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34.
夕食の時間。
向かい合って座る、いつもの席。
静かな時間。
食器の音だけが、控えめに響く。
エアリスは、スプーンを動かしながら――
ふと、顔を上げる。
カイゼルを見る。
じっと。
少しだけ、眉が寄る。
(……ちがう)
いつもと、少し違う。
手を止めて、メモ帳を取る。
さらさらと書いて、差し出す。
『かいぜるさま げんき ない』
「……」
カイゼルの手が、止まる。
その文字を見て。
少しだけ、目を細める。
「……そうか?」
短く返す。
だが、いつもよりわずかに遅い。
エアリスは、こくこくと強く頷く。
「……」
沈黙。
カイゼルは、一度視線を落とす。
それから。
ゆっくりと、口を開く。
「……エアリスは」
少しだけ、言葉を探すように。
「ここに居るのは、嫌か?」
珍しく、歯切れが悪い。
どこか、確かめるような声。
「……?」
エアリスの目が、ぱちぱちと瞬く。
すぐに。
ぶんぶんと、首を横に振る。
強く。
何度も。
(ちがう)
その気持ちが、そのまま出るように。
少し考えて。
また、ペンを取る。
丁寧に。
でも、迷いなく書く。
『ここ すき』
一度、止まる。
それから。
ゆっくりと続ける。
『かいぜるさま すき』
差し出す。
「――……」
カイゼルの目が、見開かれる。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
言葉を失う。
まっすぐに見てくるエアリス。
逸らさない。
逃げない。
その視線に――
「……」
小さく、息を吐く。
迷いが、消える。
「……そうか」
低く、落ち着いた声。
だが。
その奥は、確かに変わっている。
椅子から少しだけ身を乗り出す。
エアリスの方へ。
「……ちゃんと」
一度、区切る。
「ちゃんと婚約しよう」
はっきりと。
今度は、逃げない言葉で。
「……!」
エアリスの目が、大きく開かれる。
それから。
こく、こく、と。
何度も頷く。
少しだけ――
頬が、わずかに赤い。
カイゼルは、それを見て。
ほんの少しだけ、目を細めた。
⸻
次の日。
エアリスの部屋は朝から少し慌ただしい。
「失礼いたします」
執事と共に入ってきたのは――仕立て屋。
以前、外套を仕立てた人物。
「……?」
エアリスは、きょとんとする。
何が起きるのか分からないまま。
促されるままに、立つ。
採寸が始まる。
肩、腕、胸囲、背丈。
手際よく測られていく。
「……」
されるがままのエアリス。
視線は、少しだけ不安そうに揺れる。
その様子を見て。
執事が、柔らかく微笑む。
「婚約パーティーをされるとの事ですよ」
「……!」
エアリスの目が、ぱっと見開かれる。
「衣装を準備しませんと」
どこか嬉しそうな声。
(……ぱーてぃー)
昨日の言葉が、頭に浮かぶ。
『ちゃんと婚約しよう』
胸の奥が、じんわり温かくなる。
採寸は続く。
仕立て屋が、ふと手を止める。
「……おや」
少し驚いたように。
「以前より体格が良くなりましたね」
エアリスの目が、ぱちりと瞬く。
「とても良いことです」
穏やかに笑う。
「次の冬には、外套も仕立て直しが必要になりそうですな」
「……!」
その言葉に。
エアリスの表情が変わる。
すぐに、メモ帳を取る。
少し急いで書く。
『がいとう ちがう なる いや』
差し出す。
仕立て屋が、目を丸くする。
それから、ふっと笑う。
「おや」
どこか嬉しそうに。
「今の外套を、とても気に入られているんですな」
エアリスは、こくこくと頷く。
少しだけ、ぎゅっと胸元を押さえる。
あの外套は、初めてもらったもの。
カイゼルから。
「それでしたら」
仕立て屋は、優しく続ける。
「サイズだけ調整しましょう」
「……!」
エアリスの目が、安心したように緩む。
こくこく、と頷く。
その様子を。
執事が、静かに見守っている。
とても、満足そうに。
(……変わられましたな)
最初に来た頃とは、まるで違う。
表情も。
仕草も。
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