声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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数日後。

婚約パーティーの準備が、本格的に始まっていた。

部屋の中。

仕立て屋と、その助手たち。

そして――カイゼル。

「では、まずは髪を整えましょう」

仕立て屋が優しく言う。

エアリスは椅子に座らされる。

白い布を肩にかけられる。

「……」

鏡の中の自分と、目が合う。

少しだけ、緊張した表情。

「失礼します」

シャキン、と。

小さく鋏の音が鳴る。

「……っ」

びくり、と肩が揺れる。

無意識に、手がぎゅっと握られる。

(……こわい)

その様子に。

後ろから、低い声。

「大丈夫だ」

カイゼルだった。

すぐ後ろに立っている。

「……」

鏡越しに、目が合う。

「切り落とすわけじゃない」

少しだけ、冗談めいた言い方。

「整えるだけだ」

落ち着いた声。

エアリスは、少しだけ目を瞬く。

それから――

こくり、と頷く。

肩の力が、ほんの少し抜ける。

「では、失礼しますね」

仕立て屋が、丁寧に髪を整えていく。

長さはほとんど変えない。

毛先を整え、形を整える。

少しずつ。

少しずつ。

鏡の中の“エアリス”が変わっていく。




「……できました」

仕立て屋が一歩下がる。

エアリスは、鏡を見る。

「……」

ぱち、と瞬きをする。

変わっていないようで――

でも、少し違う。

前よりも、整っていて。

柔らかくて。

(……きれい)

小さく、そう思う。

「よく似合っている」

後ろから、カイゼルの声。

「……!」

エアリスの目が、少しだけ大きくなる。

それから。

ほんの少しだけ、嬉しそうに頷く。




「では、お召し替えを」

仕立て屋が手を叩く。

いよいよ――ドレス。

最初の一着。

白を基調にした、シンプルなもの。

袖は細く、ラインが綺麗に出る。

エアリスが着せられる。

少しぎこちなく立つ。

カーテンが開く。

「……」

カイゼルが、見る。

一瞬。

ほんの一瞬だけ、言葉を失う。

(……)

細かった身体に、少しだけついた肉。

それでも華奢なライン。

白が、それを引き立てる。

「……悪くない」

短く言う。

だが、視線はしっかり向いている。

エアリスは、その反応を見て――

少しだけ安心したように頷く。




二着目。

白に、淡いスカイブルーの刺繍。

カイゼルの領地を象徴する色。

胸元から裾へ、控えめに流れるように入っている。

「……」

カーテンが開く。

エアリスが出てくる。

「……」

カイゼルの目が、わずかに細められる。

(……これだな)

派手ではない。

だが、確かに“自分の色”が入っている。

「……いいな」

はっきりと言う。

一着目よりも、迷いがない。

エアリスは、少しだけきょとんとしてから――

こくり、と頷く。

(……いい?)

胸の奥が、少し温かい。




三着目。

より装飾が多く、少し華やか。

だが――

「……違うな」

即答だった。

「派手すぎる」

「かしこまりました」

仕立て屋も納得したように頷く。




「では、二着目をベースに仕立てましょう」

「色はそのまま」

カイゼルが続ける。

「スカイブルーは入れろ」

「承知いたしました」

エアリスは、そのやり取りを見ていた。

(……あお)

あの色。

カイゼルの色。

少しだけ、視線を落とす。

ドレスの布を、そっと触る。

(……うれしい)




その頃。

王都。

華やかなサロン。

貴族たちが集まる場所。

ざわめき。

ひそひそとした声。

「聞きまして?」

「あのカイゼル様が、婚約パーティーを開かれるそうですの」

「まあ……あれほど頑なに断っていらしたのに」

「私はお断りされましたのよ」

「私もですわ」

不満と、嫉妬と、好奇心。

様々な感情が渦巻く。

「お相手はどなたですの?」

「アルヴェイン家の……」

「え?」

空気が、少し変わる。

「……あの?」

「婚約破棄された、あの令息?」

ざわり、と波紋のように広がる。




その噂は。

当然のように――

イザベラの耳にも届いた。

部屋の中。

豪奢なドレス。

鏡の前。

「……は?」

低く、押し殺した声。

手に持っていた扇子が、わずかに歪む。

「……エアリスが?」

信じられない、という顔。

だが。

「カイゼル・フォン・ヴァルクレスト様と婚約パーティーを……」

侍女の声が、現実を突きつける。

「……っ」

爪が、ぎり、と食い込む。

(……あいつ)

頭の中に浮かぶ。

あの、何も言えない弟。

感情のないような顔。

(どうせ野垂れ死ぬと思っていたのに)

唇が、歪む。

「……私より」

低く、震える声。

「注目されるなんて……」

鏡の中の自分を、睨む。

「許さない」

はっきりと。

憎しみを込めて。

部屋の空気が、冷たくなる。









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