桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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 隣で眠る御堂の顔をじっと見つめ、彼の様子を伺う。寝息は規則正しい。だけれど、彼の眠りはとても浅い。わたしが夜中に目が覚め、トイレに行こうとベッドから降りようとしただけで起きてしまう。

 だからこそ、ゆっくりと慎重に枕の下に手を伸ばす。そこにはこの前わざと割った花瓶の鋭く尖った欠片を男の喉笛に突き立ててやろうと隠していたのだ。


(今日こそはアンタとおさらばよ)

 そう思っていたのに、いくら手を伸ばしても目的のモノの感触がない。慌てて枕を持ち上げると探し物はすでになくなっている。

「……お嬢さん、貴女の探し物はいくら探しても、もうありませんよ」

 枕を持ち上げていた手を掴まれ、慌てて振り払うと彼は肩を竦める。そのわざとらしい仕草にもはや反射的に眉間の皺を深めた。

「わたしに触らないでください!」


 これで何度目だろう。正式な数はもう三十回を超えたあたりで馬鹿らしくなって数えてもいない。さすがに百は超えてはいないだろうけれど、何十回目となる今回の計画も失敗させられた腹立たしさに奥歯を噛み締める。男は身体を起こし、大袈裟に叩かれた自身の手を撫ぜた。

「あぁ、良いですね。貴女が私を殺そうとするたびに貴女の心は憎しみで私のことでいっぱいになる。そのことがわたしを喜ばせるというのに、お嬢さんはこりもせずに毎回私に挑んでくる――なんて愚かで可愛いんでしょうね」


 だけど、割れた花瓶の欠片なんて握りしめたら、貴女の白くて柔らかい手のひらが切れちゃうので今度からは止めておきましょうね、と小さな子供相手に注意する口調に、更に苛立ちが募る。なぜこの男はこうもわたしを不快にさせる言葉を吐くのか。相変わらず人を苛立たせることへの才は一級品だ。本当に生理的に受け付けない。

 けれどもわたしが御堂を嫌えば嫌うほど、彼は幸せそうにしている。普通、好きな相手に嫌われるなんて辛いはずなのに。やっぱり彼は頭のネジが外れているのだろう。


 無遠慮に人の地雷を踏みつけてくる御堂の顔を見ないように、彼から背を向けて布団にくるまう。本来であればこんな男なんかと一緒に眠りたくなんかなかったが、ここで別の部屋に行こうとすれば、私から離れようとする元気がまだあるようですね、と抱き潰してくることは明白だ。そんな面倒くさい展開はごめん被りたい。


(……早く朝になればいいのに)

 そうすれば布団ごとわたしを抱きしめてきたこの男から解放される。しかし、わたしの思いと裏腹に彼は私を起こしたのですから話相手になってください、と要求してきたのだ。何度か聞き流していたが、布団の上から妖しく腰を触る手つきにため息を吐き出した。

(大体いまさら何を話せっていうのよ)

 わたし達の間に和やかな空気なんて流れるはずもない。あるのは殺伐とした空気か薄ら寒い空気か。いつか殺してやろうと思う程、嫌悪している相手への世間話なんてわたしには持ち合わせていない。だがしかし、このまま無言を貫き通せば間違いなくこの男は嬉々としてわたしの身体をまさぐるに違いない。


「御堂がもしわたしを殺すとしたらどんな方法にするの?」


 咄嗟に出た言葉は自分でも物騒な話だと思った。
 けれど腰を触っていた手はピタリと動きを止めたので、ある意味正解だったのかもしれない。


「私が、お嬢さんを殺す方法ですか?」
「ええ。参考までに聞かせて頂戴」


 最も、御堂が本気になればわたしなんてすぐに殺せるだろう。それなのに彼は少し考えたように黙り込む。ややあって彼の口からでた答えは意外なものだった。


「なにも。なにもしません」
「……どういうこと?」

 思わず布団をまくり上げ、横にいる御堂の顔を見やると彼は何が面白いのか口の端を上げじっとわたしの顔を見ていた。

「逆に尋ねますがお嬢さんこそ私を殺した後に生きていくつもりなんてないでしょう? 貴女は両親の復讐のためだけに生きている――お嬢さん、貴女は所詮普通の人でしかない。どれだけ私への憎しみが深かろうが、人を殺したという罪悪感に耐えきれるとは思えない。今はまだ私への憎悪が強いので、その目的のために生きていますが、全てが終われば貴女は私を殺した手で目的の達成感と引き換えにそのまま自分の人生に幕を閉じる気でいるのではないですか?」
「……随分とわたしを知った気でいるのね」
「ええ。だって私はお嬢さんをずっと観察していますから」

 悔しいが彼の言っていることは当たっている。目の前に居る男を殺せばこの世に未練なんかない。というよりそんなものを見つけようとする度に、片っ端から御堂が握りつぶしてきた。彼はわたしの自由や希望等の人が生きていく上での欠かせない喜びを全て奪い取ったのだ。


「つまりわたしの人生はアナタが生きる糧になっていると言いたいのですか」
「実際にそうなっているのではありませんか? それにこの部屋は内側から出る時も鍵が必要ですが、暗証番号と私の虹彩認証で成り立っているのはお嬢さんもご存知だ。私が死んでしまえば、貴女はこの部屋から出ることは叶いません。だからお嬢さんの食事や飲み物の供給は全て止まり、私と共に貴女も朽ちていくしかなくなることくらいお嬢さんも分かっているはずでしょう?」


 うっとりと語る彼は自分とわたしの最後の姿を思い浮かべているのだろう。どうしてこの人はわたしの全てを奪いながら、自分の望みは全て叶うと思えるのか。傲慢過ぎる考えがとてつもなく癪に触る。

「全てはアナタの思い通りに動いている、と? それなら御堂の目玉を穿り返して、キーロックが作動するか見てやりましょうか?」

 ほとんど勢い任せに言い放つと彼は喉の奥でクツクツと嗤い出す。そうしてゆっくりとわたしの頬を包み込んだ。いっそ優しいとも言える動きが御堂の余裕を表しているようだ。
 先ほどのように彼の手をはたこうとすれば、今度は両腕を彼の片手で纏められる。

「お嬢さんの激情はどうしてこんなに心地良いのでしょうね。けれどお嬢さんは一つ思い違いをしています」
「なに、が……?」

 もがけばもがく程、拘束はきつくなっていく。何度も体験し、身体で覚え込まされたというのに、彼に支配されている現実から少しでも逃避したくていつも抵抗をしてしまう。だが御堂の続けた言葉は、抵抗を忘れる程の意外なものだった。
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