桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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「なら今すぐわたしに殺されなさいよ……!」


 覚悟を決めて、自分を鼓舞するように強く握りしめてから彼の首に手を伸ばす。いつもなら首に手が届く前に止められていたはずだった。それなのに今日に限って彼は抵抗することもなく、そのまま受け入れられた。
 このまま力を込めて首を締めてしまえばいい。たったそれだけでわたしの復讐と御堂の人生は終わる。理不尽に殺された両親の仇がとれるのだ。そう思っているのになぜか手のひらに伝わる彼の体温に動揺し、上手く力が込められない。


(せっかくこの地獄から抜け出すチャンスなのに)

 こんなのだから御堂に『普通の人間』だと言われてしまうのだ。
 彼が何を思って身を委ねているのかは分からない。分かるのはこれはまたとない機会だということ。恐らくこのまま力を込めさえすれば御堂はその結果を受け入れるだろう。殺すほどの握力がなければ、鈍器か何か撲殺出来るようなものを探してぶつければいい。それもなければ、キッチンにある包丁を御堂の腹に突き立ててやればいい。そんなことくらい分かっている。分かっているのに、身体が動かなかった。手が震えて首を圧迫することも出来なかった。


「……殺さないのですか?」


 彼はゆっくりとわたしの手を外す。ほとんど力が込められなかったから苦しくもなかったのだろう。咳き込むこともなくわたしを見下ろす。

「煩いっ! 今は別にそんな気分じゃないだけよっ!」

 図星を刺され、頬を紅潮させる。なんとも分かりやすい虚勢しか張れない自分が嫌になる。散々いきまいておいて結局わたしにはなんの覚悟も出来ていなかったのだ。



「……貴女は私を殺せなかったのですね」

 ぐったりと項垂れるわたしとは正反対に彼と顔を合わせれば、愉悦を含んだ瞳と視線がかち合う。彼は憑物が落ちたかのような晴れやかな顔でわたしを見つめていた。


「何度も勝ち誇ったかのように同じことを言わないでくれる?」
「ふふっ、すみません。てっきりあのまま殺されるものだと思っていたので」
「……アンタのくれたチャンスなんかいらないわ。わたしは自分の力でアンタを仕留めてやるんだから」
「へぇ、そうなんですか。随分と勇ましいことをおっしゃるんですね。けれど、お嬢さん。そのわりには貴女の手が震えているように感じますが、私の気のせいなのでしょうか?」


(本当にどこまでも目敏い男ね……!)

 見なかったことにすればいいのにわざわざ指摘してくるやらしさに眦が吊り上る。自分の弱さを御堂にさらけ出したくなくてぎゅっと拳を握り、震えを隠そうとした。けれどあろうことか瞬く間に彼は自分の元に引き寄せそのまま指先に口付けてきたのだ。

「なにするの!」
「私のお嬢さんは本当に可愛いと思いまして。ねぇ、お嬢さん――どうして私を殺さなかったのですか?」
「べつになんだっていいじゃない」
「よくありません。私は貴女のことならなんだって知りたい」
「……悪趣味野郎」
「ええ。私は悪趣味なんです。お嬢さんだってご存知でしょう? それで、どうして私を殺さなかったんです?」


 駄目だ。どうやらわたしが答えるまで御堂は許さないつもりでいるらしい。
(本当に面倒臭い男……)
 大きな溜息を吐き出している間にも御堂の追及は終わらない。こういう時の彼は蛇のようにネチネチと追い立ててくるのだ。


「そんなのわたしにだって分からないわよ」

 投げやりに言い切れば、彼は俯いて肩を震わせている――否、笑っている。


「ふふふっ……お嬢さん、貴女はやっぱり最高だ」
「わたしの気分は最悪よ」
「両親が殺されて、私に犯されて、その上もう五年もこんなところに閉じ込められても、まだ貴女は貴女の凡庸な人間性を失わない。それがどんなに闇に沈みきった男には眩しいものかお嬢さんには分かりますか?」


 そんなこと知るか。そもそも五年も閉じ込められていたのか。テレビもカレンダーもスマホもパソコンもないこの部屋ではどれくらいの月日が経っていたのかも分かっていなかった。


「人を勝手に希望の光に祀りあげないで。言っておくけれど、わたしはアナタのことなんか嫌いだし憎いわ。きっと今アナタのことを殺さなかったのもたまたまの偶然よ。わたしはこれぽっちも御堂なんかに好かれたくない」
「そうですね。きっとそれが正しい反応だ。貴女はいつも普通の人でいる。だからこそ一つ約束しましょう」
「約束?」


 御堂の小指とわたしの小指が絡められる。これは小さな頃に何度かした指切りのポーズだ。なんとも彼には似合わない仕草に思わずポカンと口を開けてしまった。


「ええ、約束です。次に貴女が私を殺そうとした時は、どんなに稚拙な殺し方であろうと黙って受け入れる、と」
「なにを、いまさら……?」
「貴女が今夜私を殺せなかったからですよ」


 意味が分からないし、そんなのちゃんとした理由になっていない。けれど、御堂は話は終わり終わりだとばかりにそのまま目を閉じ寝入ってしまったのだ。


(……信じられない!)


 どうしてこんなに重要な話をしておいて眠れるのか。神経を疑う。彼の眠りは本来であればひどく浅い。それなのに今夜に限って、身体を揺すろうと声を掛けようとなにも反応することがなかった。
 なんだか馬鹿らしくて自分も眼を閉じれば、わたし自身にもウトウトと眠気がやってくる。悔しいけれどもしかしたら彼との生活で神経が図太くなっていたのかもしれない。

(だってそうじゃなきゃこんな生活やってられないじゃない)


 誰にも見られているわけでもないのにそっと言い訳して、そのまま夢のいざないを受けた。


 この時、わたしは忘れていた。
 彼が稀代の大嘘吐きである、と。

 彼は約束を守ることはなかった――そのまま別の誰かに殺されてしまうのだから。
 


 
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