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しおりを挟む(あぁ、どうしよう。こんな恰好で戻れるわけない)
御堂が出した条件――それはある服に着替えて彼の指示に従うことだった。
なんだ。そんなのいつもと変わりないじゃないか、と思ってろくに服を確認しないままに了承したのが運のつき。渡された服はとんでもなく破廉恥なメイド服だった。
(やっぱりこんな姿ムリ! 恥ずかしくてムリだから)
寝室にある全身鏡で自分の姿をもう一度見てみる。頭部にはメイドさんの証の白いカチューシャ。これと太腿まである黒色の二―ハイソックスだけは普通だ。問題はメイド服本体。黒と白をコントラストの可愛いメイド服だが、意外に身体にフィットする形で出来ている。それに胸元は大きく開いていて、白い下着どころかお腹まで見えてしまうっている。それだけでも十分羞恥を煽られるというのに、スカートはギリギリ下着を隠す程度の長さ。立っているだけならまだ見えないけれど、少し座っただけで確実に覗かれてしまうだろう。改めて自分の姿を見ても恥ずかしい。ぎゅっ、とエプロンの裾を握ってこのまま寝室に籠ってしまおうか考える。着替えるためにこの部屋に来たのだけれど、こんな姿とてもじゃないけれど御堂に見せられない。
(……けれど、なにもしなかったら変わらないのよね)
なら勇気を出さないと、と覚悟を決めて寝室を後にした。
御堂に呼び出された場所は彼の書斎だった。八畳ほどの広さがあるその場所は彼が仕事をする時に使う部屋でわたしも数える程度にしか入ったことはない。大きな本棚には彼の本職ともいえる法律関係の書籍が所狭しと並べてあり、マホガニーの机の上にはいつも書類が重ねられている。
「御堂……」
意外なことに彼は入室したわたしに一瞥しただけで、すぐに書類の方に眼を向けなおした。
(絶対に写真を撮られるか、やらしいことされると思ったのに)
普段なら別にそれでいい。むしろそれがいい。けれど今回は御堂がわざわざこの服を着させて、この場所に呼び出したのだ。それなのに御堂はわたしを立たせたまま、書類と格闘している。そのことが不満でもう一度彼の名前を呼ぶと、御堂は大げさに溜息をついてみせた。
「お嬢さん、貴方は今私のメイドなのですよ? その呼び方ではいけません。わたしの下の名前か旦那様とお呼びください――ああ、そうですね。私の方も貴方をさくらと呼ぶとしましょう」
これは以前のあてつけなのだろうか。それでも彼の望むままにしなければ、学校に通うことはできないだろう。けれど今更下の名前で呼ぶのは、彼の思う通りになっている感じが強くて癪だ。だから悔しさを押し殺して旦那様、と呼びかけた。
「聞こえませんよ」
ウソつけ。確かに声は小さかったけれど、わたしと御堂の距離は机を隔てて三メートルもない。しかもパソコンが起動している音以外なんの音もしない。これはわたしへの嫌がらせに過ぎない。
「……旦那様」
「ふふ、思いっきり嫌がって可愛いですね」
ほら、やっぱりそうだ。唇を噛みしめて御堂の視線に耐えると彼は自分の膝を叩き、そこに参るように指示してくる。
(行きたくない)
彼のすることは明白だ。それでも今回は彼の言うことを聞かねばならない。自分の意思を押し殺してノロノロと彼の上に座ろうとした時に待ったの声が掛かった。
「さくら、貴方が座るのはここですよ」
御堂が指したのは床の上だ。仕方なく床に正座するとやはり下着が見えてしまい、慌ててスカートを引っ張ると彼の腕がやんわりと差し止めてくる。
「いけない子ですね。わたしは貴方に隠す許可を与えたつもりはありませんよ」
そんなこと言われても恥ずかしくて離すなんて無理だ。わたしがいやいやと首を横に振って拒絶すると彼は引出しからあるものを取り出した。
「みどぉ、それ……」
「『旦那様』ですよ、さくら。ご主人様に従わない悪いメイドには罰が必要だと思いませんか? これから貴方が私に従わないというなら、この鞭を振るわなければいけませんね」
彼が手にしているものは黒くしなやかな乗馬鞭。青ざめるわたしを嬲るように頬を鞭で辿る御堂の心底楽しそうな顔が邪悪に見えた。
「……さて、まずはスカートから手を離して貰いましょうか」
そんなの嫌だ、恥ずかしい。けれど、今のわたしに反抗は許されない。だって彼は本気なのだ。仕方なく手を離して御堂を見つめれば、彼は良い子ですねとわたしの頭を撫でた。
「けれど、ちゃんと『旦那様、これでよろしいですか?』と聞かねばなりませんよ」
御堂はどうあってもわたしを恥辱の底に落としたいらしい。悔しさと羞恥がわたしを苛み、苦心の末に思い切り彼を睨み付けてやる。
「『旦那様、これでよろしいですか』」
ふてくされたような声で言い切れば、彼は鞭でわたしの頬から顎先に甚振るようになぞり、わたしの反応を楽しんでいるように見えた。
「屈辱ですか?」
なにをそんな分かり切ったことを聞いてくるのだ。下着まで見える破廉恥なメイド服を着させて、挙句そんな男を『旦那様』として扱えという。それを屈辱といわずになんというのだ。怒りのあまりに頬が上気したことが分かる。抑えよう――そんな気持ちは今の彼の質問で吹っ飛んでしまった。
「だから貴方なんて嫌いなのよっ! 明らかに嫌がっているわたしに、こんな悪趣味なことをして楽しいわけ?」
しかしこれがいけなかった。彼は冴えざるほどの視線をわたしに向けて、冷酷な宣告をうってでたのだ。
「……ご主人様に刃向かうだなんて、躾のなっていないメイドですね――仕方ない。わたしが一から躾けてさしあげましょう」
残虐な笑みでわたしを見下ろす御堂の瞳はちっとも笑っておらず、それだけでわたしの身体は震えた。
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