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戦いは、予想もしない速さで終わった。
雪原に残るのは、魔物の残骸と、荒い息を吐く騎士たち。
だが――
「……被害報告を」
要塞へ戻ったカイゼルは、すぐに執務室で報告を受けていた。
「はっ。今回のウェーブは軽度のものでしたが――」
報告役の騎士が、一瞬言葉を選ぶ。
「死者、ゼロ」
「……」
「重傷者もおりません。軽傷者が四名」
「……砦の損傷は」
「それも……確認されておりません」
沈黙が落ちた。
あり得ない数字だった。
軽度とはいえ、魔物のウェーブ。
通常であれば、多少の損害は避けられない。
(……少なすぎる)
カイゼルは黙って報告書を見つめる。
指先で、机を軽く叩く。
トン、トン、と一定のリズム。
(……あの時)
戦闘中の感覚が、蘇る。
剣を振るうたびに、手応えが軽い。
魔物の皮膚を裂く感触が、いつもより浅い抵抗で通る。
そして。
振り下ろされた爪。
受けたはずの衝撃。
だが――
(……弾いた)
確かに、そう感じた。
まるで、何かが間にあったかのように。
「……」
カイゼルはゆっくりと息を吐く。
(まるで結界の中にいるようだった…)
だが、すぐに否定する。
結界とは、本来“壁”のように張るものだ。
拠点を守るために。
広範囲に。
(……個人に張るものではない)
ましてや。
(全員に、同時に)
そんな芸当ができる者など、この国にはいない。
(……あり得ん)
そう、切り捨てる。
だが。
(……なら、あれは何だ)
思考が、そこで止まる。
その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「入れ」
短く言う。
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは、ナートだった。
いつもの軽さはない。
表情が、明らかに違う。
「……どうした」
カイゼルが目を細める。
ナートは一歩進み、頭を下げた。
「報告があります」
「言え」
短い返答。
ナートは顔を上げた。
「さっきのウェーブの時なんすけど」
一度、息を整える。
「……エアリス様が、倒れました」
カイゼルの指が、止まる。
「……続けろ」
声が、低くなる。
「中庭にいたんす。鐘が鳴って、急いで戻ろうとしたんですけど」
あの時の光景を思い出すように、視線を少し逸らす。
「窓の外を見た途端、様子がおかしくなって」
「……」
「呼びかけても反応なくて……そのまま、じっと騎士たちが出ていくのを見てて」
ナートの手が、わずかに握られる。
「……で、急に」
言葉が詰まる。
「……エアリス様の周りが淡く光ってそれが広がっていって、、空気が変わったんす」
カイゼルの瞳が、わずかに揺れる。
「なんていうか、、説明できないんすけど……」
ナートは首を振る。
「その直後に、倒れました」
「……意識は」
「まだ戻ってません」
「……」
沈黙。
(……まさか)
頭の中で、点が繋がる。
戦場の違和感。
報告の内容。
そして――今の話。
(……あいつか?)
あり得ない。
だが。
(……他に、説明がつかん)
カイゼルは勢いよく立ち上がった。
椅子がわずかに軋む。
「……行くぞ」
短く言う。
ナートもすぐに頷く。
二人はそのまま、執務室を出た。
⸻
足音が廊下に響く。
迷いはない。
向かう先は一つ。
部屋の扉が開く。
中には、すでに医師と執事がいた。
ベッドの上。
エアリスが横たわっている。
静かに。
眠るように。
「……状況は」
カイゼルが低く問う。
医師が振り返る。
表情は、困惑していた。
「外傷はございません」
淡々とした報告。
だが、その眉は寄っている。
「熱も、先日のものとは異なります。現在は安定しておりますが……」
言葉を濁す。
「はっきり言え」
「……原因が不明です」
カイゼルの視線が鋭くなる。
「ただ一つ申し上げるとしたら――」
医師は一瞬、エアリスを見下ろした。
それから。
「……何か、魔力を一気に使われましたかな?」
静かに、そう言った。
⸻
その一言で。
部屋の空気が、変わった。
ナートが息を呑む。
執事は目を伏せる。
そして。
カイゼルは――
「……」
何も言わなかった。
だが。
その沈黙は、否定ではなかった。
(……やはりか)
確信が、形を持ち始める。
ベッドの上の少年を見る。
小さく、頼りない身体。
だが。
(……あれだけの規模を、一人で?)
あり得ない。
常識では。
だが。
「……目を覚ましたら、すぐに知らせろ」
低く命じる。
「かしこまりました」
執事が頭を下げる。
カイゼルはそのまま、踵を返した。
だが。
扉を出る直前。
ほんの一瞬だけ、足を止める。
振り返えると、ベットの上で眠る少年を見た。
何を言うわけでもなく、部屋を後にした。
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