桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

文字の大きさ
10 / 18

2-1

しおりを挟む
 御堂は暇さえあればわたしにベタベタ触る。
 (うっとうしい)
  特にこのマンションに来てからは仕事内容も変わり、本格的に『御堂』お抱えの弁護士として暗躍しているようだ。経営していた会社はとんとん拍子に成長していっているというのに、あっさり部下に預けた理由を聞けば、お嬢さんと居る時間が増えるからですよ、とこともなげに言ってのけるのだから恐れ入る。
 (そんなの別に良かったのに……)
  むしろ出来るだけ会いたくなんかない。そう思っているのに御堂が働く事務所はわたし達が住んでいる部屋の真下の階にあるらしく、パソコン作業や書類整理などは一人で出来る仕事はわざわざ戻ってきて作業している。もともとこのマンションは本家の所有物だ。だからこそ、その筋の関係者しかここにはいない。これはわたしが逃亡しにくいように仕向けてきた結果なのだろう。
 (どれだけ厳重な[『檻』を作れば満足するのよ)
  大体わたしはあの写真とビデオがある限り御堂から逃げられない。それなのにこんな所に閉じ込めているのは、もはやただの自己顕示欲に近いのではないのかと思う。とくにこの部屋に来てからは御堂にしか会ってはいない。しかも一歩外に出ようとすれば、即座に玄関の前にいる見張りの男二人に確保されるのだという。
 (ああ、もう……息が詰まってしまいそう)
  まだここに来てから一ヶ月と少ししか経っていないというのに、わたしにはこの生活が続くとなると絶望しかなかった。






 「……御堂お願いがあります」
  夕食が終わって、彼は機嫌が良さそうにリビングのソファでわたしと紅茶を飲んでいる。わたしはそれを確認してから切り出すと、御堂は意外そうに眼を丸くした後に、至極嬉しそうに後ろからわたしに抱き付いてきた。
 「お嬢さんが私にお願いだなんて珍しいですね」
 「…………叶えてくれますか?」
 「貴方の願いならば、出来るだけ叶えてあげたいと思いますよ」
  『必ず』と言わないところが御堂らしいと感じた――彼は自分に不利がない範囲でしか叶える気はないのだ。それでもいい。わたしは少しでも彼と関わる時間を短くしたい。だから賭けに出ることにする。
 「学校に行きたいんです」
  言い切ってしまったのは良いけれど、これで御堂の機嫌が悪くなって今夜ひどくなってしまったらどうしよう。彼はわたしが離れようとすることを嫌う。だからこそこの一言を告げるだけで、心臓がせわしなく鳴り響き、密かに身体が震えている。それでもギュっと拳を握って自分を鼓舞してやる。そして恐る恐る御堂を見れば、彼はふむ、と顎に手を当ててなにか考えている。
 「御堂?」
 「……お嬢さんが望むなら良いですよ」
 「え」
 「行きたいのでしょう?」
 「ほんと? 後でウソとか言わない?」
  嬉しいけれどこうもあっさり認められると思っていなかったから信じられないという気持ちが強くなる。だけど御堂はわたしの髪を撫でながらお嬢さんは疑い深い人ですねぇ、とさらに肯定している。これは本当なのだ。わたしは学校に行ける。嬉しさに顔を綻ばせると彼はクツクツと喉の奥で嗤った。
  ――嫌な予感がした……
「お嬢さんは本当に可愛いですね。そうも素直に私の言うことを信じるのですから」
 「やっぱりウソなんですか……?」
  そうだとしたらなんて嫌な男なのだろう。希望の光を見せといて、あっさりと立ち切ってしまうのだから。自然彼に対しての声が険しくなる。けれど、そんなことで彼は怯むことはない。むしろ機嫌が上がったかのように、撫でる手つきが優しい。それがさらにわたしを不安にさせる。
 「ウソとは言っていませんよ」
 「だったらさっきから含みをある言い方をして――なんだというのです」
 「条件があるのですよ」
 「条件?」
  この状況で出される条件なんて良いモノじゃないことくらい分かっている。けれど、それでも学校に通える希望はまだあるのだ。ならば今は御堂の望みを聞くしかないだろう。
 「条件は一つです」
  だからなんだというのだ。さっさと言って欲しい。御堂はいつもそうだ。含みのある言い方でわたしを追いつめて、反応を楽しんでいる。最初の頃は物腰の柔らかい彼に騙されていたことが何回あったのだろうか。思い出すだけで腹が立つ。
 「――わたしがその条件を呑んだら貴方はわたしの願いを叶えてくれますか?」
  こうなったらやけだ。どうせ彼がその気になったら条件なんかなしに勝手に思うがままにされてしまう身だ。それならば、少しくらい我慢してでも目的を果たした方がずっと良い。


  だけどこの時のわたしは知らない。彼が底知れぬ笑みを浮かべていたことも、恥辱にまみれることになることも――軽はずみな言動をすぐに嘆くことになることも知らないで、わたしはただ自分の意地を貫き通してしまった……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。 ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。 ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。 そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。 しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

処理中です...