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第一話 『輝夜姫』
【義守】
生暖かい風が頬を撫でた。
ぽっかりとあいた梢の間から明りが降り注ぐ。
空を見上げると、眩しいほどに白い雲と蒼白い望月が浮かんでいる。
今宵は十五夜。
幼き頃、おばばから聞かされた『竹取物語』を思い出す。
空だけ見れば輝夜姫(かぐやひめ)が月の国に帰っていくにふさわしい風情である。
が、一方の下界では、虫たちが競うように鳴き、まとわりつく蚊が耳障りな羽音をたてる。
汗がこめかみを伝い、顎へと落ちてくる。
頭に巻いたつゆ草色の麻布も汗にぬれ、紺碧色に変わっている。
担いだ背負子に薪を山のように載せ、山中を歩き回っているからだ。
普段背負っている三尺(※約90cm)ほどの短弓と箙は背負子の右に、生成りの麻袋でくるんだ大太刀は左に括りつけている。
梢に遮られ、月明かりのほとんど届かない足元に気を配りながら山を下る。
この先の峠道を突っ切って、さらに下り、再び、山の斜面を登らなければならない。
ここは都の西にある大枝山。
すぐ下に老ノ坂と呼ばれる峠道がある。
虫の音が、ぴたりとやんだ。
下の峠道で何やら騒ぎが起こっているようだ。
悲鳴も聞こえてきた。
斜面を駆け下り、突き出た大岩を見つけ駆け登る。
視界が開け、牛車が見えた。
転がった松明が峠道を照らす。
その周りを、九人の男たちが取り囲んでいた。
上手は枝に遮られている
おそらく陰になっている者がいるだろう。
肩肌脱ぎどころか下帯だけの男たちもいる。
いかにも山賊といった、いでたちである。
牛車の前簾が引きちぎられ、鴇色の衣に身を包んだ姫が引きずり出されようとしていた。
十五、六というところか。
自分とさほど変わらぬ歳に見えた。
命がかかった場にもかかわらず、いかにも滑稽な印象を受けた。
姫が、逃げ出そうとするでもなく必死に扇おおぎで顔を隠そうとしているからだ。
制止する者の姿はない。
理由は明白だった。
牛飼童や車副どころか、警護役の侍も地べたに倒れている。
車の傍かたわらには引きずり出されたであろう女房らしき姿もあったが、ぴくりとも動かない。
関わりたくはなかったが、放っておいては目覚めが悪かろう。
背負子をおろし、横木に括り付けていた箙を背に回し、弓を手に取った。
足を踏み開き、次々に矢を放つ。
すべて足を狙った。
山賊たちは、何が起こったか、わからなかっただろう。
枝に遮られ死角となっていた上手から山伏姿の男が斜面に飛び降りた。
さすがに危険を察知したようだ。
弓を引いたが、樹木の陰に隠れ見えなくなった。
身なりから、あれが頭であろうと見当をつけた。
追えば討つことはできるが、襲われた者の生死の方が気になった。
手当てをすれば助かる者もいるかもしれない。
峠道に降りて様子をうかがうと、山賊どもは気を失うか、のた打ち回っていた。
上手のほうに、足を射抜かれながらも必至の形相で這いずり、逃げ出そうとしている男が一人。
矢で、すべての者の足の骨を砕いたつもりだったが、はずしたようだ。
その足を踏みつけてやると、顔に似合わぬ甲高い悲鳴を上げた。
これで仲間からねたまれることはあるまい。
山賊たちは、姫だけを残してすべての者の命を奪っていた。
奇妙な話だった。
姫を攫い、身代とするのであれば、姫の邸に報告させるための従者の一人ぐらいは生かしておくべきだろう。
女が目的とも思えない。年若い女房も殺されていたからだ。
なにより、皆殺しは割に合わない
都の警護を預かる検非違使どもを本気にさせてしまうだろう。
物音に振り返る。
姫の手から扇がこぼれ落ちていた。
身を固くしていた姫は、唇を震わせ、恐る恐る、そして、ふるふるとあたりを見渡した。
顔は紙のように蒼い。
地べたに転がる従者たちの様子をうかがいながら牛車に近づくと、姫は、あわてて袖で顔を隠し、足元に落ちた扇を探った。
先ほどのことと言い、何とも滑稽に見えたが、昔、友から聞いた話を思い出した。
貴族の姫は、人前で顔をさらすことはない。
特に男の前ならなおさらであると。
裳着が済めば、家族であっても顔を見せることはない。
なぜなら男に顔を見せるのは裸を見せるに等しいのだと。
身なりも違う目の前の男が山賊の一味ではないとわかったのだろう。
姫も多少落ち着きを取り戻し、誰かを探してでもいるように周りを窺う素振りを見せる。
高貴な姫は、下衆の者と直接言葉を交わすこともない、とも言っていた。
あの姫だけが特別なのだと。
間に入るべき女房を探しているのだろう。
ようやく、それが期待できない状況だということに気づいたらしい。
やむなく、それでも気丈に尋ねてきた。
「あなたは……」
震えてはいるものの、なかなか良く通る美しい声だ。
ざらついていた気持ちがおさまった。
「滝口の男……武士(もののふ)ですか?」
都では公家の邸や洛中の警護に当たっている武士がいると聞く。
その名を耳にしたことは無いが、貴族の姫の口に上るほど名の知れた武士団なのだろう。
黙っていると、「直答を許します」と言ってきた。
このような状況に置かれながらも、われを忘れぬ気丈なおなごは嫌いではない。
「かかわりはない」
と答えると、安心したようにため息をついた。
そして、あわてて顔を隠しはしたが、月明りの下であっても、色が白く極めて整った顔立ちであることは見て取れた。
艶やかで長くまっすぐな髪も申し分ない。
香料も清々しく好感の持てる匂いだ。
それに比べ牛車や衣はかなり見劣りした。
下級貴族の姫であろう。
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