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35.
数日後。
婚約パーティーの準備が、本格的に始まっていた。
部屋の中。
仕立て屋と、その助手たち。
そして――カイゼル。
「では、まずは髪を整えましょう」
仕立て屋が優しく言う。
エアリスは椅子に座らされる。
白い布を肩にかけられる。
「……」
鏡の中の自分と、目が合う。
少しだけ、緊張した表情。
「失礼します」
シャキン、と。
小さく鋏の音が鳴る。
「……っ」
びくり、と肩が揺れる。
無意識に、手がぎゅっと握られる。
(……こわい)
その様子に。
後ろから、低い声。
「大丈夫だ」
カイゼルだった。
すぐ後ろに立っている。
「……」
鏡越しに、目が合う。
「切り落とすわけじゃない」
少しだけ、冗談めいた言い方。
「整えるだけだ」
落ち着いた声。
エアリスは、少しだけ目を瞬く。
それから――
こくり、と頷く。
肩の力が、ほんの少し抜ける。
「では、失礼しますね」
仕立て屋が、丁寧に髪を整えていく。
長さはほとんど変えない。
毛先を整え、形を整える。
少しずつ。
少しずつ。
鏡の中の“エアリス”が変わっていく。
⸻
「……できました」
仕立て屋が一歩下がる。
エアリスは、鏡を見る。
「……」
ぱち、と瞬きをする。
変わっていないようで――
でも、少し違う。
前よりも、整っていて。
柔らかくて。
(……きれい)
小さく、そう思う。
「よく似合っている」
後ろから、カイゼルの声。
「……!」
エアリスの目が、少しだけ大きくなる。
それから。
ほんの少しだけ、嬉しそうに頷く。
⸻
「では、お召し替えを」
仕立て屋が手を叩く。
いよいよ――ドレス。
最初の一着。
白を基調にした、シンプルなもの。
袖は細く、ラインが綺麗に出る。
エアリスが着せられる。
少しぎこちなく立つ。
カーテンが開く。
「……」
カイゼルが、見る。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、言葉を失う。
(……)
細かった身体に、少しだけついた肉。
それでも華奢なライン。
白が、それを引き立てる。
「……悪くない」
短く言う。
だが、視線はしっかり向いている。
エアリスは、その反応を見て――
少しだけ安心したように頷く。
⸻
二着目。
白に、淡いスカイブルーの刺繍。
カイゼルの領地を象徴する色。
胸元から裾へ、控えめに流れるように入っている。
「……」
カーテンが開く。
エアリスが出てくる。
「……」
カイゼルの目が、わずかに細められる。
(……これだな)
派手ではない。
だが、確かに“自分の色”が入っている。
「……いいな」
はっきりと言う。
一着目よりも、迷いがない。
エアリスは、少しだけきょとんとしてから――
こくり、と頷く。
(……いい?)
胸の奥が、少し温かい。
⸻
三着目。
より装飾が多く、少し華やか。
だが――
「……違うな」
即答だった。
「派手すぎる」
「かしこまりました」
仕立て屋も納得したように頷く。
⸻
「では、二着目をベースに仕立てましょう」
「色はそのまま」
カイゼルが続ける。
「スカイブルーは入れろ」
「承知いたしました」
エアリスは、そのやり取りを見ていた。
(……あお)
あの色。
カイゼルの色。
少しだけ、視線を落とす。
ドレスの布を、そっと触る。
(……うれしい)
⸻
その頃。
王都。
華やかなサロン。
貴族たちが集まる場所。
ざわめき。
ひそひそとした声。
「聞きまして?」
「あのカイゼル様が、婚約パーティーを開かれるそうですの」
「まあ……あれほど頑なに断っていらしたのに」
「私はお断りされましたのよ」
「私もですわ」
不満と、嫉妬と、好奇心。
様々な感情が渦巻く。
「お相手はどなたですの?」
「アルヴェイン家の……」
「え?」
空気が、少し変わる。
「……あの?」
「婚約破棄された、あの令息?」
ざわり、と波紋のように広がる。
⸻
その噂は。
当然のように――
イザベラの耳にも届いた。
部屋の中。
豪奢なドレス。
鏡の前。
「……は?」
低く、押し殺した声。
手に持っていた扇子が、わずかに歪む。
「……エアリスが?」
信じられない、という顔。
だが。
「カイゼル・フォン・ヴァルクレスト様と婚約パーティーを……」
侍女の声が、現実を突きつける。
「……っ」
爪が、ぎり、と食い込む。
(……あいつ)
頭の中に浮かぶ。
あの、何も言えない弟。
感情のないような顔。
(どうせ野垂れ死ぬと思っていたのに)
唇が、歪む。
「……私より」
低く、震える声。
「注目されるなんて……」
鏡の中の自分を、睨む。
「許さない」
はっきりと。
憎しみを込めて。
部屋の空気が、冷たくなる。
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