桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

文字の大きさ
12 / 18

2-3

しおりを挟む
「――さて、まずは貴女の可愛らしい口で私のモノを取り出してもらいましょうか」
 「……みど、な、に?」
  彼の言っている意味が分からなかった。けれど、雰囲気から不穏なモノを感じて、一歩後ろにずり下がる。その途端、鞭で机を叩くおどろしい音が部屋に響いた。
 「さくら、何度も言わせないで下さい。『旦那様』と私を呼ぶように言いましたよね?」
  底冷えする声が恐ろしくてわたしは反射的に謝った。
 「ごめ、ん、なさい」
 「――まぁ特別に良しとしましょう。お嬢さんがキチンと謝ることができれば……ほら、言ってごらんなさい? 申し訳ありません旦那様、と」
 (嫌だ!)
 どうせ言ったところで、ろくでもない目にあうのだ。それなら少しでもわたしのプライドを守ってやりたい。フルフルと首を横に振り拒絶を表すと、男はさも楽しそうに口弧を描く。
 「嗚呼。いけませんよ、さくら……その仕草が私の嗜虐心をそそるのですから」
  ああ、駄目だ。この男は変態だ。御堂はわたしが嫌がることが好きなのだ。それならば余計なプライドなんて捨てて、彼に従ってしまえばいい。そうした方が早く終わって楽だろう。そんなことくらい分かっている。けれどこの男の存在がいちいちわたしの癇に障るのだ。
 「ほら、さくら? いつまでも口を開かなければ終わりませんよ?まぁ、別に私としてもお嬢さんが学校に行きたくないというのならば、それまでなので私の好きにしましょうか?」
  その言葉に反射して、バッと音がしそうなくらい勢いよく御堂を見上げる。そうだ。このままではまた御堂と二人きりの生活が続く。たとえ彼の気まぐれだろうとこんなチャンスなかなか巡ってこないはずだ。
 「だ、んなさま……申し訳、ありません、でした」
  乾いた声で言いたくもない謝罪をすると意味ありげに男は笑みを深めた。
 「よく出来ました。けれどさくら? いつまでも座っているだけでは私のモノを咥えられないでしょう」
 「くわえる……?」
  一瞬男の言っている意味が分からなくて間抜けにも反遇する。しかし、その反応がますます彼の眼が嬉々として輝いたことにより、わたしにとっては良くないことだと感じ取った。
 「本当にさくらは初心ですね――仕方ないから教えてあげましょう。貴方の小さな唇で私のモノを奉仕……いや、純真なさくらには分かりませんか。私のモノをしゃぶって下さい。そうすれば学校に行くことを許可する、と言ったのですよ。まぁ、お嬢さんのプライドが許せば、の話ですけどね」
  最後の文を笑みを深めながら言ってくるあたりが御堂の嫌味な本質が抜きんでている所だろう。
 (だから御堂なんか嫌いなのよ)
  悔しくて手のひらが震える。それを隠すようにぎゅっと握りしめて、唇を強く噛む。そして覚悟を決めてそのままゆっくりと彼のベルトをはずそうと手を伸ばしてやる。
 (…………こんなことなんでもない。御堂と少しでも離れる時間が出来ることに比べたら――なんでもないんだから!)
  そしていつかこの男が油断した時に絶対に逃げ出してやる。そのために耐えてあげているだけなのだから。
 「そう……さくらは良い子ですね」
  小さい子を褒めるように髪の毛を撫でる感触が鬱陶しくてたまらない。
 「だ、ん、な、さ、ま! 邪魔なので、触らないでくれませんか?」
  わたしが払いのけたことによりパシン、と乾いた音が虚しく響く。しかし彼は気にした様子もなく大人しく手を引いた――と思ったのが間違いだった。
 「さくら。今は私が『旦那様』となっているのにその態度はないだろう……?」
  荒々しくわたしの顎を掴み上げ、強引に視線を合わせられた双眼はひどく冷たいままにわたしを見下ろす。ただそれだけでわたしの全身がこの男が恐ろしいと大きく震え、背中に汗が流れ出る。部屋は快適な温度が保たれているというのに鳥肌が立つほど寒さを感じるのは、わたしの本能的な危機管理能力が発揮されたからである。


 (そうだ……この男はヤクザだ)
  そんな当たり前のことは、もう何年も前から知っていた。それなのに今更になって思い知るというのは、男がそういう存在だったということをひとかけらもわたしの前では見せずにいたからだ。
 「ああ、可哀そうに。こんなに怯えて。けれど、そんなに顔を蒼くしなくても大丈夫。たった一度くらい邪険にされたからといって貴方にお仕置きなんかしませんから安心してください」
  つまりその言葉の意味は、次にわたしが刃向かえば容赦なく『お仕置き』と称してわたしを苦しめさせるということだ。チラリと横目に映るのはしなやかな鞭。それでわたしを甚振る気なのか。けれど、そこまで考えて違う気がした。相手は御堂なのだ。きっとわたしが思いもつかない残虐なことをするのだろう。
 (怖い!)
  なにをされるのか分からなければ余計に恐ろしさが増して、震えが大きくなる。
 「大丈夫――大丈夫ですよ、さくら」
  彼の紡ぐ『大丈夫』という言葉が今のわたしにとって邪悪な魔法の言葉に聞こえる。そして勝ち誇るようにゆっくりとわたしの頭を撫でる御堂の手を今度は振り払うことが出来ずにいることが、御堂に屈服したことを示していて、そんな自分がひどく情けなかった。

 「やはり貴方は良い子ですね……さて、続きをして貰いましょうか」
  こんなこと早く終わらせてしまおう。そう思い、震えるたままもう一度、御堂のベルトに手を伸ばす――がそれは彼の手によって遮られてしまった。
 「……気が変わりました。せっかくのお嬢さんのご奉仕です。いまから貴方は手を使っていはいけません。さくらの小さな可憐な唇で私のモノを取り出すのです」
 (ああ、やっぱりちっとも大丈夫なんかじゃない)
  ウソつきな御堂の気まぐれによってさらにわたしの試練は増した。それなのに御堂は妖艶に微笑んでいるのだから憎らしかった。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式に代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
美希は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、結婚式の友人の代理出席をする予定で式場にいたのに!? 本編は完結してますが、色々描き足りなかったので、第2章も書いています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...