思い込みの恋

秋月朔夕

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(『あの蓮くん』がわたしに一目惚れなんてするわけないでしょ!)


 思わず叫びたくなったのをグッと堪える。

 なんだそれ。ガセにも程があるだろ。
 というか、彼と噂になっていたのは読モの子やテニサーの姫や生徒会長の先輩とかのカースト上位の子達ばかりだ。そんなよりどりみどりな状態だったのに、彼は誰も『特別』に選ぶことはなかった。
 だからこそ自分に自信がある彼女達は彼に選ばれようと躍起になっていた。そんな彼女達をさしおいて、そこら辺に居そうな平凡女に一目惚れなんてありえないだろう。

 仮に、万が一に、もしも、本当に蓮くんが言っていたとしても、その場を切り抜けるための適当な方便に違いない。そんな雑な爆弾投げつけてこないで欲しいし、こちらでの処理はしかねる。

 まぬけた声を出したわたしに田中さんは吹っ切れたのか先程の躊躇いが嘘のようにグイグイと詰め寄ってきた。まさかの猛攻にタジタジになる。


「だって、今葉山くんがそう言ったってファンクラブで出回っているもん」


(え、田中さんってファンクラブの会員なの?)


 チラリと横目で男子を見れば、あからさまに肩を落としている人が複数居た。けれどそんな哀愁漂う彼らの姿を、田中さんどころかクラスの女子達は全く気付く様子もなく、わたしの出方を伺っている。


「それは違うと思うけど……」
「けど葉山くんから告白されたんでしょ?」
「いや、まぁ確かにそうだけど、なんで田中さんが知っているの?」
「だって葉山くんが告白していた時の動画、女の子達の間で出回っているよ」
「……はぁ?」


 彼女は証拠だといわんばかりにスカートのポケットからスマホを取り出し、動画を再生させ、わたしに見せてきた。それは確かにまぎれもなくあの時の映像だった。蓮くんは後ろ姿のみだけど、わたしはバッチリ顔が写り込んでいる。しかもご丁寧に音声付きだ。これでは言い逃れすることも出来ない。


(なんで動画が流出しているのよ!)


 もう理解出来ないし、理解したくない。固まったわたしに田中さんは更に追い打ちをかける。


「土田くん達も葉山くんのノロケ話が多いって愚痴ってたみたいだし」


 土田、お前までわたしを追い詰めるのか。
 そんなことぼやかれては、真相がどうであれ余計にわたし達の関係が周知されてしまうじゃないか。
 なんてひどい仕打ちだ。この前の昼休みに、ちゃっかりわたしだけ逃げたの根にもってるのだろうか。誠意をもって謝るから前言撤回して欲しい。なんなら土下座もするから。


(ああ、駄目だ。胃が痛い。)

「…………ごめん。ちょっと朝から具合悪くて、保健室行ってくる」
「え。ちょっと水本さん……?」


 呼び止める声を無視して、わたしは逃げた。
 ちょうどホームルームが始まる直前だったから、不自然に会話を終わらせたわたしを追ってくる人は誰も居ない。そのことに安心して、保健室まで急いだ。





 保健室の先生はもうすぐ定年を迎える穏やかな優しい女性だ。わたしはあんまり利用することはなかったけれど、生徒からの評判も良い。
 だからてっきり先生が出迎えてくれると思っていたのに、誰も居る気配がない。
 室内を見渡せば、ホワイトボードの予定欄に半日休みと書いてあった。


(ちょっとだけベッドで横になっても良いかな?)


 少しお腹が痛いくらいなのに、勝手に使うのはなんだか後ろめたい気持ちになるけれど、今更教室に戻ることは出来ないし、かといって早退するのも気が引ける。
 一時間だけだから、と自分に言い訳してベッドに横たわる。固く目を瞑れば、自覚していなかった疲れがあったのかすぐに眠気がやってきた。


(もういいや。このまま寝ちゃお)

 最近寝過ぎている気がするけれど、それだけ怒涛の勢いで蓮くんに攻め込まれているのだ。ちょっとくらい休んでも罰は当たらないはずだ。


 考えないといけないことは山程ある。けれど、精神的にもう疲れた。この後も色々あると思うし休める時に休んでおこう。


 教室に戻った時の対応や、気まずくなった蓮くんにどう向き合うのか。それにファンクラブの人達もきっと騒いでくるはずだ。



 なんたってあの人達のせいで虐められた子も居たのだから。


(わたしも『あの子みたいに』そうなるのかな……)



 眠る前にふと思い出したのは、転校していった名前も知らない子のことだ。


(そういえば、わたしは『あの出来事』があってクラスの子と関わらなくなったんだった……)



 ウトウトとまどろみの中でその子が笑っていた。
 そのことが今のわたしにとって、せめてもの救いだった。








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