桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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閑話1

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あれから三日が過ぎた。わたしはもう本邸にはいない。話し合いの後すぐに御堂の家が管理しているマンションに連れていかれたからだ。
 『今日からここが私達の愛の巣ですよ』
  うっとりと御堂はそう語っていたが、わたしからしたら金を掛けただけの牢獄でしかない。事実、わたしは連日誰かさんに抱きつぶされているせいで外にどころか自力で寝室からも出られてはいない。毎日彼の用意した服を着ているとお人形さんになったような気分になる。
 (最悪よ……)
  唯一の救いは本邸から出たために、御堂の狂気が詰まった部屋で抱かれることはなくなったことだ。ふいに屋敷を出る前に御堂が壁に掛かっていたポスターサイズの大きさの写真(わたしが体育で泳いでいた時の盗撮品)に濃密なキスを送っていたことを思い出すと、肩がブルリと震えた。
 (――気持ち悪い)
  なんで御堂がわたしに執着するのか分からない。だってわたしは特別に可愛いわけでも綺麗なわけでもない。街中に居たらきっと埋もれてしまうだけの普通の女子高生のはずだ。それなのに、なにが彼を突き動かすというのか。
 (お母さん達が生きていたら……)
  あんな男に関わることはなかったのに。そうしたらきっと『御堂』に縛られずに生きていけたはずだ。そして彼とは一生会うこともなかった。
  平凡な日常に戻りたい。そう思ったら涙が出てきた。ポロポロと溢れ出てくる涙は止まることはない。


  もう嫌なのだ。この生活は――




「お嬢さん、どうしました?」
  すっかり泣き腫らした後にやってきた御堂は勝手にベッドに腰掛けてわたしとの距離を縮めた。そして真っ直ぐに腕を伸ばし、わたしの涙を拭い取って答える気もなかったわたしに質問を重ねる。
 「私が居ない場所で泣かないでください。せっかくお嬢さんが泣いているというのに見れないなんてもったいないではありませんか」
  普通聞くのは涙の理由ではないのだろうか。それなのにわたしが泣いている理由は二の次で、自分の居ない所で勝手に泣くなと咎める御堂はやっぱりおかしい。
 「御堂には関係ありません」
  せめてもの意趣返しに御堂の手を振り払うと、彼は大げさに眉根を寄せてさもわたしが悪いのだと畳かけてくる。
 「嗚呼……私は愛する妻を心配しただけだというのに、どうしてお嬢さんはわたしに冷たく当たるというのです」
  心配なんてほとんどしていないじゃないか。それに勝手に『妻』にしておいて平然と言ってのける彼の面の皮の厚さは素直にすごいと思うが、そんなもの自分に発揮されても苛立つだけだ。
 「貴方が勝手にしただけじゃないですか」
 「なにを言っているのです。貴方は会長の前で確かに私と同じ気持ちだとおっしゃっていたではありませんか」
 「あれはっ……! 御堂が脅したから」
 「脅す? 私が愛しい貴方にそんなことするはずないでしょう」
  ふ、と鼻で笑う御堂のなんとう忌々しさか。ギリリと歯噛みして睨み付けてやれば、彼の笑みが深くなった気がして癇に障る。
 「あんな写真を撮ったり、わたしのナカに変なモノを仕込ませてから祖父に会わせておいて――なにを言っているのよ!」
  感情の赴くままに乱暴に言い切ってやると彼はわざとらしく溜息をついた。その仕草すらもわたしの苛立ちに拍車を掛ける。
 「お嬢さんこそなにを言っているのです。写真とビデオは二人の思い出として。ローターを仕込んだのは羞恥に打ち震える貴方の姿を眺めたかったからですよ」
  思い出すだけで頭が沸騰しそうな羞恥を楽しんでいたというのか。なんて悪趣味な男なのだろう。それに『二人の思い出』というが、わたしは嫌がっていたではないか。それを無理矢理させておいて、『二人の思い出』と美化する彼の神経が分からない。
 「……最低」
  悔しさで溢れそうになる涙をなんとか堪えて詰ってやったのに、御堂は余裕そうな表情を崩さない。そのことが余計にわたしと御堂の差を見せつけられたような気がして悔しさが増した。
 「…………御堂なんか大嫌いよ」
 「おやおや悲しいですね。せっかくの新婚だというのに妻に嫌われてしまうなんて――それに貴方も『御堂』になったのですからいい加減私のことを名前、又は旦那様と呼んでく頂けませんか? いつまでも苗字なんかで呼ばれていては他人みたいで切なくなるではありませんか」
  ちっともそんな様子を見せないじゃないか。苛立ちに顔を歪ませるするわたしとは対照的に、涼しい顔でわたしを見下ろす彼の顔を思い切り叩きたい衝動に駆られる。けれど、そんなことしたって彼はやすやすとわたしの反抗を封じ込めるだろう。そして忌々しいあの行為が始まるのだ――そのことを考えると自然と眉間の皺が深くなっていく。
 「他人だと思ってもらえて結構よ。それに貴方だってわたしのこと名前で呼ぶことはないじゃない」
  これはせめてもの意趣返しだ。別に彼に名前で呼んで欲しくはない。ただわたしだけが名前を呼ばないことに対して責められるのは気に入らないから追及しただけだ。それなのに彼は嬉しそうに笑みを深め、わたしを抱きしめてきた。
 「嗚呼、やっぱりお嬢さんは可愛い人だ。そんな拗ね方をして――それほど私に名前で呼んで欲しいと思っていたのですか」
  拗ねているわけではない。むしろどうやったらそんな思い違いが出来るというのか。やっぱり御堂とわたしは合わない。そう思った時だ。彼は今日一番に気持ち悪いことを囁いてきた。


 「日頃『お嬢さん』と呼んでいる相手を組み敷くとなるとなんだか背徳的でゾクゾクするのですよ」
  ――ああ、忘れていた。この男は変態なのだ。そんなことはこの三日間で身を以て知ったはずなのに。
  甘ったるくわたしを見つめる視線がおぞましい。いつの間にか御堂はわたしを押し倒し、自分のネクタイを緩めていた。
 「最低」
  おそらくこの後の行為は想像するに容易い。けれど抵抗する気力はなかった。だって男はそれすらも楽しむのだ。ならば諦めて眼を瞑っている内に行為が終わってしまった方が良い。
 「その最低な男に捕まったのは貴方ですよ、お嬢さん」
  今後とも逃がしはしませんよ、と囁く御堂にわたしは静かにこの現実を憂いていた。

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