ちはやぶる

八神真哉

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第四十話  飛天

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岩陰から出ると、つつじの木の根元に砂と血と脳漿にまみれた白塗りの首が転がっていた。
驚愕に見開かれたであろう右目は血に濡れ、叩きつけられた衝撃で飛び出さんばかりだ。
これが姫の父、国司の阿岐権守であろう。 

――と弦が鳴った。

無意識に後方に跳んでいた。
蹴ったその場所に矢が飛んできた。
後方にあった一尺ほどの岩につまずいて尻もちをついた。

矢の放たれた方向に目をやると、鐘楼の屋根の上に射手の姿があった。
先ほど、物音に気づいて様子を見に来た衛士だ。

衛士は悔しそうに顔をしかめた。
猿か、と口にしたものの納得できなかったのだろう。
屋根に登って様子をうかがっていたのだ。

衛士は二の矢をつがえたが、放つことはできなかった。
一直線に降下してきた鷹に襲われたのだ。
飛天だった。
音はまったくしなかった。

それでも直前に気配を察し、首を振ったことが幸いした。
そうでなければ目玉を持っていかれていただろう。
しかし、眉間を突かれ、顔が血で染まった。

飛天は執拗だった。
引き返し、羽ばたきながら、なおも目を狙う。

――が、突然、弾けでもしたかのように飛天の羽根が飛び散った。
見ると、その美しい青褐色の体を、漆黒の軸が貫いていた。
    
矢が貫いたのは飛天だけではなかった。
衛士の肩をも貫いていた。
串刺しである。

先ほどまで髭の兼親のいた外縁に、弓を手にした赤目の国親が立っていた。
右手には二の矢がある。
味方の安否など考えない冷酷な所業だった。

その目は、すでに衛士を離れ、境内を睥睨していた。
ここにイダテンがいると確信している目だ。
尻をついた場所が植え込みの陰でなければ国親の目から逃れることはできなかっただろう。

一方、混乱した衛士は、ばたつく飛天を矢ごと引き抜いて投げ捨てたものの、その痛みに耐えられず、膝から崩れ落ちると音をたてて屋根の上を転がった。

一瞬、国親の気がそれた。
イダテンは、飛天の落下点に向かって跳んだ。
矢ごと落ちてきた飛天を抱え込むように受けとめると、回廊と塀を、あっという間に飛び越した。
弓に自信のある国親といえど的を絞ることができなかった。

背後で、人の体が地面に叩きつけられる音がした。
杉の下の羊歯と灌木に覆われた薄暗い斜面を転がるように降った。

追ってくる者がないことを確認すると、立ち止まって腕の中の飛天を見た。
矢に貫かれ、血にまみれ、引きつったようにもがいている。
即死は免れたようだが、助かる見込みはない。

地を這うように走る太い根に横たわらせると、その目を隠すように左手を頭に添えた。

腰の手斧を引き抜き、息を吸いこみ、振り上げた。
そして、首をめがけて振り下ろした。

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