桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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「私はね、お嬢さん――貴女に殺されることを今か今かと心待ちにしているのですよ」


 言葉とはうらはらにあまりにも幸せそうに微笑む御堂の異様さは、やけに緊張感を煽る。思わず鳴った喉はわたしの警戒心の現れだ。
 こういう時の御堂とは何度も対峙してきた。だからこそ分かる――御堂は人を地獄に落とす時程、蕩ける程甘い笑みを浮かべることが多いのだ。ならばこそ気を緩めてはいけない。


「……嘘よ」
「いいえ。私はお嬢さんに嘘なんてつきませんよ」
「それならどうして今の今まで大人しく殺させてくれないの?」
「だって大人しく殺されるだなんて、あまりにも勿体ないではありませんか」


 勿体ない。この言葉ほど御堂に似合わないワードはあるのだろうか。そしてそれぽっちの理由でわたしは御堂に縛り付けられているのか。


「ふざけた事を言わないで頂戴。御堂、アナタは結局わたしに何をさせたいのよ?」
「なにも。ただお嬢さんには私のことでいっぱいになって欲しいだけですよ。私の目的なんて最初からただそれだけのことです」

 するりと頰を撫でる彼の手つきはどこまでも優しい。だからこそ余計に不信感を高ぶらせるのだ。

「わたしが今生きているのはアナタを殺すことの為だけだというのに。人生の目標までにしていても、まだ足りないというの?」
「ええ。お嬢さんも知っている通り、私は欲しがりなのですよ。貴女が私のことを私のことを思って――どうやったら、何をしたら、私を殺せるのか。私の事だけを考え続けて。それこそ気が狂う程に思い詰めてくれなければ、私の人生を差し出すことは出来ません」


 うっとりと語る彼の吐息は熱がこもっていた。けれど彼の眼の奥は笑ってはいない。わたしの出方を観察しているのだ。

「アナタ本当にわたしに殺されるつもりでいたの」

 率直にずっと思っていたことを呟けば、頬に置かれていた御堂の手がピクリと反応した。出会った時から思い出しても初めて人間らしい反応をされた気がする。何故そこで人間らしい仕草をしたのか気になり、覗き込もうとしたのに、彼はそのままわたしの肩に頭を押し付けたのだからどんな表情をしているか分からない。

「そうですよ。私はずっとその時を夢見ているのです。貴女が私のことだけを考えてくれるなら、私だけのことを想ってくれるなら、私は貴女に殺されたって構わない。お嬢さん、覚えていて下さい――貴女だけが、この御堂の命を奪えるのです」


 消え入りそうな声で、激情を吐露する。今まで見たことのない弱々しい姿に、御堂も血が通った人間だということに気が付いてしまい、動揺する自分がいる。
 今までずっと御堂のことを人でなしの鬼だ、悪魔だ、と思っていたし――強く思い込もうとしていた。

 だってそうでないと彼のわたしにしてきた仕打ちに対する説明がつかない。人の心を持っていれば、とてもじゃないが、あんな残虐なことは出来ないはずだ。
 彼は人の皮を被った悪魔なのだからわたしが駆逐してやろう、と思い込むことで自分が人殺しになろうとしている事実から目を背けようとしていた。両親の仇だという建前から弱い自分は人殺しの罪も責任も見ないフリをしてきた。
 ずるくて卑怯で矮小な女――それがわたしの正体だ。


(……なんで、こんな時に気付いてしまうのよ)
 そのまま目を背けて知らないフリをしていればどれだけ楽だっただろう。
 ドクドクと心臓が嫌な音を立てている。握った掌には汗が溜まっている。不安と自分自身の苛立ちをぶつけるように爪を強く噛めば、ほのかに血の味がした。


(だけど、それじゃあずっとこの生活に耐えれるの?)

 痛みで少しの冷静さを取り戻す。御堂を殺さないということは必然的に彼との生活がずっと続くということになる。誰からも自分の存在を忘れ去られて、両親の仇である彼の帰りを待って、ただ抱かれるだけの無意味な生活。


 ――そんなこと耐えられるはずがない。


(しっかりしなさい。これは御堂の作戦なのかもしれないのよ?)

 そうだ。あの御堂がただで安易に弱りきった姿を見せるものか。ただわたしを狼狽させたかっただけだろう。それにどんな目的か知らないが今更そんな姿を見せられたってもう遅い。死んだ両親は生き返らない。普通に生きるはずだった未来も戻ってこない。



 だからわたしは決断するのだ。
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