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序 『十種神宝』
「荒覇吐様! 荒覇吐様!」
悲鳴のような呼びかけに目を覚ます。
つけていたはずの灯明皿の灯も消えている。
魚油が切れていた。
刻は彼誰時であろう。
闇の深さと涼しさから見当をつける。
夜着をはねあげ、錫杖を手に出口に向かうと、大幣が待ちきれぬとばかりに岩屋にかかる幕をあげた。
その顔は色を失い、苦悶に歪んでいた。
「大和の軍勢が押し寄せてまいりました」
岩屋を出て眼下に目をやった。
闇の残る中、軍勢の先鋒は鉄囲峠を越え、集落に迫っていた。
国を囲む鉄囲山の峰を伝い、包囲しようとする一団もある。
わが国の民を一人たりとも逃がすまいとしているのだ。
日の出前の薄暗い湊には、大小数百艘の船が浮かんでいた。
樋ノ口あたりから火の手が上がっている。
自らの読みの甘さに臍を噛む。
隷属しろという使者を、昨日追い返したばかりだ。
力に訴えてくるにしても徴用、編成には時もかかる。
戦支度はこれからすればよい、と考えていた。
攻めてくるとしても隣国の出雲からだと決めつけていた。
かつて国の歴史さえも大和に奪われた出雲は、わが国に友好的である。
近年、移住してきた民も少なくない。
そのような動きがあれば危険を冒してでも密使を派遣してくれるだろう、と。
――大和に媚びなければならない理由があったのか。
あるいは、その隣の伯耆国から送り出してきたのか。
大和の大王が、出雲国と伯耆国に課した兵役数はそれぞれ一軍団。
数は千。
農民を徴用しての数である。
国の命運をかけた戦いになることはあるまい、と高をくくっていた。
兵団の長となる兵部卿、あるいは兵部大輔が海を渡る前に、わが法力で倒せばよいのだ。代理を立てれば同様に倒す。
そこまでやれば、わが国の呪力に恐れをなし、矛を収めるだろうと。
それがどうだ。
大和の軍勢は、すでに上陸し終わっている。
しかも、その兵力は五千を下るまい。
迎え撃つどころではない。
この国の老若男女すべてを集めても、あの軍勢の数におよばないだろう。
長に立てられ九年。
軍費や間諜に税を費やすよりも、田畑を開墾し道を整備し、民を富ませることを優先させてきた付けが回ってきた、ということだ。
占いに長けた者を育てられなかったこと、招聘できなかったことを後悔した。
最も、それが出来ていたところで結果は変わらなかったかもしれない。
戦は一人の英雄の時代から数の時代に移りつつある。
大和側とて、われらの呪力を承知で攻め寄せてくるからには、数倍、いや、少なくとも十倍の術者を揃えていよう。
「十種神宝を用意しろ」
「――発動しましょうか?」
怯えを隠そうともせず大幣が口にした。
「ほかに道はない」
わが国は島国だ。
逃げるところなどない。
なんの罪もない民の命が奪われる。
攻め寄せる側も、退路を断たれば全滅の憂き目に遭いかねないことを承知の上での侵攻である。
奴らは、それほどまでにわが国の修験者の呪力を怖れている。
戦いになれば恐怖にかられ、誰彼かまわず命を奪うだろう。
事実、兵などいるはずもない海岸線に次々と火の手があがる。
大和の軍勢が、殲滅戦を仕掛けてきていることは誰の目にも明らかだった。
*
昔々、まだこの地に龍や物の怪が棲みついていたころ。
都の西にある千丈ヶ嶽に、酒呑童子と呼ばれる法力を持った鬼が社を建てて棲んでいた。
八尺(※約2.4m)はあろう巨躯に天を衝く角。
姿形は恐ろしかったが、笛を奏じることを好むという風雅な面も持ち合わせていた。
なにより、その祈祷による霊験は、あらたかと評判だったので分限者共が引きも切らず訪れた。
*
悲鳴のような呼びかけに目を覚ます。
つけていたはずの灯明皿の灯も消えている。
魚油が切れていた。
刻は彼誰時であろう。
闇の深さと涼しさから見当をつける。
夜着をはねあげ、錫杖を手に出口に向かうと、大幣が待ちきれぬとばかりに岩屋にかかる幕をあげた。
その顔は色を失い、苦悶に歪んでいた。
「大和の軍勢が押し寄せてまいりました」
岩屋を出て眼下に目をやった。
闇の残る中、軍勢の先鋒は鉄囲峠を越え、集落に迫っていた。
国を囲む鉄囲山の峰を伝い、包囲しようとする一団もある。
わが国の民を一人たりとも逃がすまいとしているのだ。
日の出前の薄暗い湊には、大小数百艘の船が浮かんでいた。
樋ノ口あたりから火の手が上がっている。
自らの読みの甘さに臍を噛む。
隷属しろという使者を、昨日追い返したばかりだ。
力に訴えてくるにしても徴用、編成には時もかかる。
戦支度はこれからすればよい、と考えていた。
攻めてくるとしても隣国の出雲からだと決めつけていた。
かつて国の歴史さえも大和に奪われた出雲は、わが国に友好的である。
近年、移住してきた民も少なくない。
そのような動きがあれば危険を冒してでも密使を派遣してくれるだろう、と。
――大和に媚びなければならない理由があったのか。
あるいは、その隣の伯耆国から送り出してきたのか。
大和の大王が、出雲国と伯耆国に課した兵役数はそれぞれ一軍団。
数は千。
農民を徴用しての数である。
国の命運をかけた戦いになることはあるまい、と高をくくっていた。
兵団の長となる兵部卿、あるいは兵部大輔が海を渡る前に、わが法力で倒せばよいのだ。代理を立てれば同様に倒す。
そこまでやれば、わが国の呪力に恐れをなし、矛を収めるだろうと。
それがどうだ。
大和の軍勢は、すでに上陸し終わっている。
しかも、その兵力は五千を下るまい。
迎え撃つどころではない。
この国の老若男女すべてを集めても、あの軍勢の数におよばないだろう。
長に立てられ九年。
軍費や間諜に税を費やすよりも、田畑を開墾し道を整備し、民を富ませることを優先させてきた付けが回ってきた、ということだ。
占いに長けた者を育てられなかったこと、招聘できなかったことを後悔した。
最も、それが出来ていたところで結果は変わらなかったかもしれない。
戦は一人の英雄の時代から数の時代に移りつつある。
大和側とて、われらの呪力を承知で攻め寄せてくるからには、数倍、いや、少なくとも十倍の術者を揃えていよう。
「十種神宝を用意しろ」
「――発動しましょうか?」
怯えを隠そうともせず大幣が口にした。
「ほかに道はない」
わが国は島国だ。
逃げるところなどない。
なんの罪もない民の命が奪われる。
攻め寄せる側も、退路を断たれば全滅の憂き目に遭いかねないことを承知の上での侵攻である。
奴らは、それほどまでにわが国の修験者の呪力を怖れている。
戦いになれば恐怖にかられ、誰彼かまわず命を奪うだろう。
事実、兵などいるはずもない海岸線に次々と火の手があがる。
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*
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