女神が過去をやり直せる手鏡をくれたので、婚約解消された元婚約者に今度こそ愛を乞うことにした

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
23 / 24
3章

しおりを挟む




 それからさらに時が経過して――。

 ミコノスの花が盛りを迎えた、雲ひとつなく晴れたある日。

「リフィ? 準備はできた? 花婿さんがお待ちかねよ」

 晴れやかな日差しが降り注ぐ部屋の中、リフィは純白のウエディングドレスを身にまとい振り返った。

「はい! 今行きます」

 そして、自室のドレッサーの引き出しの奥に手に持っていたものをそっと隠す。

「ここならきっとメリルの目にはつかないし、メリル以外の人が見てもただの小洒落た手鏡にしか見えないもの。大丈夫よね」

 リフィの口元に、小さな笑みが浮かぶ。

「まさか、メリルもあの女神に会っていたなんて。なんて不思議な偶然……」

 リフィは少し前にメリルが話してくれた、不思議な過去の話を思い返していた。



『信じないと思うけど、実は俺。過去に戻ったことがあるんだ』
『過去に……戻る?』

 何かの話の流れでなぜかそんな話になって、思わずドキリとした。
 だって、私もほんの数ヶ月前に同じようなことを体験していたから――。


 あれは、ある日の夜のこと。

 メリルとの婚約がなくなって毎晩泣いてばかりで、でもどうしたらいいのかも分からずに眠れずにいたら、窓辺に女神が現れた。
 きれいな長いひらひらとした長衣を着て、宙にふわふわと浮かんでいる女神が。

 その女神に、『過去に戻りたいのでしょう? ならこれをどうぞ』と過去に戻れる不思議な手鏡を渡されて。

 もちろん、私はその話に飛びついた。
 この手鏡を使って過去に戻れば、メリルとの婚約解消がなかったことにできるんじゃないかって思ったから。

 でも――。
 結局何も変わらなかった。途中で気がついたの。結局は今を変えないと仕方ないんだって。

 そういえば、メリルも同じようなことを言っていた。
 過去に戻って婚約解消をなかったことにしたかったけど、結局結果は変わらなかったんだって。だから直接私に会いに行って思いを告げようって、決心したんだって。

『過去に戻る必要なんてないんだ。だってもうこうして、ここにリフィがいるからさ。それだけでいいんだ。今と未来があれば、それでいいんだ。今が一番大事なんだからさ』って。

 もちろんメリルは過去にどうやって戻ったか、詳しくは教えてくれなかった。

 でもきっと、メリルも持っているはず。
 ちょっと変わった女神にもらった、あの手鏡を。



「秘密のひとつくらいもってお嫁に行ってもいいわよね。それにもうこれは、ただの手鏡なんだし」

 だから、この手鏡を私も持っていることはメリルには内緒。
 女神様にも、他の人には言っちゃだめって口止めされているしね。

 リフィはふふっと小さく笑い、引き出しをそっと閉めた。

 そして部屋を後にして、花婿の元へと歩き出したのだった。




 ◇◇◇◇


「おめでとうーっ! メリル! リフィちゃんっ」

 リードが手に持っていたかごからミコノスの花びらを手のひらいっぱいにつかむと、勢いよくメリルとリフィに向けて放った。

「ぶわっ! おい、リード! 顔に投げつけるのはやめてくれ。頼むから頭の上にふわっと優しく投げてくれよ」

 口の中に盛大に花びらが入り思わず声を上げると、リードが笑いながら頭をかく。

「あっ! ごめんごめん。こうか?」

 リードがもう一度手に花びらをつかむと、今度はふんわり花びらが辺り一面に舞った。

 ミコノス特有の優しい甘い香りが漂って、花びらがリフィの着ている純白のドレスの上にまるで飾りのようにふわりと乗った。

「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど本当にうまくいって良かったな。メリル、リフィちゃん。今日は本当に結婚おめでとう!」

 ガーランが、心から安堵した様子で祝福すれば。

「本当にリフィちゃん、めちゃくちゃきれいだ! メリルが言ってた通りだ。ミコノスの花が似合うんだね! すっごくかわいいよ」

 リードが満面の笑みを浮かべて、これでもかとミコノスの花びらでリフィのまわりを埋めていく。
 ちょっとやりすぎじゃないかと思うくらいに。

「二人とももし困ったことがあったら、下手にこじれる前にちゃんと言え。力になってやる」
「そうそう。俺たちは友だちなんだからさ。たまには俺たちともちゃんと会ってくれよ」

 眼鏡のつるを指先で直しながらそう言ったトリアスに同意するように、ジーニアがうんうんとうなずく。

 今日を無事に迎えることができたのは、この友人たちのおかげだ。こいつらたちが力になると言ってくれなかったら、きっとあのままくじけてまたうじうじと引きこもっていたに違いない。

 もちろん、あの女神が一番最初のきっかけを作ってくれたとは思ってるし、感謝もしてるけど。
 結局手鏡は、あんまり役には立たなかったからさ。

「ああ。本当に色々ありがとうな。お前たちの助けがなかったら、きっと今日を迎えられなかったかもしれないからな。本当に感謝してるよ。俺もお前たちが困ったときにはいつでも助けに行くから、呼んでくれよな」

 そう頭を下げれば、個性的だけど皆気のいい友人たちは照れくさそうに笑った。

「さ! 今日は君たちの門出だ。盛大に祝おうぜ!」
「賛成ーっ!」
「じゃあ俺手品やるっ!」
「絶対それスベるだろ……。止めとけ、リード」
「ええーっ? 自信あるのにぃ」


 家族や友人たちにあたたかく見守られ、今日からまた俺とリフィの新しい運命がはじまっていく。

 
 絶対に幸せにするぞ、という強い意気込みの裏に、ほんの少しの不安はあるけど。
 でも、決めたんだ。絶対にリフィと幸せに生涯を生きていくんだって。


 大変なことや上手くいかないことはこれからもたくさん起こるだろうけど、それに折れたりしない。
 だって、隣にはいつだってこうして大好きな人がいてくれるんだから――。


 俺は世界一かわいいリフィの手を、ぎゅっと握りしめた。
 見つめ合い、ふふっと笑い合う。

 生まれてはじめての一目惚れの相手が婚約者になって。
 元婚約者になって。

 なんとかかんとか、また婚約者に戻って。

 そしてこれからは――。

「これからどうぞ末永くよろしく。俺のかわいい奥様」

 そう微笑めば。

「ふふっ。こちらこそ、よろしくね。愛しい旦那様」

 婚約者から夫婦へと形を変えて、俺たちはまた新しい人生を進んでいく。

 二人手を取り合って、どんな時も離さずに。

 ずっと――。




 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。 涙を流して見せた彼女だったが── 内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。 実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。 エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。 そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。 彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、 **「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。 「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」 利害一致の契約婚が始まった……はずが、 有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、 気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。 ――白い結婚、どこへ? 「君が笑ってくれるなら、それでいい」 不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。 一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。 婚約破棄ざまぁから始まる、 天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー! ---

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...