいてくれれば安心だ」
情報担当は、ガーランとジーニアで即決らしい。
うん、異議なし。
「あとは……、できれば例の男と一緒に遭遇するのは避けたいけど、女の子同士の買い物中なんかに割り込むわけにはいかないし……。となると、その男についての情報もほしいな」
「それは俺が引き受ける」
トリアスが眼鏡のつるを人差し指でくいっと直しながら、挙手する。
「心当たりでもあるのか? トリアス」
リードの問いかけに、トリアスは少し考え込む。
「まぁな。奴に似た男を顧客先で見かけたことがあるんだ。もしかしたら、うちの商売絡みかもしれない」
それは朗報だ。
正直言えば、あの男のことを思い出すとムカムカもするけど、どんな男なのか知りたい気持ちもある。
「えっとじゃあ、俺は? なんでもやるよ?」
リードの顔が期待に輝く。
が、返ってきた反応にすぐにしょげ返った。
「お前は、集まった情報の整理番」
「えー? なんでだよ。おれだけ待機組かよぉー」
リードが不満そうな声を上げる。
けど、俺も賛成だ。
リードはちょっと口が軽いし、うっかり情報を漏らしかねないからさ。
それまた満場一致で決まり、リードはちぇっ、と口を尖らせたのだった。
「さて、じゃあ早速行動開始だ。メリル、お前はリフィ嬢に会って何を伝えるのかにだけ集中しろ。お前、口下手だからな」
「え? お……おお。分かった」
さっきまでどんよりと暗く曇っていた気持ちが晴れていく。
女神の手鏡を手に入れても、過去は変わらなかった。なら、今を変えるしかないんだ。自分で行動して。
カッコ悪くても、情けなくても。
「任せとけ、メリル! もし上手く行ったら、その時は何なにかごちそうしてくれよ」
「あ! なら俺は、四つ葉亭のステーキがいいな。パン山盛りで」
待機組のリードが期待に目を輝かせて声を上げるも、すかさずトリアスから突っ込みが入る。
「おい……リード。上手く行ったらって言うけど、会ったら万事解決じゃないんだぞ。むしろその後が問題なんだ」
「そうだよな。もしこの不器用で口下手この上ないメリルがリフィちゃんに上手く気持ちを伝えられたとしても、また婚約を結び直すのはそう簡単じゃないだろうし」
「そっかぁ……。そうだよなぁ……。メリルだもんなぁ」
リードに悪気はない。それは分かる。そして、トリアスとガーランの心配も至極もっともだ。
でも! そうなんだけど! ちょっと辛口過ぎないか?
「ダメ元なのは分かってる。でもやれるだけやってみるよ」
辛口な友人たちの声に少々意気消沈しながらも決意表明した俺の肩を、ガーランが叩く。
「お前は口下手で愛情表現も苦手だし、本当に不器用な男だけどいい人間だ。俺が保証する」
「うんうん。メリルはちょっと分かりにくいけど、すごく優しいし人が良いよね。困った人とか放っておけないタイプ」
ガーランに続いてジーニアがそう言えば。
「筋金入りの不器用だけどな。まぁ、信頼できる人間なのは間違いない。その実直さこそ、お前の売りだよ」
トリアスまでもがそう付け加えて、澄ました顔でにやりと笑った。
「もちろん俺もメリルのこと、すっごくいい奴だって思ってるよ! 大事な友だちだもん。メリルも、お前らも! だからさ、きっとお前ならうまく伝えられるし、リフィちゃんだってちゃんと分かってくれるよ」
最後は、リードだ。その真っ直ぐな励ましに、なんだか少し目の奥が熱くなる。
「まったくお前らは本当に容赦がないな……」
潤んだ目をごまかそうと、そうつぶやけば。
「頑張れよ、メリル。俺らがついてる。やれるだけやってみろ」
「そうそう! メリルの思いが伝わるように俺、願かけしとくよ。お前がリフィちゃんと会えるまでは甘いもの断ちする」
「……それ、なんか意味あるのか?」
「まぁ、玉砕したら皆でやけ食いやけ酒でもしよう。朝まで飲んだくれても、ちゃんと介抱してやるよ」
友人たちの、頼りになるのかならないのかよく分からない励ましに、苦笑する。
「……ありがとな。お前ら」
ちょっぴりにじんだ視界を、俺はにかっと笑って誤魔化したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜
万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる